雄弁な銃身
どうもおかしい。リオは《カムラッド》の操縦席で、目の前の状況をもう一度精査していく。
特殊研究施設カーディナルを内包するセクションならば、それ相応の抵抗があってもおかしくはない。だというのに、今の今までそれがない。
現在、《アマデウス》はセクション外で待機している。さすがにBSで接近する訳にもいかず、そこからifで接近、侵入したのだ。
稼働しているifは三機、イリアの《シャーロット》とエリルの《カムラッド》、そして自分の《カムラッド》だ。
今は丁度、セクションの通用路を爆破して侵入した所だった。セクションの青空に穴を開け、空中に飛び出したのだ。
黒煙を上げる空中に留まりながら、眼下に広がる光景を見据えていく。そこには輸送設備が連なっており、どこかにカモフラージュした研究施設がある筈だ。
或いは、ここではない別のブロックかも知れない。どちらにせよ、探してみない事には始まらない。
『護衛のifが何機かいるけど、本当におかしいね。防衛部隊の展開があまりにも遅すぎる。正直読めない』
イリアの言っている通り、この状況は異常だ。本来なら、セクション外で戦闘が起きていてもおかしくはない。こちらは、それを想定して動いていた。
警戒装置は無力化するまでもなく沈黙、肝心のif戦備も、ああして戸惑ったままだ。まるで読めない。
『何らかの問題が発生したのでしょう。好機と考えて動いた方がいいかと』
エリルの進言は正しい。今は行動し、優位を引き寄せた方がいい。
「僕も同意見です。目に見える防衛戦備を叩き、散開してトワのいる施設を探す」
立ち止まっている訳にはいかない。今、ここにトワがいるのかも知れないのだ。
『うん……そうだね。じゃあ行くよ! 各機散開、蹴散らすよ!』
イリアの号令を受け、呼吸を一度だけ整える。
『了解、片付けます』
エリルの《カムラッド》が隊列から外れ、一気に降下する。相変わらず思い切りがいい。
「はい、探してきます」
こちらも返答し、目に付いた防衛設備に向け《カムラッド》を降下させる。《カムラッド》の右手で構えたTIAR突撃銃を撃ち続けながら、司令塔だろう施設を穴だらけにしていく。
そのまま着地し、周囲にTIAR突撃銃を向ける。防衛設備といっても、セクション内なので大仰な物はない。自身の腹の中で、対空砲を撃つような真似はしないという訳だ。
だから、防衛の主軸はifとなる。それに備えてこちらは完全装備だったが、周囲に目立った反応はない。
「セクション全体の機能がダウンしてる? もしかして、トワが」
何かしでかしたのかも知れない。だとすれば、やっぱりトワはここに捕らえられている。
浮き足だって周囲を探るも、そもそも研究施設は隠蔽されているのだ。勘頼みに動き回るのは得策ではない。
「そもそも、ここのブロックから行けるかどうかも分からないし」
セクションは何ブロックかに分けられて構成されている。ここが正解かどうかすら分からないのだ。
どう探せばいいのか考え倦ねていると、アクティブレーダーに反応があった。ifが一機、こちらに近付いてきている。たった一機だけで、とにかく足止めのつもりで動いているのだろうか。
「……そうだ、それが早い」
迫り来るifを見据え、TIAR突撃銃を再装填する。
「あいつに聞こう」
当事者に問うのが一番確実だろう。加減するのは苦手だし、尋問なんてやった事すらないが。闇雲に探し回るより確実に思える。
「口が軽い奴ならいいけど」
そうと決まれば、もたついている暇はない。迫る敵ifの到着を待つまでもなく、こちらから出向いてやろう。
迫る敵《カムラッド》を正面に捉え、こちらの《カムラッド》を突撃させる。こちらの動きに反応して突撃銃を撃ってきたが、狙いは甘い。最小限の動きでそれを回避し、逆にTIAR突撃銃を何発か撃つ。最初の数発で回避を強要し、残りの数発は回避先に置いておく。
敵《カムラッド》の脚に幾つかの弾丸が命中し、速度が一瞬落ち込む。致命的な隙だ。
最高速度を以て懐に飛び込み、左手で素早く抜いたSB‐2ダガーナイフで右手を斬り付ける。肘から先を両断した為、腕と一緒に突撃銃が落ちていった。
慌てて距離を取ろうとした敵《カムラッド》を、思いきり蹴り飛ばす。体勢を崩した敵《カムラッド》は、そのまま地面に倒れるしかない。
まだ健在な左手にTIAR突撃銃による銃撃を加え、穴だらけにした。両腕を破壊されると、ifに出来る事は殆どなくなる。
抵抗の隙を与えず、敵《カムラッド》を踏み付けて固定した。両腕の使えないifでは、もう逃げられないだろう。
ここまでに一分も掛かっていない。問題はこれからだったが。
「すみません、ハッチを開けて貰えますか」
外部スピーカーを使って目の前の敵《カムラッド》に話し掛ける。真っ当な操縦兵なら、外部スピーカーを使われた時点で集音しているだろう。聞こえていない、という選択肢はない。
「急いでいるので、開けて貰えない場合はこれで開けます」
左手に握らせたままのSB‐2ダガーナイフを見せつけ、それを操縦席前に持っていく。
無言のままの相手に合わせ、こちらも黙ったまま操縦席にSB‐2ダガーナイフの刃を立てた。
恐らく、相手の操縦兵には嫌な音が聞こえているだろう。操縦席前の装甲板と、ナイフの特殊合金が響かせる金切り声が。
『待て、待ってくれ! ナイフを下げてくれ! そんな死に方は御免だ!』
同じように外部スピーカーを用い、その操縦兵は答えた。まあ、それもそうだろう。目の前に馬鹿でかいナイフがあれば、誰だってそうなる。
言われた通りにSB‐2ダガーナイフを引く。すると、伏せたままの《カムラッド》の胴体が開き、操縦席を晒し始めた。数秒も掛からない。
フラット・スーツを着込んだ男が、両手をハンドグリップから離した状態でそこに座っている。正確には、敵《カムラッド》は仰向けに伏せている為、その操縦兵も仰向けに寝転んでいる状態だが。
「質問があります。カーディナルの入り口はどこですか?」
集音しつつ、その質問を投げ掛ける。出来ればすんなりと答えて欲しい。
『……何を聞かれているのか分からない。俺はただの雇われ兵士だぞ』
マイクの拾い上げた音声は、そう言っているが。生憎と、こちらは嘘か本当か見抜けない。
「貴方の言っている事が本当かどうか分からない。なので、本当に知らなかったらすみません」
そう告げ、《カムラッド》の右手にあるTIAR突撃銃を数発壁に向けて撃つ。
そして、その銃身をゆっくりと相手の操縦席に近づけていく。BFSを用いたとしても、繊細な操作が必要となる。普段の戦闘よりもよっぽど緊張したまま、その操作を続けた。
「五発程撃ちました。銃身はそれなりに暖まっている筈です。分かりますか?」
馬鹿でかくとも銃は銃なのだ。撃てば銃身は熱を持つし、馬鹿でかい分その熱量はかなりの物だ。人間サイズの物でも、下手すれば火傷しかねない。であれば、ifサイズの物はどれ程の熱を持っているのか。
悪態を吐き、上体を逸らしている操縦兵には気の毒だが。こちらも遊んでいる訳ではない。
TIAR突撃銃の銃身を離し、今度は壁に向け全弾吐き出す。これは多分、相当熱いだろう。
敵操縦兵の表情を読み取ろうとするが、ヘルメット越しで分からなかった。やっぱり、こういうのは向いていない。
手元が狂わないように注意しながら、煙を上げるTIAR突撃銃の銃身を操縦席に滑り込ませていく。
『や、やめろ! 本当に知らないんだ、こんな事するなんておかしいだろ!』
悲鳴にも似た声が上がり、罪悪感が込み上げてくる。
「出来れば早く喋ってください。こういうの慣れてないんです。ここは宇宙じゃないので、熱いですよ」
ゆっくりと銃身を近付けていく。本当に熱いのだろう、ここから見ても分かるぐらいに動揺している。
銃身が少しぶれ、操縦席のコンソールにぶつかる。集音マイクが、鉄と樹脂を焼いた時の音を拾い上げた。多分、それが決め手になったのだろう。
『分かった、分かったよ! 頼むからやめてくれ、割に合わねえよ!』
安堵の溜息を吐き、銃身を操縦席から引き抜く。向こうが根を上げてなければ、嫌な死体を積み上げる所だった。フラット・スーツの耐熱性能はかなり高いが、当て続ければ無傷では済まなかっただろう。
『畜生、悪魔め……イカレてる!』
よく言われる。内心でそう返し、喋り出すのを待つ。ここまできて約束を違える事はないだろう。
操縦兵は頭を抱えたまま、ぽつぽつと話し始めた。
『カーディナルは、このブロックにはない。Dブロックの物資搬入口が唯一の出入り口だよ。他には何も知らない。雇われってのは本当だからな。外部警備と内部警備は管轄が違う』
嘘を吐いていなければ、これほど有力な情報もないだろう。TIAR突撃銃を再装填し、操縦席に向ける。
「退いてください。割に合わないんでしょう?」
慌てて男は操縦席から這い出る。駆け出し離れていくのを確認し、操縦席に数十発程撃ち込む。これでこのifは使い物にならない。
「Dブロック、搬入口。隣の隣、か」
真偽は分からないが、伝えておくべきだろう。イリアとエリルの向けて通信を繋げようとして、その異常に気付いた。
「通信が阻害されてる。しかも、これ」
かなり濃度が高い。そう、まるで遺跡周辺のような。
「トワ、一体何を」
前後もなく、これはトワがやっている事だと思えた。防衛戦力の足取りが悪いのも、これが原因かも知れない。
「……行ってみよう、それで」
全部はっきりする。フラット・スーツの内側にあるネックレス、そこに通されたエンゲージリングの感触を確かめながら、《カムラッド》に機動を促す。
今度こそ、あの少女に届けるのだ。その決意だけを抱き、迷いなくそこへ向かう進路を取った。
※
全ての輪郭が曖昧になった視界で、その少女は必死に吐き気を堪えていた。自分の中の、何かとてつもなく大切な物が消えてしまった。自分の身体が、外側だけ残して中身がなくなってしまったような。
空洞になった自分の身体を想像し、また吐き気が込み上げてくる。嫌だ、苦しくて怖い。
通用路の端に座り込み、両手で口を押さえる。これには波があるから、少し耐えればまた動けるようになる。
しばらくそうしてじっとしていたが、留まっている訳にもいかない。立ち上がり、肩で息をしたまま歩き出す。
とにかく、ここから出ないといけない。ここでは何も出来ない。私の望みは叶わない。
でも、望みって何だっけ。覚えている筈なんだけど。
ふらつく足を無理矢理動かして、出口だろう方向へ歩いていく。ふと視線を横にやると、停止しているコンソールが見えた。通用路の壁に備え付けられている物だ。
それに近付き、暗転した画面に手を添える。外の様子を探ろうとしたのだが、完全に回路がいかれてしまっている。こうなると、リンクを安定させるだけでも難しい。諦めて手を離し、暗いウインドウに映し出された人影を見据えた。
くすんだ灰色の髪に、不吉な赤い目、死人みたいな白い肌は、今は少し青ざめている。どちらにせよ、気持ち悪い事に変わりはないけれど。
鏡代わりのウインドウから目を逸らし、ぼんやりとした視界を出口の方へ向ける。
頭の中に浮かんでくる情報の渦は、どれ一つとして実感が湧いてこないのに。他でもない自分の記憶だと、今はもう消えてしまった何かが訴えている。
だから、まずはそれに従って歩くのだ。そうしている内に、幾つか思い出せるかも知れない。
セイルにトワと呼ばれた時に、少しだけ思い出せたように。自分の、そうありたかった時の名前だ。本当は、違ったけれど。
何でこんなにも苦しんでいるのだろう。何でこんなにも怖がっているのだろう。
それは確かに、胸の裡にある筈なのに。
ちぐはぐになった頭と心は、どうしてもその答えには辿り着けなかった。




