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エコ魔導士  作者: 中村 尽
旅情編
28/67

第二十六話『SP』

――――



 魔導薬学士試験まるごとガイド 第2章・薬品と投与試験(Ⅰ) 実験用生物とその特性



挿絵(By みてみん)



『実験用獣型魔法生物イポパカ』――――代謝回転が人間のおよそ5000倍の速度に設計されている魔法生物。寿命はおよそ5日間。その為、試験開始から数時間でヒトに換算して数年間に渡る薬剤投与の影響を観察することが出来る。ベースとなっている生物はダイコクネズミだが、足は短くしっぽが無いため、運動性に劣る。雑食性で、与えられたものはなんでも食べる。ストレスに対して強い。



挿絵(By みてみん)



『実験用ヒト型魔法生物ネメキア』――――代謝回転は人間のおよそ6700倍。手足と目が無く、逃げたり実験者に危害を及ぼしたりしない様に設計されている。寿命は3日。ヒトと変わらない代謝構造を持っているため、副作用の試験に好適。また内臓の配置などは人間同様なので、学術解剖用にも使える。ただ、創造に必要なマナが『イポパカ』に比べて膨大で、世話や死体の処理に手間がかかる。主に試験薬の最終試験に利用される。




――――


 エコが手にしている本には、そう書いてあった。エコは意識のないタークの隣で抜け殻のようになって、そのページをただただ何時間も眺めていた。時刻は昼前。


 この本は、ミモザが今朝黙ってエコに渡してきたものだ。今エコの読んでいるページに挟んであったメモには、ミモザの丸字で『怒鳴ったことは謝ります。けど、ここを読んでもう一度考えてください』と書いてあった。



 エコは一応別のページにも目を通した。だがそこにあったのは、


『実験用魔法生物の発明のおかげで、危険な副作用を持つ可能性のある新薬の普及が早まった』


『およそ50年前にアドル・ストユールによって提唱された、イポパカとネメキアを使った「魔法生物二段試験法」は、現在の魔導薬学会では極めて安全性と信頼性の高い方法としている』


『現在での両魔法生物の形態は改善が重ねられ、発明当初のような実験者の悲惨な負傷事故も起こらなくなっている』


……などと言った、見るに堪えない記述だった。




(これがミモザ達“魔導薬士”の常識なの……? 『人間もどき』をこんなに都合よく使う……、しかもこの姿は……)エコは『ネメキア』の挿絵を見た。


 そこにあるのは、手足のない肌色の肉の塊。とても生物には見えない物体だった。別のページの記述によれば、四肢と目に加えて、脾臓、腎臓ひとつ、盲腸、へそ、肋骨数本といくつかの筋肉が欠けており、それによって創造に際してのマナを節約しているそうだ。人は、いや、魔導士たちは、こうも自分勝手に生命を生み出して、モノのように扱えるものなのだろうか……。



 目を覆いたくなるような本だったが、エコはそこから視線を逸らすわけには行かなかった。ただでさえ時間が無いのに、ミモザと揉めている暇はない……。

 しかし、『人間もどき』での実験など到底エコには認められなかった。そんな事をしてタークが助かったとしても、どうしてその足でのこのことヨズ達に会いに行けるだろう。




(なんとかミモザに納得してもらわないと……。タークだって早くしないと助からないかもしれない。折角出来た薬だけど、肝心なことはまだ分かっていないんだ)



 確かに1匹の『イポパカ』を助けた薬だが、タークを救えるかどうかはまた別の話だ。しかし、エコには確かな手ごたえがあった。助かった『イポパカ』は、エコの脇に置いたケージの中で元気に暴れまわっている。解剖して臓器の委縮などの副作用が無いか確かめようとミモザの部屋から持って来たのだが、いままでの経験からエコはその必要が無いと考えていた。


(自信がある。あのままタークに使っても、問題ないはずだ。副作用も、――ほとんどないって確信が持ててる。わたしはミモザが居ない間に、何度も実験をしたんだから)




 エコはとにかく、ミモザに会って話をしようと決意した。




 ナラシンハ・カートガヤー、トンナム・カロヘッヤ、アグレッド・ドミ・レシュフ、ネママ・ネメルリム、ゼイゼリリ・コッツェ…………情けない話、エコはこの町でどの魔導士と会った時よりも、この時が一番緊張した。





「ミモザ、話があるの。……いい?」


 エコがそう言って、ミモザの部屋のドアをノックする。すぐに、「どうぞ」というミモザの声が聞こえた。思ったよりも明るい声だったので、エコは少しだけ安心する。ミモザは部屋の扉が開いた途端、口を開いた。


「私も話がある所だったんだよ、エコちゃん。……時間的に、そろそろ危ないの。『ネメキア』の実験をするには、そろそろ始めないと明後日までに間に合わないんだよ」


 明後日というのは、タークの命の限界までの時間だ。


「エコちゃん、本、読んでくれた?」

 エコは頷いて、手に持っている本を差し出した。

「よかったあ~……。もし読んでくれないほど怒ってたらどうしようかと心配だったの。……読んでくれたなら、私の言う事も分かってくれるって思ってるんだけど」


 エコは悲しくなった。ミモザは自分の考え方を曲げる気はないらしい。泣きそうになりながら、エコは首を振った。

「ううん、だめ、やっぱりそれだけはやっちゃいけないよ……」


「でもね、エコちゃん。『イポパカ』の試験だけじゃどうしても限界があるよ……ね。お願いだから」

 エコは無言で抱きかかえていたケージを持ち上げて、中身を示した。『イポパカ』が元気よく走り回る、リズミカルな音がする。

「でも、ほら……この子は元気に生きてるでしょ。だからタークも……」


「……エコちゃん、人間とネズミじゃあ、違うところがいっぱいあるんだよ……。『イポパカ』じゃあ、分からない事が多すぎる。精神面の影響とかね……」

 ミモザが沈鬱な面持ちで、少し呆れたように言う。それを聞いて、エコはミモザに少なからず失望した。やはり分かり合えないのか……。



 こうなれば、ミモザ抜きでタークに薬を投与するしか手は無い。しかし、意識のないタークに薬を注射するための器具は、この町の中でミモザの部屋にしかない。



「でも早くしないとタークはっ……」

「だからそう、早く最終試験をしたいんだけど……。このままじゃ昨日と同じで、けんかになりそうだね」

 突然、エコの目が据わった。目の奥に冷たい光が宿る。



「……いっそ、けんかして決めようか? 魔導戦で……。その方がすっきりするかもよ」



 ミモザはそれを聞いて思わずエコから目を外し、悲しそうに笑った。

「やめてよ……。そんな提案聞きたくもない」


 部屋に不穏な空気が立ち込めた時、部屋に宿の女将さんが入って来た。


「あのねえ、二人とも。タークさんが呼んでるんだけど、取り込み中かい?」

「大丈夫、行きます……行こう」

「うん…………」

 二人は気まずい空気を引きずったまま、タークの居る部屋に向かった。






「お前ら……喧嘩してんじゃねえ」

 タークが長く吐いた息と同時にやっとのことで言ったその言葉は、二人の胸に重くのしかかってきた。ミモザの部屋は扉が開いたままだったので、タークにも二人の会話が聞こえていたらしい。

「俺のことで……揉められたら、俺も生きる気が無くなるよ……。喧嘩の事情は聞いた……。それで、ミモザに話しとかなきゃいけない事があるんだ……」


「……私にですか?」

 ミモザは緊張して思わず居住まいを正し、タークに正対した。隣にいるエコも、表情を厳しくしている。


「そうだ……。エコと俺は、『人間もどき』を保護して、一緒に生活している……。それなのに、手前の勝手で『人間もどき』を使って実験なんかしたら、そいつらに顔向けができないんだ……。だから俺は、『人間もどき』で試した薬を使って生き延びるぐらいだったら、このまま死にたいと思う」

「……副作用が、どうあってもですか? どういう事が起きるか、まだ分からないんです。エコちゃんが今まで作った薬の中には、半身にマヒが残ったり全身から出血したりするぐらい酷いのもあったんですよ」

 ミモザがはっきりと言った。エコは、暗い気持ちになって下を向いた。重苦しい沈黙ののち、タークが乾いた口を開く。



「……人は、自分の業に囚われると脆い……。心も体もボロボロになる。俺にとっては、その罪悪感こそが最悪の副作用なんだ。そしてそれは、……エコにとっても同じことだ」



 ミモザの表情は相変わらず険しかったが、ターク本人にそこまで言われると、流石に折れた。エコはその数時間後に『イポパカ』が天寿を全うしたのを見届けると、その薬をタークに投与した。













――――それから3日。タークは順調に快復していった。


 エコは薬を継続して使い続けたが、その後更に1週間経っても、タークに目立った副作用は見られなかった。お互い謝ってすっかり仲直りしたエコとミモザは、泣いて抱き合い、喜び合った。




 タークの体調はみるみる内に戻り、薬の投与開始からわずか2週間で立ち上がって普通に生活できるまでになっていた。

 リハビリを兼ねた日課の散歩の途中、エコがタークに「聞きたいことがあるんだけど」と話を切り出す。


「タークの体調が一旦良くなる少し前にタークの枕元に土を置いたんだけど、覚えてる?」


 タークが少しぎょっとした顔になる。動揺して、手に持った煙草の灰がこぼれ落ちた。

「ん? さあ……。土?」

「そうそう。この間一緒にお礼に行ったゼイゼリリさんって人いるでしょ? 優しそうなおじいちゃん。あの人に貰ったんだけど、えーっと、気付いたらいきなり無くなってたんだよね」


「覚えがねえなあー……。あの時は意識が朦朧としてて、記憶が飛んでんだよ」

 言いつつ、タバコを持った手を口元に運んだ。


「タークそれ、食べなかった? どっこ探してもないし、タークが食べたとしか……」

「ああ? なんでそうなるんだよ。誰かが捨てたかもしれないし、盗まれたかも知れないだろう。なぜ俺が土を食う? 違う、違う」

 エコの言葉をタークが遮って否定する。


「…………なら言うけどさ、その次の日辺りのタークの便に、いかにも土っぽいものが大量に混じってたんだよ」

「えっ?」

「そうそう。悪いけど、ミモザと一緒に検便は良くしてたんだよ。内緒だったけどね」

「マジか……」

 タークは信じられない、といった顔をして、青ざめた。煙草の煙を深く吸い込み、ため息として吐き出す。エコは悪戯っぽく笑った。




挿絵(By みてみん)




 そんな調子でのんびり歩いていると、船着き場の前に出た。観光用の遊覧船や、貸出ボートもある人気の娯楽施設だ。タークはそこで立ち止まり、エコに言った。


「……そういえば、ここに来た日にボートに乗るって約束をしたよな。乗っていくか?」




 エコは笑って、「もう乗ったじゃん。あれで十分だよ」と言った。






 タークはふと右上に目をやって少し考え、やがて何かを思い出したように微笑むと、「ああ……そう言えばそうだったな」と呟き、エコと顔を合わせた。それから二人はやけに楽しくなって、暫く笑い続けていた。











 二人が宿に帰ると、どういうわけか人気が少ない。宿の主人は居たが他の客の気配はないし、いつも誰かしらの働く音がする小さな厨房の中も、夕食前だというのに静まり返っている。


 宿の主人が、帰って来た二人を見て「おかえりなさい」と挨拶する。二人が挨拶を返すと、こんな事を言った。




「あのねえ、ミモザさんから言伝ことづてを頼まれてるんだ。大事な話があるから、ここに来てってさ」




 宿の主人が地図で示した場所は、かつてエコとミモザが魔導士ナラシンハ・カートガヤーに会いに行った、森の中の宿だった。



「ええ? なんだろう、想像もつかない」

「その、例の魔導士が帰ってきたんじゃないの。会えてないのその人だけだろ?」とターク。

「はあ。でももうわざわざ会って話すことなんかないしなあ……」


 エコは訝しんだが、宿の主人が「まあ、とにかく行ってみなさいよ」と二人を促すので、そのまま向かう事にした。


 


「うわー、すっげー久しぶり」

「でかい宿だな……。高そうだ」


 エコはひとまず、前来た時のようにノッカーを叩いた。固い音が鉄製の柱や石畳に反響する。すると、間を置かずに中からドレスを着た女主人が現れた。


「どうも、こんにちは。あらあらあらっ、もしかしてあなたがタークさん?」

 女主人はタークを見て驚く。タークは今やこの町ではちょっとした有名人だが、知れ渡っているのは名前だけで、顔を見た人は少なかった。


「はい、その節はエコが色々とお世話になったようで、ありがとうございました」

 そんな訳で、タークはこういう対応を自然と身に着けていた。実はそこまで詳しい事情は知らなかったが、とりあえず礼を言っておくに限る。


「うふふ、本当に、元気になってよかったわねえ。エコちゃん、本当に寂しかったみたいだもの。そうそう、中でミモザさんがお待ちかねよ。さあどうぞ」


「……なんなんだろ?」

 エコとタークは、女主人の後について宿に入った。



 今日は快晴で、まだ夕暮れにも早い時間だ。しかしエコ達が建物に入ると、エントランスは薄暗かった。どうやら、カーテンや鎧戸を締め切っているらしい。


 エコ達がいよいよ疑いを強めたその瞬間、天窓が開かれて部屋が一気に明るくなり、エコの目にこんな文字が書かれた看板が飛び込んできた。



『タークさんご快復おめでとう』…………



 それと同時に、突然エコとタークの前に人々が飛び出してきた。そして、声を揃えて一斉に叫ぶ。

「「「「「「タークさん、エコちゃん、おめでとう!!!!!」」」」」




「………………ああ?」

「…………なんだこれ」


 エコとタークが、笑うべきか驚くべきかという微妙な表情で、その一団をなかば茫然と眺めまわす。二人は完全に混乱していた。群衆はそんな二人を取り囲み、笑いながら口々に話しかける。


「ははははは!! 成功だぞみんな!」

「あっはっはははは! みてみて、タークさん驚いてる!」

「やったねえ! 気付いてた?」

「エコ坊の顔おもしれえなあ!!」

「いい酒仕入れといたぞ! タークさんはいける口か?」


「エコちゃん!」

 群衆の中からミモザがやっと顔を出し、エコに駆け寄る。

「あ、ミモザ! どうしたのこれ? 用事は?」

 ミモザは頭を掻きながら、困った顔をして言う。


「ごめんごめん、本当は用なんか無いんだよー! みんなでタークさんの快復祝いと、お疲れさま会って事でパーティしようって話になってさ。私が誘うのが一番いいってみんなが言うから」


「そーりゃ当然だ、ミモザさん以外が呼んだらエコちゃん来てくんないかもしれないしな!!」と誰かが言った。


「そういうわけで……、ここを貸し切りにしてやろうって計画立ててたのー。どう、びっくりした?」

「したよ、そりゃあ……。ああ、宿に誰も居ないわけだ。……女将さんもコックさんもここにいるわ」

「奥に料理をたくさん作ったよ! さあエコちゃん、君が一番沢山食べていいんだ」と、宿のコックが言う。


「行こう行こう! ほらタークさんも!」

 ミモザがタークの手を取って引っ張った。


「お、おうおう、こんな高そうなところ、いいのかよおい……」

「町の人がみんな入るような宿、ここぐらいなんですよー。大丈夫、お祝いだから! まあとにかく入って入って」


 人波に押されるようにして二人が入った大ホールには白いクロスがかかった大テーブルが3列連なっており、広大なテーブル中に所狭しと料理が置いてあった。またその脇には、酒の入った瓶、ボトル、樽などが飲みきれないほどの量用意されている。


「エコちゃん、真ん中の7丁目がうちの宿のシェフの料理! おいしいから食べて!」

「エコちゃん、私のところの料理をぜひ食べてってー! 右列の11丁目よ!!」

「うちは左列の3丁目だ! 大鯰の丸上げが目印! 味見よろしく!」

「黄色の樽の酒はウチの蔵のだから飲んでよ、甘口で後味さっぱり!」


 やたらとハイテンションな町の住民たちにもみくちゃにされながらエコ達が料理を取って2階の円卓で食べていると、町の代表者の挨拶があるとかで、正面の舞台上にスポットが当たった。出てきたのは、役場の長だ。





「皆さん、こんばんは! どうか食事の手を止めることなくお聞きください。えー、私はここ【ハロン湖】の役所で働いておりますコロトクレと申します。本日はこういった幸せな会でこうして挨拶をさせて頂けて光栄であります」





「エコちゃん、一緒に食べよー」

 ミモザが料理を手にエコのテーブルにやって来た。テーブルには他にも、エコとタークを囲んで色々な人が座っていたが、気を利かせてエコの隣の席をミモザに譲ってくれた。演説は続く。





「この会はエコちゃんの頑張りとタークさんの快復を祝って催されたものです。これが結構企画段階からすごい会でしてね、私はとりあえずこの会が催される事になった経緯を、かいつまんで少しお話したいと思っております」





「これうまいなー。どうやって作ってんだろ。ていうか何? この実は」

 エコが黒っぽい実の入ったひき肉のパテを食べながら言う。


 反対側に座っていた料理屋のおじさんが、親切に料理の説明をする。

「ああ、そりゃブラックオリーブの油漬けだな。それは豚と鶏の合い挽き肉に色んな副材料を入れてオーブンで焼いた料理で、ここじゃあ祝い事に付きものなんだ」


「……酒に合うなあ~」

 タークはさっきから酒を飲む手が止まらない。エコの脇に立っていた造り酒屋の女将さんが、「この辺には良い水が湧くからね! でもタークさんがさっきから飲んでるのは【ポッピア】の蒸留酒だ! ほれ、うちの酒を飲みなさい、うちのをさ!」と言いながら、まだ杯の空かないうちからタークに酒が入った次のグラスを渡す。






「エコちゃんは、タークさんを助けようと、必死になって町中の人ほぼ全員にタークさんの治療法を訪ね回りました。恐らく、ここに居る皆さんもそれでエコちゃんと知り合った人が殆どなのではないでしょうか?」






 役場の長が尋ねると、会場中から同意の声が響いた。




 

 それを聞いて、タークが関心して言った。


「……話には聞いていたがほんとにそうなんだな。エコ、この会場にだって200人ぐらい人が居るが、やっぱり全員に聞いたのか?」

 エコはちょっと考えてから答える。


「直接話しかけたのは半分くらいかなあー。最初は誰も知らないから、とにかく道の周りの人にどんどん聞いてったの。だけど、そのうち知ってそうな人を紹介してくれる人が出てきてね。おばさんも結構いろんな人に聞いてくれたんだよね?」

 エコは隣にいる酒屋の女将さんに話を振った。おばさんが嬉しそうに答える。


「だってかわいそうじゃないか。原因不明の病気なんて……。でもねえ、エコちゃんは謙遜してんだよ。おばさんが尋ねた人だって、聞いたら半分以上がエコちゃんと話したことあった人だったよ」


「ほおー、そうか! いやー、エコは偉いな。そんな勇気のある事、普通はできんぞ」

 タークが手放しでエコを褒める。上機嫌なのは、酒が入ったせいだ。エコは褒められて単純に嬉しかった。





「そういうわけで、この間、町中が注目したタークさんの快復という慶事を、町中で祝いたいという声が上がったのは自然だったと思います。私はとても嬉しい。タークさんが治ったのも嬉しいが、こういう会を催せたということがとても嬉しいのです。あー、すいません話がそれました。とにかく、最初に話が出たのは宿屋協会の会合でした。私も偶然その場に居合わせましたので、出来る限りの事をしようと思いました。SPサプライズパーティーにしようという提案があってから、エコちゃんたちにばれないようにこっそり準備を進めていたのです。ただ、その間に話が膨らんできて、いつの間にかこのような町中の人が参加する盛大な会になりました」





「ターク、SPサプライズパーティーってなに?」

 エコが不思議そうな顔をして言う。

「知らん。……当事者には知らせないでやるって事じゃないか?」

 タークが言うと、エコの隣に居たミモザが得意げに言った。

「そうですよー、ばれないように事を運ぶのは大変でした~。特に今日の呼び出し計画はね。何しろ町の人が大勢いなくなるから、すぐばれると思って。エコちゃん、気付いてなかった?」


 エコが首を左右に振る。

「想像もできなかったよー。どんくらいかかったの? 準備」





 聞いていたかのように演説が説明する。



「こつこつと準備を進める事2週間あまり。お陰で、宿屋街の皆様や屋台町の皆様のご協力を得てこうした素晴らしい料理や飲み物が並び、その話を聞きつけた行商人の皆さんまでが、様々な物資を寄贈してくれました。いや、私もまさか、エコちゃんが行商人の方々とまで仲がいいとは予想外でした」





「ああ、エコさん、ミモザさん! この度はタークさんのご快復、本当におめでとうございます」


 そう話しかけてきたのは、魔導士トンナム・カロヘッヤだった。

「わ、トンナムさん? ご無沙汰してます。ずっとここに住んでるんですか?」

 エコが驚いてそう返す。トンナムは、質問に答えずそのまま続けた。



「いやあー、僕の占いは外れちゃいましたけど、とてもおめでたいことです! でも、凶事の占いなんか当たらない方がいいですよね。これに懲りず、またいつでも……」



 トンナムがそう言いかけた時、横合いから突然もう一つの人影が現れた。トンナムはその姿を見て驚き、口が動かなくなる。





「その後担当が分かれていき、会場については宿屋協会、料理については屋台町と宿屋が半々で、飲料については行商人のコミュニティと【ハロン湖】の酒屋さんが取り仕切るという流れになり、僭越ながら私は企画調整の方をお手伝いさせていただきました。また、会場の飾りつけなどの手伝いをしてくれたボランティアの方々にも御礼を申し上げたいと思います」






「アグレッドさん……!! なんでいるんすか!!」

 驚いたトンナムが大声で叫ぶ。


「トンナムじゃないかー!! あはははは、まだ当たらない占いやってんのか? もうやめちまえよ、当てた事あんのかお前ー!」

 アグレッドが嬉しそうにトンナムをからかう。顔が赤い。随分飲んだようだ。



「ほっ、ほっといてくださいよ! 僕の占いは芸術なんだ、当たるとか当たらないじゃなくて、……綺麗なんですよ!! 美しいんだ!!」


 それを聞いてミモザとエコが顔を見合わせる。それから二人は、あきれ顔で二人の魔導士のやりとりを見ていた。



「綺麗だからなんだ、アホかお前は! 占いは未来を予知出来るから意味があるんだろ。綺麗なのが取り

柄なんだったら旅芸人でもしてろよな!」



「だからほっといてくださいって……! 人の勝手でしょ!」

「ふっほほほほほ、そりゃあ勝手だけどよ、なんだよ今回も外してくれたなあ!! 万が一があるかもと思って、俺はコイツの死体をエコに予約してたんだぞ!」


 そう言ってアグレッドは、タークを指差した。タークは全く意に介さず、勧められるままにグラスの酒を煽っている。




「お前が外したせいで貰い損ねただろ! どーしてくれんだバーカ!」

「しりませんよう! あ、じゃあ! エコちゃん、またいつかネ! これからもトンナム占いをよろしく!」

 アグレッドに執拗に絡まれて弱り切ったトンナムは、そそくさとエコに挨拶をして、立ち去って行った。その目尻には、光る水滴が浮かんでいるように見えた。



「なんだったんだ今の……」

 エコが思わずつぶやく。アグレッドがそれを聞いてか、ぐっとエコの方に首を向けてきた。ぎょっとしたエコに向けて、指で『こっちにこい』と合図する。エコは椅子から立ち上がった。



「なんですか?」

「トンナムな、アイツからかうと面白いんで好きなんだよ」

「……そんなこと? ――呆れちゃった。当たらない占いだったのか。あの時は本当に悩んだのに~、タークが死んじゃうと思って」 

 

「ああ、いや、いや。実際アイツは天才的な占い師なんだよなー。何でか分かるか?」

 イタズラっぽい笑みを浮かべて、赤くなった白い顔が尋ねる。


「ええ? 当たんないんでしょ?」

「うん」

「綺麗なだけなんでしょ?」

「うん」

「じゃあダメじゃん」

「いや、それは違う。アイツは天才だ。当たらないが、的中率は高いんだ」


 エコはちょっと考えて、気付いた。

「は、外れる可能性が高いってこと……?」

「そうそう、正解」


 アグレッドが拍手の真似をする。



「本人にこのこと言うなよ。バカだから勘違いする。いや、もうしてるかな……。アイツを知ってる奴はアイツのハズレにかなり厚い信頼を置いている。だからリピーターが多いんだよ。……そんでもって、アイツはそのリピーターがあの占いがきれいだから来てるんだと思い込んでいる……。どうだ、最高に面白い奴だろ? だから本人にこのことを言ってはいけないんだ。からかい甲斐が無くなるからな。しかも、下手に教えると占いの精度が落ちるかもしれん」



「すごい人だなそりゃ……。どのくらいなの? その外れる率」

 アグレッドは少し間を置いてもったいつけてから、言った。

「ざっと9割」


「す、すげえー……そりゃ天才だわ……。逆のこと占ってもらえばほとんど当たるんじゃん」

 エコがあんぐりと口を開けた。





「えー、長々とお時間頂戴しまして、この会を催した来歴などについてお話させていただいたわけですが、ここで最後に、ある方からの重大な発表をお願いしたいと思います。――――著名な画陣魔導士であらせられます、ゼイゼリリ・コッツェ様! 壇上へお願いいたします!」




「えっ」

「なに」

「どうしたの? ゼイゼリリ・コッツェ?」



 会場がどよめきに包まれる。エコとアグレッドも含めた全員の目が、舞台に集中した。どよめきはゼイゼリリが聴衆に向かって威厳たっぷりに手を上げると、途端に治まった。




「私が、只今ご紹介に預かりましたゼイゼリリ・コッツェと申す者です。この度は、エコ君とターク君の二人の健闘を心からお喜び申し上げる。二人のことは、私もいつも陰ながらターク君の快復を祈っていただけに、自分の事の様に嬉しい。――さて、そんな二人の祝賀会に水を差すようで悪いのだが、ここでこの町についての重大な発表をひとつ、させてもらいたい」


 ゼイゼリリはそこで咳払いをし、絶妙な間をとって聴衆の耳を一身に惹きつける。次に口を開いた時には、誰もが期待に胸を膨らませていた。


「私はここ数カ月この宿場町に滞在し、周辺の地形や文化体系、風習について研究をさせてもらっていた。その際は皆様に助力を乞うたこともあり、それはまた別の機会に改めてお礼をさせて頂きたく思うが、今回はその成果についての話でもあるので、間接的に礼が出来ると思う」




 会場は静まり返った。町中の人々の鼓動までもが抑えられているかと思うほどの静寂の中、ゼイゼリリの声だけが四方の壁に反響している。ゼイゼリリは大きく息を吸ってから、ゆっくりと口を開いた。




「…………では、発表する。【ハロン湖】周辺およそ50平方キロレーンに、境界魔法陣を張ることが決定し、そのデザインが完成した。――――来年の春に着工、それから完成までおよそ1年かかる見通しだ。その完成と同時に、【ハロン湖】は都市へと変貌するであろう。その後は、魔物に脅かされることも無くなる」




 ゼイゼリリの言葉が終わった後、ほんの少しの間を置いて会場が湧き立った。


 アグレッドは帰ってしまったので、エコは耳をつんざく歓声の中席に戻って、飲んだくれているタークをよそにミモザととりとめのない事を話していた。すると、今度は役所の長がエコを訪ねて来た。



「エコちゃん、今の発表、事前に許可を取らなくて済まないね。サプライズだから言えなくてな。機会を別に設けようとも思ったんだが、めでたいことはいくつあってもいいと思って場を借りたよ」


「ああ、気にしないでください。色んなことがいっぱいあった方がみんな喜ぶでしょ」

 長が詫びたが、エコは笑って返事した。


「そう言ってくれると助かるよ。それで、ちょっと耳に入れておきたいニュースがあるんだ。そして、それについて謝らねばならない」

 長はそう言って頭を下げた。エコが慌ててしゃがみ、「やめてください、なんですか?」と長の顔を見上げるようにして言った。


「フィズン君のことだ。彼はあの後あまり改心せず、反省もしていなかったらしいから地下牢に繋いだままだったのだが、つい先日脱獄した」


「脱獄? 脱走したの……」

 エコが哀しむ。

「うん。だがすぐ捕まった。それがなんとも間が悪いというか、運が悪くてね。フィズン君を捕まえたのは行政魔導士なんだが、丁度なにかの理由で苛立っていたらしくて……フィズン君が見苦しく言い逃れをするので制裁を加えるとか言って、フィズン君に『魔封じの焼き印』を押して追放したんだ。行政魔導士権限を発動されて、私には止められなかった。許してくれ。責任を持って預かると口にしておきながら、誠に恥ずかしい」


 長はそう言って地に着くほど頭を下げた。エコはフィズンの事を思って、胸を痛めた。あの時は忙しくてフィズンの事にまで頭が回らなかったために、長に処遇を押し付けたという罪悪感があったのだ。





『魔封じの焼き印』というのは、魔導士ならば誰もが怖れる烙印である。鉄製の焼きごてにマナの流れを乱す魔法陣が彫り込んであるもので、これを身体に押されると完全に魔法が使えなくなる。もし魔法を使おうとすればマナの流れが氾濫して魔法は暴発し、最悪の場合、術者は絶命する。




 ただでさえ自己肯定感の低いダメ人間フィズンが、魔法無しで放逐されて生きて行けるわけがない。エコはそんなフィズンの行く末を思うと、心からフィズンに同情した。



「そうなのか……。でも、おじさんの所為じゃないよ。仕方なかったでしょ、そもそもフィズンがああいう事をした上に、脱走までしようとしたのがいけないんだし……」


「それも直接的にはそうだが、流石にどうもな……。フィズン君が魔法を使えなくなっては、恐らく今以上に苦しむ生き方しかできまい。しかも、永久に魔法が使えなくなってしまったんだから……」


「残念だけど、しょうがないよ。やめよう、フィズンのことであんまし悩んじゃしょうがない。こんどフィズンと会ったら、一緒に考えてみるからさ」

「本当に済まない。……ああ、ところで本題はそっちじゃなかったんだ。エコちゃん、これから舞台に立って少しコメントしてくれんか? タークさんにも頼みたかったんだが……」


「いいえ、わたしはタークを連れて宿に帰ります。お腹もいっぱいだしもう疲れちゃったから。タークも病み上がりなのに、あんなに酒飲んだらいけないし」

「そうか。そうだな、いきなりで驚かせただろう。…………パーティーは5日は続くから、またいつでも好きな時に来てくれ」

「えっ、5日も?」

 この発言にはエコも驚いた。まさか、そんなに長いこと続けるとは……。


「お祝いは長いほうが嬉しいだろう」



 役場の長がエコ達が帰ることを皆に伝えると、町の人々はエコとターク、それと一緒に帰るミモザを称えながら、盛大に見送ってくれた。三人は連れ立って、宿に帰って行った。

 外はとても寒く、空には白雪がちらついていた。

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