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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第二部 履いても灰は残る

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170/170

夜と、傾く力②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 日が傾いた。


 リュカは、空き地の石垣の根元にしゃがんでいた。


 杭を刺した。糸を結んだ。


 糸は少しだけ上へなびいていた。


 ――日が傾くと少し下から。


 弱い風。


 空き地の真ん中にリナンが立っていた。宿の戸口から出てきて。


 トトは宿の戸口に残っていた。


 空はまだ明るかった。


 石段の上の屋根のない家々の向こう。日が低く通っていた。


 リュカは日を見ていた。


 家々の屋根の縁に日が近づいていた。


 ――隠れる。


 足音がした。


 空き地の入口から。


 大きな足音だった。重い。けれど迷いがない。


 男だった。


 刃物を肩に担いで。


 東の外れから走ってきたのではなかった。歩いてきた。けれど速かった。


 男は空き地の真ん中で止まった。


 リナンの少し前に。


 空を見上げた。


 顎を上げて。


 東の空ではなかった。


 空き地の上の狭い空。宿の焼け落ちた東の半分の上の空。


「……来たのか」


 リュカは言った。


「まだだ」


 男は言った。


「日が隠れる」


 日が家々の屋根の縁に触れた。


 沈んで隠れた。


 空き地に影が入ってきた。


 リュカは数えはじめた。


 口の中で。


 一。二。三。


 男が言った。


 空を見たまま。


「来た」


---


 黒い影が三つ。


 空き地の上の狭い空に。


 東の穴のほうから入ってきた。上の層の腹の下をくぐって。


 羽ばたいていなかった。


 弱い下からの風の上に浮いていた。


 大きいのが一つ。小さいのが二つ。


 十。十一。十二。


 三つの影は空き地の上を回った。


 ゆっくり。


 宿の上へ。焼け落ちた東の半分の上へ。


 骨の煮える匂いの上へ。


 リュカは杭を一本、抜いた。


 投槍器につがえた。


 右の手のひらの真ん中が冷たかった。


 ――三十歩。


 影は高かった。三十歩よりずっと高かった。


 届かない。


 二十。二十一。


 男は空き地の真ん中に立っていた。


 刃物を肩から下ろしていた。


 右の手に持っていた。


 男のまわりの空気は揺れていなかった。


 ――きのうは揺れていた。


 正午に。胸のあたりから。


 今は何も揺れていなかった。夕方の影の中で男はただ大きな影だった。


 三十。三十一。


 大きい影が回るのをやめた。


 宿の焼け落ちた東の半分の真上で。


 止まった。


 浮いたまま。


 ――下に動くものがいると。


 宿の土間の戸口。


 焼け落ちた東の半分の境目の竈。竈の鍋。


 鍋の前に誰かいた。


 ――ヴェスナ。


 鍋を見ていた。リナンが空き地に出たあと代わりに鍋の前に座った。


「婆さん――」


 リュカの声より先に。


 大きい影が翼を畳んだ。


---


 落ちた。


 まっすぐ。


 焼け落ちた東の半分の空へ。竈の上へ。


 男が走った。


 空き地から宿の戸口まで。十五歩。


 速かった。


 けれど、きのうの縁の上の立ったのが見えないほどの速さではなかった。走っているのが見えた。


 戸口の脇のトトが鉄の棒を上げた。


 男が戸口を抜けた。


 土間を抜けた。


 焼け落ちた東の半分の梁の下へ。竈の前へ。ヴェスナの前へ。


 刃が上がった。


 上がる途中で何も受けなかった。


 日がなかった。


 刃は光らなかった。夕方の影の中でただ鈍い灰色だった。


 鎌翼が翼を広げた。


 脚を前に出した。


 刃が下りた。


 音がした。


 今度はした。


 硬い音だった。鉄が骨に当たる音。


 刃は翼の付け根に当たった。


 当たって跳ね返った。


 断てなかった。


 鎌翼が横に弾かれた。梁にぶつかった。羽根が何枚か散った。


 ぶつかって、それから翼をばたつかせた。羽ばたいた。


 初めて羽ばたいた。


 焼け落ちた東の半分の上の空へのぼっていった。


 男は刃を下ろさなかった。


 上げたまま肩で息をしていた。


 ――断てなかった。


 きのう、正午に同じ刃が同じ翼を付け根から二つにした。


 同じ刃で。


 同じ男が。


 リュカは空き地の真ん中に立っていた。


 数えていた。


 口の中で。


 止めずに。


 六十。六十一。


---


 残りの二つの影がまだ空き地の上に浮いていた。


 小さいの二つ。


 弾かれた大きい影は高く上がって、東の穴のほうへ流れていった。


 小さい二つは残っていた。


 回っていた。


 さっきより低かった。


 七十。七十一。


 ――下からの風が弱くなってる。


 リュカは杭の糸を見た。


 足もとの石垣の根元の糸。


 少しだけ上へなびいていた。


 少しだけ。さっきより少しだけ少なく。


 八十。


 小さい二つがまた少し、低くなった。


 浮いていられる高さが下がっていた。


 九十。


 リナンが空き地の端で何か言いかけた。


 リュカは手を上げた。


 片手を少しだけ。


 ――待て。


 リナンは口を閉じた。


 九十五。


 九十六。


 糸の先がふるえた。


 九十七。


 九十八。


 九十九。


 ――百。


 糸が垂れた。


 風が止まった。


 小さい二つの影が落ちた。


 落ちたのではなかった。翼を畳んではいなかった。広げたまま高さを失った。浮いていたものが浮いていられなくなった。


 ずるりと空き地の上の空を斜めに下りてきた。


 ――三十歩の中。


 リュカは撃った。


 投槍器の革帯が鳴った。


 杭が飛んだ。


 小さい影の翼の付け根に当たった。


 今度は掠めなかった。


 当たった。


 影が傾いた。


 傾いて空き地の石の上に落ちた。


 跳ねて動かなくなった。


 杭が戻ってきた。


 右の手のひらに。冷たい真ん中に。


 もう一つの小さい影は羽ばたいた。


 初めて羽ばたいた。


 羽ばたいてのぼろうとした。


 のぼる前に額に風が来た。


 上から。


 百のあとの風。


 上から来る風が小さい影を押した。押されて影はのぼれなかった。のぼれないまま横へ流れた。


 東の穴のほうへ。


 穴を抜けて外へ。


 見えなくなった。


---


 空き地が静かになった。


 リュカは杭を握ったまま、立っていた。


 右の手が冷たかった。


 宿の戸口からトトが出てきた。


 鉄の棒を担いだまま。


 トトは、空き地の石の上の小さい鎌翼を見た。


 それから、リュカを見た。


「……落としたのか」


「落とした」


「一本で」


「一本で」


 トトは何も言わなかった。


 鉄の棒を肩から下ろした。


 宿の戸口からヴェスナが出てきた。


 腰に片手を当てて。


 顔が少しだけ白かった。


「……鍋は無事だよ」


 ヴェスナは言った。


 それだけ言った。


 言って空を見上げた。


 焼け落ちた東の半分の上の空を。


 何もいなかった。


「婆さん」


「なんだい」


「……どこも」


「どこもなんともないよ。羽根が一枚髪についただけさ」


 ヴェスナは髪から黒い羽根を一枚、取った。


 鎌の形の細い羽根。


 捨てなかった。


 前掛けのポケットに入れた。


---


 リナンが空き地の端から歩いてきた。


 翼の付け根がまだ縮んでいた。


 石の上の小さい鎌翼を見下ろした。


 それから、リュカを見た。


「……リュカ」


「……」


「さっき手上げましたね」


 リュカは自分の手を見た。


 左の手。


 杭を握っていないほうの手。


「待てって」


 リナンは言った。


「わたしが何か言いかけたとき。片手を少しだけ上げて」


「……上げた」


「振らないで」


 リュカは何も言わなかった。


 振らなかった。


 上げて下ろした。


 ――上げたのは待てだった。


 待てのつもりで上げた。上げた形はロアンの手だった。あの男の手だった。


 いつからそうなっていたのか分からなかった。


「ロアンさんと同じでした」


 リナンは言った。


「あの人とも」


「……うつったのかもしれない」


「うつりますよ」


 リナンは少しだけ笑った。


「同じ人を見てると」


---


 男は宿の焼け落ちた東の半分の梁の下にいた。


 竈の脇。


 柱に背中を預けて座っていた。


 片膝を立てずに。両足を投げ出して。


 刃物は脇に置いてあった。


 リュカは梁の下をくぐった。


 男の前にしゃがんだ。


 男の左の前腕。


 ミラの布。


 布に赤いものが滲んでいた。


 広がっていた。


 朝は何も滲んでいなかった。塞がったと男は言った。


「……開いた」


 リュカは言った。


「開いたな」


 男は言った。


 自分の腕を見もしなかった。


「振ったときに開いた」


 男の声は低かった。


 昼の縁の上の声より。ゆうべの柱の根元の声よりもう少しだけ。


 リュカは何も言わなかった。


 ミラを呼びに行こうとした。


 立ち上がりかけたとき、戸口にミラがいた。


 柄杓の子のじいちゃんが呼びに来たのだと言った。家の窓から空き地の上の黒いのが見えたと。


 ミラは梁の下に入ってきた。


 しゃがんで男の腕を取った。


 布をほどいた。


 赤い線が開いていた。


 きのう、塞がりかけていた線。指の長さの線。


 開いて血がゆっくり出ていた。


 ミラは何も言わなかった。


 新しい葉を揉んで当てた。


 新しい布を巻いた。


 巻きながら言った。


「昼過ぎに見に行った。縁から下ろして布をほどいた。塞がってた」


「塞がってた」


「夜は開いた」


「振ったからだ」


「振ったから、開いたのは分かってる」


 ミラは布の端を結んだ。


 強く。


「昼に振っても、開かなかったでしょ。きのう、正午に二羽斬ったときは」


 男は何も言わなかった。


 ミラもそれ以上言わなかった。


 結んだ布の上に手を置いた。


「明日の昼のうちに、もう一度見せて」


 ミラは言った。


「昼のうちに」


 男は少しだけ笑った。


「昼のうちならもう塞がってる」


「それを見せて」


 ミラは立ち上がった。


 立ち上がって、戸口のほうへ歩きかけて止まった。


 振り返らずに言った。


「……日に当たってるうちは塞がる。日がないと開く」


 言ってからミラは黙った。


 きのうは言いかけて、やめたことだった。


 今日は言った。


 男は何も言わなかった。


 ミラは戸口を出ていった。


---


 トトが竈の脇の男の刃物を見ていた。


 男は柱に背を預けて、目を閉じていた。


 トトは刃に触らなかった。


 しゃがんで、竈の火の明かりで刃を見ていた。


 刃先を。翼の付け根に当たったところを。


「……欠けてねえ」


 トトは言った。


 小さな声で。誰に言ったのでもなく。


「曲がってもねえ。刃先も背も。きのうと同じだ」


 トトはリュカのほうを見た。


「骨に当たって、跳ね返った刃はどっか欠ける。欠けなきゃ曲がる。どっちもねえ」


「……ない」


「刃は何も変わってねえ」


 トトは立ち上がった。


 男を見下ろした。


 目を閉じた男を。


「刃はな」


 トトは言った。


 きのう、この男が言ったのと同じ言葉を。


 男は目を開けなかった。


 トトはそれ以上何も言わなかった。


 鉄の棒を肩に担いで、戸口を出ていった。


---


 ドランが来たのは、それから少しあとだった。


 坂の上から黒いのが空き地の上を回るのを見たのだと言った。


 宿の戸口で空き地の石の上の小さい鎌翼を見た。


「……一つか」


「一つ。二つは外へ」


「大きいのは」


「羽根を散らして外へ」


 ドランは少しのあいだ黙っていた。


「坊主が落としたのか」


「……日が隠れて百で」


 ドランはリュカを見た。


「百」


「百で風が止まる。止まったら浮いてられない。浮いてられなくて、下りてきたところを」


 ドランは長いことリュカを見ていた。


「……整備と同じだな」


 ドランは言った。


「綱が止まるほんの手前で止め木を引く。止まってからじゃ遅え。止まる前じゃ早え」


 ドランはそれだけ言った。


 言って宿の焼け落ちた東の半分の梁の下を覗いた。


 柱に背を預けた男を。


 何も言わなかった。


 覗いて坂のほうへ戻っていった。


---


 戸口から空き地へ出ると、柄杓の子がじいちゃんの袖を引いて来ていた。


「夜は出るなと言ったろう」


「もういないよ。兄ちゃんが落とした」


 柄杓の子は空き地の石の上の小さい鎌翼の前に、しゃがんだ。


 触らなかった。


 立ち上がって、翼の端から端まで歩いた。小さな歩幅で。


「……六歩」


 柄杓の子は言った。


「六歩。広げたら」


「六歩か」


 じいちゃんが言った。


「小せえので六歩。大きいのは」


「大きいのは外へ行った」


 リュカは言った。


 柄杓の子は東の穴のほうを見た。


 暗くて何も見えなかった。


「また来る」


「……分からない」


「来たら兄ちゃんがまた落とす」


 リュカは何も言わなかった。


 じいちゃんが柄杓の子の頭に手を置いた。


「帰るぞ」


「おれ明日これ測る。もう一回」


「明日な」


 二人は横丁のほうへ帰っていった。


---


 土間にリュカと男だけが残った。


 竈の火が鍋の底を温めていた。


 鍋から骨の汁の匂いがのぼっていた。


 焼け落ちた東の半分の上の空は、もう暗かった。


 男は柱に頭を預けていた。


「坊主」


「……」


「百で撃ったな」


「撃った」


「坊主の数が当たった」


 男は言った。


 三日前の昼に空き地で言ったのと同じ言葉だった。


 あのときは笑って言った。


 今は笑わなかった。


 リュカは何も言わなかった。


 ――断てなかった。


 同じ刃で。同じ男が。


 正午に二つにした翼を日が隠れたあとには、断てなかった。


 ――刃はいつでも同じだ。


 トトが言った。


 ――刃はな。


 この男が言った。


 ――日に当たってるうちは塞がる。日がないと開く。


 ミラが言った。


 リュカは並べた。


 並べてそれから数に入れなかった。


 入れなかったのではなかった。入れる前に訊くことがあった。


 訊かなかった。


 ――昼でないことは昼でないときに分かる。


 分かった。


 分かったことを訊く必要はなかった。


「……汁、飲むか」


 リュカは言った。


 男は目を開けた。


 鍋を見た。


「骨か」


「骨の汁。リナンが」


「翼の嬢ちゃんか」


 男は少しのあいだ鍋を見ていた。


「明日の昼に飲む」


「冷める」


「冷めてもいい」


 男はまた目を閉じた。


「夜は寝る」


 それだけ言った。


 それから、何も言わなかった。


 寝息にはまだならなかった。


---


 梯子の前でヴェスナが竈の脇の棚の前に、立っていた。


 前掛けのポケットから黒い羽根を出した。


 鎌の形の細い羽根。


 棚の上に置いた。


 椀の隣。崩れた火種石の二つの塊の隣。


 四日前にリュカが台所の灰の下から出してきたもの。


「……捨てないのか」


 リュカは言った。


「捨てないよ」


 ヴェスナは言った。


「髪についてきたもんだ。ついてこなかったら、あたしの頭についてた」


 ヴェスナは羽根を指で少しだけ直した。


 まっすぐに。


「あのでかいのが来なかったら」


 ヴェスナは言いかけてやめた。


「寝な坊主」


 ヴェスナは言った。


 焼けた夜の次の日の夜と同じ言い方で。


---


 屋根裏で横になった。


 三段目が鳴った。


 板の隙間に指を当てた。


 上から。弱い。


 ――百のあとの風。


 数えた。


 二百六十四。自分の金。


 五十二。街の金。


 柱の石十一。


 杭十本と曲がった一本。一本、撃った。一本、戻った。


 鎌翼、三つ。一つ落とした。二つ外へ。


 正午。指七本でも隠れない。


 日が隠れて百。


 同じ刃。


 ――同じ刃で違う。


 誰が言った言葉でもなかった。


 リュカが並べて、出てきた言葉だった。


 違うのは刃ではなかった。


 リュカは目を閉じた。


 閉じても数えるものはあった。


 ――籠はあと八日。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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