お金儲けして何が悪いんですか
「仏様を金儲けに使おうと仰せか!」
「然り! まったくもってけしからん!」
それからしばらく後、方広寺並びに妙法院での御開帳に向けた準備を進めるのと並行し、恒常的な収入の確保を目的とした拝観料制度を今回導入する件について、洛中の主だった寺院の門主・住職を集めて説明する機会を設けた。
目的は今言ったように、檀家やその他からの寄付に頼る寺院の収入を確保するため。無論僧侶たちの贅沢のためではなく、本堂その他建造物の維持管理・修繕費や、仏像などの手入れ、庭園の整備等、参拝客が目的とする場を整えるため、そしてそれを管理する者たちを養っていくための必要経費としてだ。
幕府の御触れとして強行することも出来たが、未来人にとっては当たり前の話であっても、そういった考え方がまだ生まれていないこの時代ではやり方に嫌悪感を覚える者も出るだろうと想定し、経緯や考え方を知ってもらおうと考えたからだ。
……しかし、こちらが何かを口にするよりも早く、けしからん教を信奉される御坊たちがやってきて早々に非難をし始めた。
事前に聞いた話だけでそう思い込んでいるだけなのだろうが、非難するならせめてこちらの話を聞いてからにしてほしいものだ。
「そもそもお布施とは信心から自発的に為されるもの。寺を訪れた者から誰彼構わず取り立てるような類いのものに非ず」
「寺に入るだけで金が必要となれば、誰も近寄らなくなりますぞ」
「そうじゃそうじゃ」
「所司代殿はいったい何をお考えか!」
この時代の僧侶の学識レベルは、国全体で見ればかなり高い水準にあると思っている。それが本山と称される名刹や門跡を預かる者であれば尚更であろう。
……が、この場のやり取りを聞く限り、どうにも知的に話し合いをするような空気ではない。なんとなくであるが、かつて白河法皇が自身の思い通りにならないものの一つとして上げた、山法師(比叡山延暦寺の僧兵)みたいな雰囲気を感じる。
「方々静まられい!!」
さすがにこれでは話にならないと思い、言いたい放題の口をどこで閉じてやろうかと思っていたら、隣から山法師ばりの怒号が飛んできた。
いや……山法師を見たことがあるわけじゃないが、そんな感じがしたのよ。
で、その正体とは、共に話をするために同席していた真仁様である。
「此度の一件は大仏殿修繕のためにこの真仁がご相談申し上げたゆえ、所司代殿が策を考えてくださったもの。非難をされたくば所司代殿ではなくこの真仁に申されい」
「されば真仁殿、妙法院の門主たる貴方様ともあろう御方が斯様なことをなさるのか。拙僧には全くもって理解出来ませぬ」
「広く万人よりお布施を募るだけのことにて」
非難してくる僧たちは、お布施は自発的に行うものであり、強制するものではないというのがその言い分だ。俺に言わせれば、檀家から集めているお金は違うのか? と言いたいところだが、そこは本題から外れるので置いておく。
ここで重要なのは"自発的に"という点だが、そもそもで檀那寺以外を参拝する行為はその時点で自発的なものではなかろうか。
その理由は様々であろう。御本尊様を拝み加護を受けたい、古くからある事物を鑑賞して仏の教えを知りたい、美しい庭園を見て心の平穏を保ちたいなど、宗教的な目的であれ、観光的な目的であれ、お寺を参拝するというのは何らかのご利益に与ろうという行為であり、ならば満遍なくお布施を募ったところで問題はなかろう。それが拝観料という名目になっただけだ。
「自発的に寺を参拝する者に寄進してもらう。何もおかしなことではあるまい。人の家を訪れる折には手土産を持っていくことがございましょう。それと同じ理屈でござる」
「されどそれで済ませては、更なる寄進が望めなくなるのではありませんかな」
拝観料として寄進はしたからこれ以上出す必要はないと考える者が増えれば、むしろ寄進額が減るのではという懸念だろうが、寄進をする人ってのはそういう考えではないと思う。
しかし武家や公家、商家など、大きな寄進をする者は所謂地元の名士という者が多い。こういう人たちは名を重んじ、中途半端な額でケチ臭いと言われるのが嫌だから出すときはドンと出す。拝観料程度で済ませるはずがない。
未来でも社殿や本堂の補修、建て替えなどで寺社が寄付を募るなんてことはよくあり、地元の人だけでなく観光客でも寄進をする人はいる。名目がはっきりしていれば出す人は出すのだ。
「故にその懸念は無用と考える」
「結局は金儲けではごさらぬか。今の寄進のみでは足りぬゆえ、取れるところから取ろうという魂胆でしかありませぬ」
「そうではないと申しておろう」
「所司代殿、私からも一言よいか」
「どうぞ」
「仁和寺の深仁である」
施設保全費用としての寄進という名目を主張する真仁様と、それを金儲けの手段でしかないと非難する他の寺院の僧たち。このままでは堂々巡りで話が進まないと思ったのか、仁和寺の門跡である深仁様が発言を求めてきた。
仁和寺は御室の地にある真言宗の本山の一つで、平安時代に光孝天皇の勅願で創建され、その子宇多天皇が出家後に当地に僧坊を建てて住んだことで御室御所とも呼ばれた名刹。ちなみに御室とは地名だけでなく、時に仁和寺自体やその住職である門跡のこと指す言葉としても使われる。
そんなわけで仁和寺も妙法院と同様、皇族が代々門跡を務める寺院なのだが、そうなると当代の門跡深仁様も当然皇族。閑院宮家の第二皇子で、正式には深仁入道宮様という。ちなみに親王宣下を受けてから出家した皇族が入道宮で、妙法院の真仁様のように出家してから親王宣下を受けた皇族は法親王と呼ばれるらしい。リアル仁和寺にある法師様だ。
……と、小難しく紹介してみたが、要は妙法院の門跡真仁様の異母兄である。それはつまり帝にとっても異母兄ということ。仁和寺はその創設の経緯から、門跡寺院の筆頭として宗派を超えて統括を行う寺なので、今回の諸々を含めて真仁様から協力を取り付けてもらったのだ。
「先程から色々と言い募っておられたが、お金儲けをして何が悪いと申すのか」
「なんですと!」
「其方らは金儲け金儲けと煩いが、折からの飢饉で民も暮らしは楽ではない。寄進も集まらず幕府や朝廷からの支援も望めぬ。さりとて伽藍を維持するにも、僧たちが食べていくにも金がなくては話にならん。必要な金を己の手で稼ぐことの何が悪い」
お金儲けをして何が悪い。それは俺が二人の宮様に対して言った言葉だ。原典は未来のとある投資家の言葉で、当時はかなり批判も受けたと記憶しているが、必要なもののために汗水流して稼ぐという行為に関して言えば、決して間違ったものではないと思う。
この時代はお金を稼ぐことを悪いことのように考え、商行為を卑しいものと見る風潮が強いが、現実には誰かがお金を稼がないと世の中は回らないものだ。武士は年貢や税という形で、僧侶はお布施や寄進という形で収入を得ているが、元は誰かの経済活動によって得られたものでしかない。
旧来の制度のままで維持出来ているならともかく、今までと同じやり方で得られなくなってきているから、田沼公は資本主義の考え方を取り入れて新たな財源の確保に動き、俺も蘭学知識と称して農産や商業のテコ入れを進めてきた。幕府(武士)ですらそうしているのだから、僧侶たちだってやってやれないことはないはずだ。
別に僧たちに贅沢をさせるためではない。必要な費用を集めるためだ。修繕費用が集まらず苦心していた真仁様にそれを提案したときはあまり良い顔をされなかったが、誰かがやらねば大仏殿はいずれ朽ち果て、没落した寺という汚名と大仏様を守れなかった後悔しか残らない。ならばここで守銭奴と罵られようとも、後の世まで寺と仏様を守りぬくための行動をと促すために言った言葉であったが、ここでその言葉を引用するくらいには宮様たちに刺さったようである。
「集めた金で伽藍を直し、庭園を整え、法話を聞かせる僧を育てる。さすればより多くの民が訪れ、仏の教えを更に広めることも叶おう。我らの寺がこの先も長らえるための百年の計である」
「詭弁でございます!」
「ならばこれ以上の問答は無用。そもそもは妙法院殿が自らのために策したものであり、其方らには関係ない話。されど皆に黙って己だけ益を受けるはしのびないと、こうして一席設けたまで。聞く気が無いのなら早々にお帰りなさるがよい」
深仁様にそこまで言わせてしまったものだから、喧嘩腰で応じていた寺の者たちも退くに退けなくなったようで、一人、また一人と席を立つ者が続き、残ったのは当初集まった者の半分ほどになっていた。
「思ったより減りましたな」
「彼らの気持ちも分からんではない。やろうとしている事が事ですからな。それは所司代殿も感じておられたでしょう」
深仁様の言う通り、反発があることはハナから織り込み済みであった。しかしどこの寺も資金集めには苦慮しており、話くらいは聞いてもらえるかと思ったけど、長きに渡る仏教の戒律というか習慣は、そう簡単に崩せるものではなさそうだ。
「なに、我らが上手く事を運べば風向きも変わろう。そのときに話も聞かず門前払いした者たちがどんな顔をするかのう」
深仁様の言う通り、大仏殿の御開帳で拝観料制度が上手く軌道に乗れば、追随したがる者は出てくるだろう。
もっとも、話も聞かず門前払いした者たちを優しく迎える気は毛頭ありませんけどね。
そのためにも最初が肝心だな。大仏殿修繕の勧進だけに。
……おあとがよろしいようで。




