救助されるまで:後編
親父を無事実家に送り返し一安心したところで、それはゆっくりと音も無くにじり寄ってきました、最初は窓から見える田んぼの水位が上がっているなと気付きました、やがて田んぼの畦が見えなくなり、用水路の境界が分からなくなり、緩やかな波を立てながら徐々に徐々に道路を呑み込んでいきます。
この時点で確か午前8時前後だったでしょうか? 干潮まではまだ時間があります、漠然と『干潮まで浸水せずに保つかなぁ……』と考えたのを思い出しますが、まあ、この時点で既に堤防が決壊していたので保つも保たないも無かったわけですけど……。
そこからの浸水は早いものでした、取り敢えず嫁と子供たちを履き物を持たせて2階に逃がし、運べるサイズの家電も2階に移します、大体運んだら次は建具、畳を剥がし障子と襖を外しダイニングテーブルの上に積み上げました、動かし終わって一息ついたその時、部屋の隅に違和感を感じ目が釘付けになりました。
「……あんな所に噴水なんかあったっけ?」
和室の隅、畳を剥がし一段下がった板場の角から一条の噴水が吹き上がっていました、私は家の建設で室内に噴水を付けた覚えはありません、ウォシュレット? 論外です、和室はトイレじゃありません、冗談はともかくとして慌てて玄関を見ると既に土間は水没し靴がぷかぷかと浮いており、掃き出し窓から見える庭は茶色い水に覆われていました、流石にこれはもう駄目だと判断、ブレーカーを落とし、2階に避難し様子を見守ることにしました。
こういった浸水の際、簡易浄水や下水設備が水没するとトイレを流す事が出来なくなります、流すと逆流の恐れがあるので二次被害を防ぐためにも気を付けましょう、こんな時にポータブルトイレがあればいいのですが……まあ無いときは作ってしまえばよいですな、段ボールにゴミ袋を二重にセットして中にオムツや生理用品を入れたら出来上がりです、段ボール箱が無ければゴミ箱等を使うのもいいかもしれません、あと、ツイッターで見たお話なのですが便器の中に水の入ったビニール袋を入れておくと下水の逆流を防げるそうです、被災する前に知っておきたかったですな(´Д`;)
さて、昼時に差し掛かると水位は更に上がり干潮時間を迎えても水位の上昇が止まる気配がありません、丁度その頃ですかね、アラートの内容から堤防が決壊していた事を知りました、流石にこれはどうにもならないと消防に連絡したのもこの時間帯でしたか……。
ちなみにこういった際に消防署には確実に連絡を入れておきましょう、救助人数の把握もそうですが救助の優先順位もあります、確か、病人怪我人>乳幼児>お年寄り>一般……だったかと思います、重病人、重傷者、動かすのが難しい患者は救助の早い自衛隊の大型ボートやヘリコプターなどが救助に来てくれます、現状を正しく知らせるためにもきちんと連絡をしましょう。
昼2時を過ぎた頃についに2階に水が到達しました、1階からは水に浮いた冷蔵庫が天井を叩く音が響き、室内のあちこちの隙間から噴水のように水が吹き上がっています……本当に私は家の建設で室内に噴水を付けた覚えはないんですがね……。
ベランダから見える景色も一変していました、あたり一面茶色い水と流れるゴミしかありません、外では自衛隊の大型ボートが病院から患者さんを運び出す為に往復をしており、空にはマスコミのヘリコプターが飛び交います、民間や消防の小型ボートも数が増えてきていた為、ようやく救助して貰えるとほっと胸をなで下ろし嫁の方を見ました、が……何かおかしい……嫁が室内に浸水した水面の一点を見つめて動きません、何かあったのか? やはりこの現状のショックがでかいのか? 先程まで次は何が流れてくるか? なんて笑い合っていたのに……やがて、口角を引き上げた歪な笑顔と共にゆっくりと嫁が口を開きました。
「……魅惑の巨乳ねぇ……ほぅ……」
水害という物は全てを奪っていきます……それが巧妙にベッドの下に隠した秘密であろうともです……我々は救助され避難所に向かいます、ゆらゆらゆらゆら揺蕩う水面を眺めながら……心に浅からぬ傷を残して……。




