祈り
「いいえ。私は、そんな風には思いません」
ルナさんのことを迷惑だなんて思うはずがない。
むしろ、こちらに何も相談してくれなかったことが残念だった。
できることなら、彼女の力になりたい。
私でさえそう感じるのだから、長年一緒に暮らしてきたオーナーたちなら尚のこと。
「僕も同じ気持ちだ。彼女が僕らに遠慮する必要なんてない。困っていることがあるなら一人で悩まずに頼ってほしかった。でも……ルナの気持ちもわかるんだ。以前の僕も、似たような考えを持っていたから」
オーナーはタオルで拭った自らの手のひらに、濁った眼差しを落とす。
「魔法の代償のことで、いつもみんなに迷惑をかけているのが申し訳なかった。不甲斐ない自分に付き合わせてしまっている後ろめたさが常にあった。でも……前にクロが言っていたね。彼女はこんな僕を迷惑だなんて思っていなくて、ただ心配しているだけだって。その気持ちはきっと、今の僕がルナに対して抱いている感情と似ているんだ。彼女が罪悪感を抱く必要なんてない。迷惑だなんて思わないから、ただそばにいてほしいって」
大事な家族を心配するのは当たり前だと、クロが言っていた。
私もそう思う。
仕事ができなくなるとか、そんなことはどうでもいいから、ただルナさんにいなくならないでほしかった。
「私も、ルナさんに帰ってきてほしいです。それにコハクやおじいさんも、強がってはいますが気持ちはみんな同じはずです」
たとえ残された時間が少なくても、最後の瞬間まで一緒にいたい。
わざわざ別れを早める必要なんてない。
それに、
「……私、思うんです。私たちがルナさんに会いたいと願っているのと同じで、彼女も本当は、オーナーたちのそばにいたいんじゃないかって」
実際のところはどうかわからない。
彼女の心は本人にしか知り得ない。
だからこれは、私の願望が創り出したまやかしかもしれない。
「僕も、その可能性は何度も考えたよ。自惚れかもしれないけれど、彼女もここでの生活はそれなりに気に入ってくれていたと思う。だから、彼女も本当はここへ帰りたいのかもしれない。そうだったらいいのにって」
これは、私たちのエゴかもしれない。
自分の願望と、ルナさんの幸せとを混同しようとしているのかもしれない。
だから私は、ただ祈ることしかできなかった。
胸の前でぎゅっと両手を組み、彼女のことを思いながら目を伏せる。
「たとえどんな形になっても、ルナさんには幸せでいてほしいです。彼女が最後まで後悔しない選択ができるように」
彼女が今どこでどうしているのか、どんな思いをしているのか、考えれば考えるほど、指先に力が籠っていく。
そんな私の手を、オーナーの大きな両手がそっと包み込んだ。
ハッとして私が顔を上げると、至近距離から見つめてくる彼の瞳がやんわりと細められる。
「ありがとう、絵馬。ルナを大事にしてくれて。僕も祈るよ。魔法は使えないけど……ただ彼女に幸せでいてほしいと思ってる。彼女が幸せなら、僕も幸せだから」
淀みのないその瞳に、私の顔が映っている。
彼に触れられている手が、ほんのりと熱を帯びる。
私の手が熱いのか、それとも彼の手があたたかいのか、どちらなのかはもうわからない。




