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夜景

 

          ◯



「オーナー、起きてますか?」


 この問いかけも、もう何度目になるだろうか。

 コンコン、と扉をノックしても、部屋の中から返事はなかった。


 やはりまだ眠っている。

 結局今日もだめだったな、と肩を落としながらドアノブを引くと、扉が開いたそばから肌寒い風が中から溢れ出てきた。


「あれ……?」


 照明が灯されていない暗い部屋の中を、風が舞っている。

 まさか窓を開けっぱなしにしてしまったのではと慌てて扉を全開にすると、正面にはオーナーのベッドが見えた。


 月明かりの差す薄闇の中で、布団が捲り上がっているのがわかった。ベッドはすでにもぬけの(から)で、室内に人の気配はない。


「えっ。オーナー、どこに行っちゃったんですか!?」


 オーナーがいない。

 代わりに、バルコニーへ続く掃き出し窓が半分ほど開いたままになっている。外から入ってくる冷ややかな風が、カーテンレースをなびかせていた。


 もしや外に? と、すかさずそこへ駆け寄る。開いた窓の隙間に体を滑り込ませてバルコニーへ降り立つと、眼前には遠く海を見下ろす夜景が広がった。


「わぁ……」


 その景色に、思わず目を奪われた。

 瀬戸内海を背景に、ビル群の光が星のごとく散りばめられている。港の方には神戸のシンボルであるポートタワーが建ち、(つづみ)型の赤い輝きを放っているのが肉眼でも確認できた。


 『一千万ドルの夜景』と呼ばれる、神戸の街の明かりだった。

 思えば日が暮れてからこのバルコニーに立ったのは初めてで、ここからこんなにも美しい景色を見ることができるなんて、と今更ながら圧倒される。


 そして、そんな景色の真ん中に、一人の後ろ姿があった。

 バルコニーの手すりに上半身を預ける形で、こちらに背を向けている。


「……オーナー?」


 私が声を掛けると、彼はようやくこちらに気づいた様子でゆっくりと振り返った。


 男性にしてはやや華奢な体に、白い肌と、色素の薄い髪。

 一瞬でも目を離せばたちまち消えてしまいそうな、儚げな青年がそこにいた。


 ずっと待ち望んでいたその時を迎えて、まさか夢じゃないよね? なんてつい弱気になってしまう。


「オーナー、やっと目が覚めたんですね」


 夜景を背にして、仄白(ほのじろ)く月明かりに照らされたオーナーがそこに立っていた。


「絵馬……」


 彼は掠れた声でそれだけ言うと、こちらに一歩踏み出そうとしたところで体のバランスを崩した。


「オーナー!」


 よろけて前のめりになった体を、私は駆け寄って支える。


「大丈夫ですか、オーナー。どこか痛みますか?」


「いや……問題はない。ただ、長い時間眠るといつもこうなんだ。寝たきりだと体がなまるみたいで」


 そう困ったように微笑んだ顔は、いつもの彼だった。

 ようやく戻ってきた彼の笑顔に、私はホッと胸を撫で下ろす。

 

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