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旗本改革男  作者: 公社
<第十章>

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ただより高いものはない

――寛政二(1790)年夏


「いやぁ所司代殿の慧眼には畏れ入りました」

「いかにもいかにも。拙僧は所司代殿ならば、きっと上手くいくと思うておりましたぞ」


 目の前にいる坊主たちはあれやこれやと口々に俺のことを褒めそやしているが、それに対する感想は一言でいうと……


 どの口が言う? でしかない。




 反対する声や懸念を示す声も少なくはなかったが、大仏殿修繕のための勧進を名目として、御開帳を開催したのは昨年の冬のことである。


 一番の目玉は大仏様の眉間に納めてある"眉間籠り仏"の展示だが、そのほか妙法院や方広寺で保管する豊臣家ゆかりの品々や雪舟をはじめとする著名な画家や作家の文物など、普段は一般に公開されることのない品々が見物できるということで、開催が知らされると京の町の津々浦々で大きな話題となった。


 当初は拝観料を取るということに、坊主が金儲けかと声を上げる者も少なくなかったが、大仏殿見学の際に、方広寺の僧がその由来や現状、そして修繕のために莫大な費用がかかるといった話を交えて法話を聞かせるという手法で人々の理解を得た結果、次第にその趣旨は受け入れられるようになる。


 そして充実した展示物とそれらに対する詳細な案内や僧による説明は好評を博し、寺の周辺に露店が多く立ち並ぶ光景は祭りのような空気感を醸成。拝観した者の口からその様子が伝えられると、話題が話題を呼び、方広寺には更に多くの観覧者が訪れるようになり、日を追うごとに門前の列は長くなっていった。


 当初は年末までの二ヶ月ほどで会期を予定していたが、あまりの盛況ぶりに妙法院門主の真仁様が年が明けてから一ヶ月間の会期延長を決断。都合約三ヶ月の公開期間を経た結果、拝観料収入はもとより、法話などにより仏の教えに深く触れた者たちから、別に寄進もしたいという申し出も多く受け、修繕費用を集めるという当初の目的は概ね果たせた。


 説明資料の準備や僧たちの法話や説明の練習、列整理に会場警備の計画立案、露店市の業者選定など、事前準備はかなり大変だし、開催してからも拝観料に対する理解を求めるとか、拝観者や露店商同士の喧嘩仲裁、スリや泥棒、人攫いに婦女暴行犯といった人が集まるところに出やすい害虫の駆除など、現場レベルでの労苦は計り知れず、妙法院のような門跡であろうとも一寺で全てを賄えるようなものではなかった。


 未来でも寺社の祭りとなれば、地元の者はもとより、自治体、警察や消防などとも連携して開催に向けて準備をするものであるから、それは時代がいつであろうと変わることはない。


 そんなわけで今回は俺の発案ということもあり、所司代の権限を使って町奉行所などにも動いてもらったわけである。最初は特定の寺の御開帳にあまり肩入れするのはいかがなものかと疑問を呈されたが、民心の安定と犯罪者の捕縛が仕事である以上、祭りによって街を賑やかし、その収益から税を取ることが出来、かつそこに寄ってくる犯罪者を捕まえる好機となれば、やらないわけにはいかないでしょう。


 無論全てが上手く運んだわけではなく、課題も山ほど露呈したが、そこはいつも言っているトライアンドエラーというやつだ。成果が出たのなら、次はもっと上手くやるにはどうしたらいいかと頭を働かせることは無駄ではなかろう。


 そしてそれからしばらく経ち、夜の灯に虫が集まるように、金の匂いには人が集まってくるといった次第で、最近はウチも御開帳したいなあという寺や、拝観者制度を本格的に導入検討したいという寺が次々と俺に協力を求めにやって来る。それはそれで理解は出来るが、問題はその面子である。


 実は真仁様が他の寺にそのことを伝えようとした折、素直に話を聞こうとしていた寺に対しては既に指南済みである。それらは遅かれ早かれ制度の導入や御開帳の実施に向けて動いており、早いところはとっくにこちらと協議を始めているのだ。


 となれば、今来ているのはどういった面々かと言えば、あのとき聞く気が無いなら帰れと仁和寺の深仁入道宮様に追い返された面々である。


 そんなわけで、あれれ〜おっかしいな〜お坊さんたちは仏様を金儲けに使うなんて言語道断って言ってたのに、なんで今更そんなことを言いに来たの?(某少年探偵風疑問)って話なわけよ。


「それで、本日の御用向きはいかなるものでございましょうや」


 だから俺はそれらの称賛に対して何も心が動かない。強いて言うなら、そんな極端な掌返しをしていると手首がねじ切れちゃうんじゃないの? ってところだ。


 ちなみにさっき俺に協力を求めに来た者たちと言ったが、実はまだ彼らの口から本題は聞いていない。しかしあれだけ非難していた者がこうやっておべっかを使う時点で、その目的は明確だろうからそう思ったまでのこと。


 とはいえそれにつられてこちらから話を続けてあげるほど度量は広くないし、そこまでして手を差し伸べる義理も無いので「何の用?」と、とぼけた塩対応をさせてもらっている。


「いや、その……拙僧らも拝観料のことを少々伺いたく……」

「仏様を使っての金儲けなど言語道断。でございましたな」


 おずおずと本題を切り出してきたのは、俺が見るだけで分かるくらいの塩対応だからだろう。身に覚えのある話だろうから気まずいんでしょうね。


「この治部少輔、御坊様方の仏様への帰依の志を軽んじるつもりなど毛頭ござらぬ。方広寺の件は窮余の一策であったといえ、皆様は一言苦言を呈さねばならぬとお越しになられたのでございますな。よろしゅうございます、所司代の職を与る身として、甘んじて御批判をお受けいたしまする」


 拝観料の話と言われ、俺はまた文句を言いに来たと解釈し、低姿勢で批判を聞くという姿勢で臨んだ。もちろん彼らの真意が別にあることは重々承知の上でなのだが、そんなことを聞いてあげる義理はない。当初の彼らのスタンスを受けての話であれば、むしろこの解釈の方が正しいわけだからな。


「いや、そうではなくて……我らも拝観料の仕組みを取り入れようかと……」

「はて? 如何なる心変わりでございましょうか。あれほど愚行であると仰られておりましたものを」

「それはそれ、これはこれ。どこの寺院も費用の工面には苦労しておりますれば、良き策があれば取り入れるに如かずでございましょう」

「この治部少輔も侮られたものですな……」 


 ヘラヘラと作り笑いを浮かべる僧たちに対し、俺はあからさまな嫌悪の念を向けた。


 何度も言うが来訪の理由がそれであることは最初から分かっていた。だから自分たちが間違っていたと頭を下げてくるなら、百歩譲って話を聞くくらいの対応はするが、あれだけ言っておきながら、その件をまるで無かったかの如く語り、勝馬に乗るような連中にかける情けは持ち合わせていないのだ。


「此度の制度は皆様方の苦境をなんとか救えないかと、上様に成り代わり京の管理を任されしこの治部少輔が考えた策。それを受けるも拒むも御坊たちの胸先三寸でござるが、あれほど申しておきながら成果が出たと見るや掌を返すその姿勢は即ち公儀を愚弄しておると見なさざるを得ませぬ」

「そ、そのようなつもりは……」

「ならば初志貫徹。これまで通りのやり方で慎ましく過ごされればよかろう」

「そんな殺生な……」

「いけずやなあ……」


 なんとでも言うがいい。権限はかなり縮小したとはいえ、こちらは京都における幕府の代表だ。あまりナメたことを言われては将軍の沽券に関わるからな。いけずだかいけすだか知らんが知ったこっちゃねえってんだ。


「所司代殿、そこを何とかなりませぬか」

「……まあ、そちらに話を聞く覚悟があるなら、何とかならんでもない」


 こちらが断固拒否で応じていると、次第に僧たちの姿勢が謙るようになり、半ば懇願のような感じになってきた。そこで取引ではないが、こちらの要望を飲むことを条件として認めることを告げると、ほぼ全員がそれに食いついてきた。


「それで、我らはどのような条件を飲めばよろしいのか」

「それでは……」


 こうなることは拝観料制度を考案したときから想定していた。


 反対する勢力は必ず出てくるが、その中でも考え方は二つあり、一つは本当にそれらを邪道と考え、自らが仏道に専心することで民衆の信仰を集めようと本気で考える者。もう一つは邪道とは思いつつも、費用の工面方法を模索していた者たち。


 前者は何があっても俺に頭を下げてくることはないが、後者の者たちは結果如何で後になって擦り寄って来る可能性はあると思い、実際にそうなったわけだが、そのときに一つ策を弄すことを考えたのだ。


 畑を耕したり水を与えたりする労苦を避けておきながら、実が生ってから美味しい部分だけいただくなんてことは許さん。それなら相応の対価を払えということです。


 で、俺が出した条件というのは、ここにいる名刹と呼ばれる門跡寺院の門主たちに大いに関係がある。改めて門跡とは何かをおさらいすると、皇族や貴族の子弟が住職として従事する寺のこと。よってここにいる多くの僧は、元を正せば貴族社会に連なる身分の者たちなのだ。


 ……つまりはそういうことだ。京の仏教界をこちらの論調に同調させ、朝廷に味方しないようにするということよ。


 彼らも身内を説得したり対立するのは苦労することだろう。正にただより高いものはないという典型ですな。

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― 新着の感想 ―
ここまでの手のひら返しはしばらくぶりに聴きますね、かつて中国の工作員の国会議員が(小惑星探査機)の地球へ戻れなさそうになったときに小惑星探査機の2号機の予算は出さないと明言しておいて帰還確実になったら…
手のひら、クルックルッですな。
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