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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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昔、賭場で小六に習った

「何者じゃ!」

 突然の一声に猿夜叉と藤吉郎の手は凍り付いた。

なにも考える暇などない。

「逃げるぞ!」と藤吉郎が土間の戸口に駆け出すと、「逃すか」と声の主は逃げ遅れた猿夜叉を羽交い締めに持ち上げた。

「この火事場泥棒めが。稚児であっても容赦はせぬ。浅井の奴等の前に其方らを血祭りにしてくれるわ。」

 声の主は猿夜叉を片腕で抱えた締めたまま空いた片手で太刀を抜けば、そのまま切っ先を猿夜叉の喉元に押し当てた。


 しまった…。

猿夜叉を捨てて逃げ出す訳にはいかん。

藤吉郎は慌てて足を止め、ゆっくりと声の主の方へと向き直ると、その正面には猿夜叉に刃を突き立てる京極高吉がいた。

「其方、屋敷の下人ではないか。

ではこの稚児は猿夜叉か。」

 高吉は腕の中から逃れようともがき動く猿夜叉の顔を覗き見て、素っ頓狂な声を上げた。

「何故其方らがここにおる?

猿夜叉、其方、人質として牢に入れられたのでは…」

 と呟いて、高吉は合点がいったか猿夜叉を捕らえた腕に一層の力を込めた。

「そうか!其方ら牢を破ったか!」

 切っ先は猿夜叉の喉元に押し当てられたまま、身動きのできない藤吉郎はゴクリと生唾を飲み込んだ。

「これは良い。

早速、定頼めに知らせてやらんとな。

定頼の奴め、此方が牢破りを捕らえたと知れば何と言うであろうな。」

 指一本動かせない藤吉郎の様子を嘲笑うと、高吉は猿夜叉を抱えたまま藤吉郎を捕らえようと、藤吉郎ににじり寄って来る。

「動くな。動くなよ。

動けばこの刃ですぐさま猿夜叉の首をはねてやるからのぅ。」

 最早、進退窮まった。

ジリジリと近付いてくる高吉。


 今なら藤吉郎だけなら逃げることもできる。

片腕で猿夜叉を抱え捕らえ、もう片手で刃を猿夜叉に付け立てている高吉に藤吉郎を捕らえる術はない。

しかし、そんな事をできないことは高吉も承知している。

「ど、どうか…」

お助けを。と言いかけて藤吉郎は言葉を飲み込んだ。

 そんな事を言っても駄目じゃ。

と、その時藤吉郎は「ハーハハッ」と渇いた笑い声を上げた。


 考えろ、藤吉郎。

昔、賭場で小六に習ったじゃろ。

苦しい時に苦しい顔をしておれば腹の底を見透かされる。と。

そういう時は逆に笑え。と小六が言っておった。

ほれ、京極様が呆気に取られて動きを止めておる。

今じゃ。今が考え時じゃ。


「きょ、京極様は儂等を定頼様に差し出すのか。」

「そ、そうじゃ。

それがどうした?何がおかしい。」

「なにがおかしい。と。

おかしいに決まっておる。」

 苦し紛れ。

何を言って良いか分からずに藤吉郎は高吉の言葉をそのまま返した。

しかし、そんな藤吉郎の腹の底を計りかねて高吉は藤吉郎に近付くのを止めた。

 そうじゃ、ともかく、何か問答をするのじゃ。時を稼ぐのじゃ。


「褒美か?褒美を貰うのか?

儂と猿夜叉を捕らえて、何を褒美に貰うのじゃ?」

 まさに苦し紛れだった。

何か考えが有った訳ではなかった。

しかし高吉は「褒美?」と呟き一瞬思案した。

それは何を褒美に貰うかを思案する様子ではなく、何か高吉の心に黒いさざ波がたったようだった。

 何じゃ?

その気配を藤吉郎は逃さなかった。

命懸けの問答に藤吉郎の頭に熱が入る。

「金か?女か?それとも領地か?」

 その言葉に高吉の手に力が入る。

何じゃ?領地か?領地が欲しいのか?

と、その時、藤吉郎は直感した。

 領地だ!

「領地か?領地が欲しいのか?

それは無理じゃろ?

いくら何でも、牢破りを捕らえたぐらいで領地を頂けるとは。

それは無理じゃ。」

うるさい。

何が領地じゃ!

何故此方が定頼から領地を授からねばならん。

此方は定頼の家臣ではない!

バ、馬鹿にするでない!」

 あった!

この場を切り抜ける糸口じゃ。

身を乗り出して声を荒げる高吉に、藤吉郎は僅かな手応えを感じた。

しかし、この細い糸をどう手繰り寄せればよいか分からぬ。

今は、問答に気を取られておるが、もう良い。と翻意すれば儂等は一巻の終わりじゃ。

なんと言えば、なんと言いるめれば儂等は助かるのじゃ。


「高吉様は北近江の守護様じゃ。」

 助け舟は高吉に捕らわれた猿夜叉からやってきた。

「そ、そうじゃ。

此方は北近江守護。

定頼から領地を頂くなど有り得ん。

此方は定頼めの家臣ではない!」

 息巻く高吉の様子に藤吉郎は、掛かった。と確信を感じた。

しかし、まだじゃ。

小六は賭場で強い手を手にしたとき、すぐには勝負をせんかった。

「しかし、金ぐらいなら貰えるやも知れませぬ。

儂等を定頼様に突き出せば、ようやった。と誉めて貰えますぞ。」

「馬鹿にするな!

その様なことをすれば、此方が奴方あつやの家臣になるではないか!」

 ここまで言わせて藤吉郎は、顔に出さぬよう腹の底でシタリと笑った。



「ならば、儂等をお助け下さい。

もう、儂等には京極様におすがりするしかないのじゃ。」

 押して押して押して、一気に引く。

これも賭場で小六から学んだ事。

高吉は、あの時褌一枚にまで負け込んだ賭場の胴元の様に顔を振って思案を始めた。

もう一引きじゃ。

「あの南近江守護の定頼様から儂等を救えるのは、北近江守護の京極様しかおらぬのじゃ。」

 もう藤吉郎には高吉を言い包るめられると確信があった。道筋が見えていた。

「京極様!

京極様が定頼様に義理立てする道理がどこにございますか!

定頼は、京極様を裏切ったのでございますぞ!」

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