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夢流れ  作者: 大和 政
第一章 猿夜叉伝
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なんという巡り合わせ

 南近江の夜が白み始めていた。

観音寺城のむき出しの山肌には白く霜が降りて、藤吉郎が寝ている小屋には、冷たい隙間風が吹きすさんでいた。

夢虚ろな中、吉郎は布か茣蓙ゴザかも分からないボロボロの布団を手繰り寄せたが、その布団のもう一方に一緒に寝ていた大二郎がその布団を力一杯に取り返した。

ここは六角家の下働き衆が寝起きをする下働き長屋。

長屋と言うより納屋や掘っ立て小屋と呼んだ方が相応しいオンボロの長屋は、風が吹けば隙間風が吹き、雨が降れば雨漏りがして、火でも付ければたちまち燃えさかるような粗末な造りの長屋だった。

そんな長屋の大部屋で十人を超える下働き衆たちが所狭しと押し合いへし合いしながら雑魚寝をしていたのだった。

「寒いのぅ…」

 藤吉郎は剥ぎ取られた布団の隅っこになんとか足だけを突っ込んで寒さを忍べていた。


 暖かい春の訪れはまだ遠い。

土間口の隅には霜がうっすらと積もっていて、白み始めた夜の明かりにその身を照らし出していた。

 もうじき夜明けか。

藤吉郎は寒さに耐えきれず少し早いがもう起きてしまおうかと背筋を伸ばした。

下働き衆の朝は日の出と共に始まる。

馬の世話、鶏の世話、卵取り、朝餉の支度、屋敷の掃除。

下働きと言っても仕事は様々で、日の出から屋敷に入っても一息付けるのは、朝餉の支度を終えて、いよいよ日が高くなり始めた頃の事だった。

そんな決して楽ではない下働き衆の生活だったが、藤吉郎は嬉々として下働きに励んでいた。


 六角家に仕える。

例えそれが下働きであっても、藤吉郎には願ってもないことだった。

藤吉郎が南近江にやって来たのには理由があった。

それは自分を育ててくれた蜂須賀党を救うこと。

斎藤家と織田家の狭間にあって、風前の灯火の蜂須賀党を救うため、六角家の力を借りるために藤吉郎はワラにもすがる思いで南近江に来たのだった。



 さて、もう起きるか。

藤吉郎が、まだ重たいままの瞼をこすって、力の入らない身体を起こすと、ちょうどその時、土間口の戸がガタガタと開いて、外から佐平が飛び込んできた。

「おい、起きや!仕事や仕事。はよ起きや!」

 開け放たれた戸口から佐平の怒鳴り声と、外の冷え切った空気が長屋の中に入ってくる。

佐平はそのままズカズカと長屋に上がり込むと、下働き衆を蹴飛ばし起こして廻った。

「なんじゃ佐平殿、朝の早うから。

分こうたから、早う戸を閉めてくれ。寒うてかなわんわい。」

 佐平は部屋の男たちがモゾモゾと文句を言いながら布団から這い出してくるのを見ると、また同じように隣の部屋にも猪のように大きな怒鳴り声を上げて飛び込んでいった。

「なんじゃ、一体。」「まだ夜明け前やで。」「エライこっちゃなぁ。」

 下働き衆がノッソリとようやく身体を起こし始めた頃、もう目の覚めていた藤吉郎は一足早く表に出た。


 眠気の抜けない体を動かし、氷のように冷たい朝の空気を胸一杯に吸い込めば、ようやく頭も動き出す。

そのころには「なんや寒いなぁ」などとあくび混じりに下働き衆たちもゾロゾロと表に揃い始めた。

そうして出揃った下働き衆を率いて佐平は観音寺城に向かった。

一同は訳も分からず佐平に付いて歩き、屋敷通りを抜け、大手筋を突き進むと、観音寺城の大手門をくぐった。

門をくぐるとすぐに切り出しの階段。

その階段を登り、すぐ右手に造られた曲輪の中には、戦で使う旗幟や槍弓矢、陣幕などが収められた大きな倉がある。

藤吉郎たちがそこに着いた時には、もう他にも何人もの下働き衆がいて、中から荷物を運び出していた。

柱杭に陣幕、陣座。

朝の早くに喋る気も起きない下働き衆は、ただ黙々と佐平の指示に従って、肩に荷物を掛けて城を下っていった。

藤吉郎も他の下働き衆と同じように陣幕を肩に担いで坂道を下っていると、その中に、何十重にも束ねられた縄を懸命に持ち運んでいる猿夜叉の姿に気がついた。


「なんじゃ、猿夜叉まで起こされたんか。」

 藤吉郎の言葉に猿夜叉はまだ眠いのか無言でコクリと頷いた。

「しかし、なんじゃろうな、こんな朝早うに。柱杭に陣幕、陣座。

となれば、陣張りじゃな。なんじゃ、戦か?」

『戦』

その言葉を聞いて猿夜叉は小さく身を震わせた。

「久政がまた裏切った」と、冷ややかな視線を浴びせかけられた事があった。

「浅井との戦で傷を負った」と、蹴飛ばされた事もあった。

「戦で我が子を失った」と、何度も何度もぶたれ続けた事もあった。

その言葉を聞くたびに猿夜叉は手酷く痛めつけられた。

俯き顔から血の気が引いていく猿夜叉の様子を見て、藤吉郎は慌てて言葉を取り消した。

「いやいや、戦ではないな、戦ではない。

戦だとしたら、兵の姿が見えん。

例え陣張りだとしても、下働き衆ばかりというのはヘンじゃ。

じゃから戦ではない。のう。」

 藤吉郎の言う通り、それは奇妙な光景だった。

そもそも、陣とは、陣幕に縄を通して、それを打ち立てた柱杭に括りつけて、周囲をぐるりと囲い込んで造られる、戦場での大将の陣地。

そうして周囲を幕で覆うのは、中の様子が敵の物見に知られないようにするためであり、その中は大将と部将が戦の作戦を練る場所。

だから、陣を組み立てる陣張りと戦とは切っても切れないもののはずなのである。

なんじゃろうな。陣立ての調練か?

しかし、それならこんな朝早くからせんでも良かろうに。


 藤吉郎は猿夜叉の手を引いているのも忘れて物思いに没頭していた。

その間にも荷物を担いだ一行は足を進めていく。

観音寺城の大手門を抜け、六角屋敷の門の前を通り、大手道から中山道に曲がると、佐平は一行を一路南へと導いて行った。

そんな中で、六角家に仕えて日の浅い藤吉郎は、その下働き衆の中からようやく顔を知っている大二郎を見つけて声を掛けた。

「のぅ、大二郎殿。これはなんじゃ?何の騒ぎじゃ。」

「それがよぅ。公方様が来るんじゃとさ。

なんでも公方様はえらく武芸好みで、毎朝鍛錬をされておるんだとよ。

それで今日は鍛錬を兼ねて朝の早うから、草津の宿から馬に乗って来るんだと。

それで、わしらも調練を兼ねて陣を張り公方様をお迎えするっちゅう訳じゃ。」

 普段から下働き頭の佐平と仲の良い大二郎である。

他の者は訳も分からず言われるままに荷物を担いで歩いていたが、大二郎だけはその理由を佐平から聞いていたようだった。

弛んだ腹をユッサユッサと揺り動かし、「ああ、面倒じゃ、面倒じゃ。」と大二郎は繰り返したが、もうその言葉は藤吉郎の耳には届いていなかった。


 公方様が来る。

蜂須賀党の命運を賭けて六角家に仕えていた藤吉郎の頭は、もうその事だけで一杯だった。

南近江に来てまだ数日。

そのうちにワシは六角家に仕え、今度は公方様に会える。

なんという巡り合わせじゃ。

もし、これで万に一つ、公方様を味方に出来れば、織田も斎藤も怖くない。

蜂須賀党は安泰じゃ。

ツイとる、ツイとるぞワシは!



 風が耳元を吹き抜ける。

耳に入るのは軽快なひずめの音だけ。

風のように騎馬を走らせる義藤の耳に他の音は何も聞こえなかった。

もっと早く、もっと遠くへ。

手綱を握りしめあぶみを蹴ると、騎馬は主の期待に応えるかのように、更に勢いを増した。

振り落とされぬのが精一杯にまで勢いを増すと、雑念は消え、義藤は空と一つになった。地と一つになった。


 何という爽快感。

この時ばかりは日頃の悩みもしがらみも消えて失せる。

もっと遠くへ、全てが消え去る彼方まで。


 逃げたい。


 義藤は夢中で更に手綱を絞り上げ、鐙を蹴り付ける。

ガムシャラに騎馬を操る義藤の手綱裁きに、騎馬は嘶き(いななき)を上げ、その体をうねらせた。

草津の宿から一刻、絶え間なく走り続けた騎馬にはもう余力は無い。

それでも騎馬は馬上の主の期待に応えようと懸命に力を振り絞った。

「もう良い、もう良い。余が悪かった。」

 義藤が手綱を緩め、その汗ばんだたてがみを撫でてやると、騎馬はその意を解したかのように一声嘶いた。

「走れと命じれば走り、止まれと命じれば止まる。

そちだけじゃぞ、そのように余の命令を聞くのは。」

 騎馬が歩みを止めたと同時に、再び義藤にこの世のしがらみが覆い被さる。


 第十三代征夷大将軍・足利義藤。

武家の中で最上位の家格と官位を授けられた武家の棟梁。

しかし今やその実権は無いに等しいものだった。

 余が将軍となって早五年。

口が悪い者は六角公方などと陰口を叩いているが、しかし、それも仕方あるまい。

余が将軍として京におったのは僅か一年にも満たない。

家臣であるはずの管領・細川家に京を追われ、そのほとんどを六角家の庇護の下で過ごしているのだからな。

情けない。天下の大将軍がなんという事か。

公方とは、将軍とは何だ。

武家の棟梁ではなかったのか。

それが何だ。

何故、余は、家臣に京を追われ、定頼などに良いように操られているのだ。

将軍とは何だ。

考えれば考えるほど、答えは霞の中に消えていくようだった。


いや、そもそも義藤は将軍がなんであるかを知らなかった。

義藤が物心ついた頃、もう将軍家に実権はなかった。

室町幕府を支配するのは将軍ではなく、強大な軍勢を後ろ盾に将軍を意のままに操る大名たちだった。

その大名に逆らえば、例え将軍であっても刃を向けられる。

そうして都から将軍を追い出した大名は、足利将軍家の中から自分の言うことを聞く者を引き立てて新しい将軍とし、また幕府を支配した。

そんな、名前にしか価値の無い将軍家に義藤は生まれた。

そして、義藤が4歳になろうかという頃、管領細川晴元は思いのままにならない将軍足利義晴を廃して、義晴の甥を将軍にせんと軍を動かした。

細川の軍勢は気勢を上げて、京の街の室町御所を目指した。

そして義晴と義藤の親子は、取る物も得ず命からがら都を逃げ落ちたのだった。

あの時、命を落とさなかったのも、その後も父義晴が将軍であり続けたのも、ただ運が良かっただけの事だった。


そうして都から追い出された義晴と義藤の親子は、南近江の六角家を頼り近江坂本に身を寄せたのだった。

しかし、その場も決して安住の地ではなかった。

南近江の守護大名六角定頼は、初めこそ都を追われた将軍の義晴に礼を尽くし、機嫌を伺っていた。

しかし、義晴が京に帰ることも細川家と戦をすることもできずに、義晴にとって六角家が無くてはならない存在になった時、

遂に六角定頼はその本性を顕わにした。


一、六角家を管領代に任命すること

一、義晴の嫡子義藤を元服させること。その烏帽子親は六角定頼とする事。

一、元服した義藤に将軍位を譲ること。

一、足利家は代々受け継いできた『義』の字の使用を六角家にも認めること。


こうしてまだ十歳になったばかりの義藤を将軍に仕立て上げた定頼は、着々と室町幕府を支配する準備を進めていたのだった。


あれから五年。

十五歳となり、世の中の事を知り始めた義藤が定頼に不満を持つのも当然の事だった。

しかし、だからと言って何ができるのか。義藤には見当も付かなかった。

「今までもこれからも、余は定頼の言いなり。まるでお主のようだな。」

 忠実に自分の言う事を聞く騎馬を自らに例えて、

義藤は込み上げてくる嗤いを噛み殺した。

そうだ。良い例えだ。余は騎馬だ。

定頼と言う主を背に乗せて、将軍という騎馬でしか辿り着けない、天下という場所に定頼を導く騎馬。

そうだ、かつて、

細川を背に乗せて天下へ向かった騎馬がおった。

山名を背に乗せて天下へ向かった騎馬もおった。

大内を背に乗せて天下へ向かった騎馬もおった。

そして、今度は余が、六角を背に乗せて天下へ向かう騎馬となる。

成る程、将軍家という血筋の騎馬なら、誰が騎馬でも良い訳だ。

 余には弟が二人いる。

もし、余が定頼の騎馬として役に立たないとなれば、定頼は余を捨て、弟を新しい騎馬として乗り替える。

それだけの事だろう。

定頼にとって将軍家とは天下に号令するための道具に過ぎず、余は替りの利く駒でしかないのだ。


 だが定頼よ。余がいつまでも言うことを聞くとは思うなよ。

いつの日か、いつの日にか、余は、必ず幕府を足利家の手の中に取り戻してみせる。

義藤は再び鐙を蹴り上げた。

束の間の休息に息を整えた騎馬は、義藤の決意に従うかのように早く力強く大地を蹴り上げ、定頼の待つ観音寺城へと駆け出した。

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