こりゃ…、地獄じゃ。
「除けぃ!そんな所でへたり込むな!邪魔じゃ!」
城門に転がり込んだ藤吉郎と大二郎。
その藤吉郎と大二郎を蹴飛ばすような勢いで門番たちが駆け抜けると、門扉に閂かんぬきを二つ三つとかけていく。
物見櫓では足軽たちが血眼で闇の向こうに潜んでいる敵兵の姿を探して、時折闇の中に火矢を射かけていた。
「居たぞ!!」
物見櫓の足軽の声があがった。
物見櫓を見上げれば、闇に隠れた敵兵の姿を炙り出そうと、次から次へ火矢が放たれていく。
「敵じゃ!敵兵じゃ!」
物見櫓からの半鐘の音が響く。
その合間に轟く足軽の叫び声。
その時、突如、城壁の向こうから「おおおおおう」と、地鳴りのような勇み声が天を引き裂いて、法螺貝と陣太鼓の音が鳴り響いた。
「怯むな!怯むな!」
その音に負けじと声を張り上げる城主。
立派な兜に甲冑を身に纏い、手にした軍配を右に左に振い指図していた。
「物見!他の城はどうなっておる!」
「天神山城、異常ありませぬ。いや、今、灯が消えました!灯が消えました!」
「よし!ならば援軍はもう直じゃ!
石田!石田は北の守りに付け!西井は東の備えじゃ!」
城主の声に配下は「はっ!」と短く答えて、足早に手下を従えて配置に付く。
「それから、下働き!
お主らは厨所へ参れ!厨所に鍋ある。ありったけに水を汲み置き、火を掛けておけ!」
水?火?
何の事かと分からずに一瞬、放心の合間に「早うせい!」と城主の怒鳴り声が飛ぶ。
「大二郎殿」と、藤吉郎は未だに倒れたままの大二郎に引き起こすと、小さく首を振わしながらようやく我に返った大二郎が「こっちじゃ」と藤吉郎を連れて厨所へと駆け出した。
屋敷の全ての板戸、襖は取り払われていた。
吹き通しの伽藍堂になった板の間を、弓矢を持った足軽達が土足のままで右へ左へと駆け抜ける。
藤吉郎と大二郎も草鞋ままで屋敷の中へ駆け上がると、一路厨所へと駆け抜けた。
と、その時「ワッ」と人の声が沸いたと思えば、ヒュンヒュンと矢尻の風切り音が聞こえた。
「早う水じゃ!水持って来い!」
どこからか悲鳴のような声が聞こえたと思えば、辺りに焦げ臭いにおいが広がってくる。
「火矢じゃ。屋敷が燃えるぞ。」
二人が厨所に着いた時には、もう先に来ていた下働き衆が井戸から水を汲み上げていた。
「なんをボサっとしてんか!手伝え!桶持って火を消してこい!」
投げ渡された桶を受け取り藤吉郎は、大釜に汲み貯められた水を掬い廊下へと出た。
広がる煤の臭いと火の熱気。
「こりゃイカン。早う消さんと。」
藤吉郎は桶の水を手で掬い、メラメラと燃え上がる火矢に水を掛けて回る。
その間にも火矢はヒュンヒュンと音を立てて次々と屋敷に突き刺さり、消しても消してもキリがない。
二度三度と厨所に戻り水を汲んでいる内に、北の堀からオオーと歓声とも悲鳴とも思える声が挙がる。
「屋敷は捨て置け!
お主等も北の城壁へ迎え!」
最早決死の籠城戦に足軽と下働きの区別はなかった。
厨所で水を汲んでいる者を残して、手の空いた者は皆北の城壁へと駆け向かった。
「こりゃ…、地獄じゃ。」
藤吉郎が向かった北の城壁の戦模様は、まさに地獄絵図だった。
火矢が城壁の外から絶え間なく降り注ぎ、火の柱となった物見櫓からは、物見の足軽が火達磨になってドスンと地面へと叩き落とされた。
城壁の下からは、まるで蟻の群のように敵が梯子を上ってきていた。
それを上から熱湯を浴びせ掛け、槍で串刺しにして叩き落とす。
「なにをグズグズしておる!
湯じゃ!湯を持って!」
思わず竦み上がった藤吉郎に返り血で顔を染めた足軽頭の怒声が飛ぶ。
「早ようせんと儂らもお陀仏じゃ。」
ろくに戦場に出たこともない大二郎が「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と震えながらも城壁に駆け上ると藤吉郎もそれに続いた。
城壁はむせ返るほどの血の臭いと決死の雄叫びが充満していた。
「早よう湯を落とせ」と言われて城壁の下へと湯をぶちまけると、「グギャー!」という声と共に人が地面に落ちた。
「早よう、次じゃ、次。」
もう何も考える事はできなかった。
城壁の足軽に言われるままに藤吉郎は熱湯を汲み、そして城壁にしがみついている敵に向けて浴びせかけた。
それでも梯子から落ちない敵には足軽が槍を突き立て突き殺す。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
熱湯を汲む度にすれ違う大二郎の顔には生気はなく、ただ無心に熱湯を汲み浴びせかける。
しかし敵はその熱湯を耐え切った。
歯を食いしばり、梯子にしがみついて。
「えい、往生際の悪い!」
今までと同じ様に突き殺そうと足軽が槍を繰り出すと、その敵兵は梯子から手を離し、突き出してきた槍の柄を掴んだ。
「あっあ!!」
足軽が恐怖に染まった声を上げた。
槍を突き出した勢いと相まって、足軽は城壁の外へと引きずり落とされた。
「敵が上ってくるぞ!誰か回れ!」
足軽たちが口々に叫んでも、誰も彼もが目の前の敵で手一杯。
引き落とされた足軽がいた場所は穴となり、その隙をついて敵兵は梯子を連なって上ってくる。
「早よう!誰か!」
言われんでも分かっとるわ!
丁度大釜から熱湯を汲んできた藤吉郎がその穴を埋めようと駆けつける。
早よう、早ようせんと敵が上ってくる。
手に掛かる熱湯の熱さを感じる余裕もなく。
次々と飛んでくる火矢の恐怖を噛み殺して。
城壁への足場を駆け上がり。
間に合った。と、その時、闇の中からヌボウと現れた敵兵の顔。
藤吉郎と目と目が合うと敵兵はニタリと口角を吊り上げた。




