2話/どんな記憶も
――どんな記憶も保護されるべきだ。
――ある時、記憶を思い出したくても思い出せない現象を解決するべく、その言葉を元に立ち上げられた我々の組織と会社。その日から長い月日をかけて漸く、記憶を保存することを可能とさせた機械を作り上げました。その名も、記憶領域拡大機器【MSA】。あなたの記憶の全てを保存し、いつでもどこでも大事なことを思い出せれる素晴らしい機械。それはたとえ何があっても、あなたの思い出を護ることでしょう――
誰かがそう言っていたのは、もうかれこれ数十年前の話で、人類の記憶保護として私たち人の首に小さな機械【MSA】が取り付けられました。最初は【MSA】の名の通り、ちっぽけな忘れごとも簡単に思い出すことができて助かっていました。
でもメリットはデメリットが付録としてついてくるもの。この機械が導入されてから、学校という学校から座学の入試やテストが殆どなくなり、代わりに身体をどれだけ動かせるかで基準が変わってしまいました。
運動をあまりしない人はどうするんだと思いますが、導入されてからしばらくたった今でもその基準が適応されています。
あと場所によっては、記憶の処理速度を測る数学のテストがあるそうです。私の通ってる学校では、そのテストは行われてませんが。
で、なんでこんなことを書いてるのかと言いますと、そうです。今日がそのテスト日なのです。そして私はというと……
「ひ……ひぃぃ……」
一人でグラウンドを走っていました。
何かの罰ゲームとか、体罰とかそんなのじゃあありません。私にとってのテスト日が今日。つまりはそのテストの真っ最中なんです。本来は昨日テストが行われていたんですが、ちょっと色々あって今日になったんです。
実のところ私は昨日のことは全く覚えていません。あ、私としては昨日のことは覚えてます。いつものように古伊崎君と帰ったことも、帰ってから直ぐに寝たことも。……なんの夢を見ていたのかも。
まあ夢の話はいったん置いておきまして、何が言いたいかと言いますと。テスト日の放課後に、それに関係する話を何冊かのノートを持ってきてくれた古伊崎君から始めてくれました。
「――しっかし、相変わらず厄介だな、時々一日寝たきりになる体質。ほら昨日の分」
「う~……好きでこんな体質になったわけじゃないですよぅ……あ、ノートありがとうございます。ありがたく大切に、大切に使わせていただきます太陽神様」
「俺はラーじゃねえ!」
「ではアテン様」
「そもそも俺は神様じゃねぇ!!」
そう私は昨日、丸一日死んだように伸びていたらしいです。それはもうぐっすりと。どうも何をやっても起きないらしくて、私自身も今日起きてから一日空白があることに気づきました。でも大事にならないのは、【MSA】を付けてから、今まで同じようなことが何度もあったから。
かといって【MSA】を開発した会社さんは「そのような副作用の事例は一切ない」の一点張りで、話なんて聞く耳を持ってくれません。医師も最初は機械のせいだとは言っていたので間違いはないと思うのですが、後日診断の誤りがあったと言われて、勝手にそういう体質だと決めつけられました。大人って怖いです。権力も怖いです。
ともあれ、そんな経緯で不定期に一日の空白が生まれちゃうようになり、学校側はそれに合わせてくれるようになったのです。決まった日ならともかく、不定期に起きる現象なので学校側も私に合わせるの大変だと思いますが……まあ個別授業――いわゆる補習として授業を付けてくれるので私としては感謝しかありません。
あ、でも頼りっぱなしもあれですし、一日分の補習なんて一日ではできっこないので、古伊崎君と二人で放課後の教室に残って、ノートを写させてもらうのです。
「そういえば、古伊崎君はテストどうだったんですか?」
「ぼちぼち。可もなく不可もないってところだ。シューは……聞かなくてもいいか」
「む!」
「む?」
「むむむ?」
「むむむ」
「なんですかこの会話……」
「知らない、わからない」
「えぇ……」
古伊崎君はその容姿としては頭脳明晰、運動神経が抜群と文武両道……に見えるのですが、実は結構平均的で、成績は全て真ん中なのです。まあ座学に関しては最初に書いた通り、【MSA】の影響があるので処理速度しか図りませんが……仮にそれをいれても平均です。
でもその代わりに、私に一日の空白ができた時、こうしてノートを貸してくれたりする優しさがあります。私以外にも困ってる人がいたら助けてたりするくらいいい人なんですよ。
「まあ大丈夫だって。そんな気負いすんな」
「そう、ですね」
私自身、体力が平均よりないのは重々承知してますが、実のところ体力テストは進路が少し狭くなるだけで特に問題はありません。
実際、どんな記憶も保存する、この首の機械のおかげで進学の道や、重労働の道でなければ、どこにでも行けますし殆ど困ることはないとも言えます。でもやっぱり最低評価を取ると落ち込んでしまいます。多分一番下は嫌っていう人間の性ってやつです。




