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第78話 希望

「レオン様が?! 本当に、レオン様が来たの?」


 セバスチャンが告げた言葉が信じきれず、私は自ら扉を開けてセバスチャンに確認をする。

 急に部屋から出てきた私にセバスチャンは少々驚いた顔をしたが、すぐに顔を引き締めて頷く。


「はい。お嬢様と話がしたいと、そう仰っておりました」

「そう……」


 レオンは私に何を言いに来たのだろうか……『天使の鏡』を盗んだことを責めに来た? いや、レオンはわざわざそんなことのために、私の家まで足を運んだりはしないだろう。


(考えてもわからないなら……進むしかない)


「会うわ」


 私はセバスチャンに告げると、急いで身支度を整え、レオンの待つ応接室へ向かった。



 * * *



 レオンの待つ応接室の扉をノックし、一拍おいてから意を決して呼びかける。


「レティシアです。入ってもよろしいでしょうか……?」


 緊張のあまり、声が少し震えた。ヴァレンティス家の重要な宝を怪盗と結託して盗み出したのだ。面と向かって会うのは、やはり気まずい。


「入ってくれ」


 扉の向こうから、ここ数日何度も聞いたレオンの涼やかな声が返ってきた。その声色は、落ち着いているように聞こえるが、感情が読み取れない。


 私は深く息を吸い、意を決して扉を押し開いた。


 そこには、応接室のソファに腰かけたレオンがいた。

 背筋を伸ばし、端正な横顔をこちらへ向ける姿は、相変わらず絵に描いたような完璧な貴公子だ。


「レオン様、あの、こんな場所まで足をお運び頂き……恐縮です」

「私が勝手に来たんだ。君がそんな風に思う必要はない」

「はい……」


 俯いたまま立ち尽くしていると、レオンは私に向かい側の席に座るよう促した。私は促されるまま、椅子に腰かける。


 そして、しばしの沈黙が訪れる。


(え、これって私から話すべき……?)


 そう考えていると、ようやくレオンが口を開いた。


「昨日の問いの、答えを聞きに来たんだ」

「昨日の……?」


 レオンに言われて、昨日のレオンの言葉が蘇る。昨日、私が罪を告白したとき、レオンは言った。「君は……どうして?」と。


「どうして……オルディス侯爵の悪事を暴こうと思った?」


 改めてレオンに問われ、私は自問する。どうして、私はオルディス侯爵の悪事を暴こうとしたのか……。


(ボーナスのために、レオンに近づくチャンスが欲しかったから……)


 改めて言葉にしてみると、ひどく自分勝手な理由に思える。あの場では正義のような顔をしていたけれど、結局、私は自分の欲望のために動いていただけなのだ。


「……きっと、レオン様に言っても理解して頂けませんわ」


 私はレオンから目をそらし、言葉を濁す。


「どんな理由でもいい。教えてほしい」


 しかし、レオンは逃がさなかった。静かだが、有無を言わせぬ口調。その碧い瞳に射すくめられる。


 本当のことはとても言えない。けれど、私はその視線から逃れるために、なんとか言葉をひねり出す。


「貴方に……近づきたくて……」

「私に?」


 レオンの声色が少しだけ変わる。驚いているというより、理解しようとしているようだった。


「ルージュから禁制品のことを聞いて、それで苦しむ人がいると知って……ルージュの決意に影響を受けて……それで協力しようと思ったのも事実です。移送作戦の最中、レオン様の苦悩を知って、オルディス侯爵を懲らしめたくなったのも、事実です。でも……結局は、私は貴方と仲良くなりたかった。近づくきっかけが欲しかった……」


 自嘲気味に笑いながら、私は続ける。


「馬鹿な女だと思いますよね。私もそう思います。いろんな人に迷惑をかけて……もっと、上手いやり方だってあったはずなのに」


 レオンは少し考え込むように視線を落とし、「そうか」と短く答えた。その落ち着いた声音からは、その真意は読めない。


 それでも、彼はまっすぐ私を見据えて続ける。


「禁制品の密輸については、オルディス侯爵の証言が決め手となり、騎士団による集中捜査が始まった。同時に、ヴァレンティス家が主導で被害者の救済に向けた活動も進めることになった」

「そうなんですね……よかった」


 どうやら、ルージュの思惑通りに事が運んでいるようだ。彼の努力を無駄にせずに済んだことに、私はほっとする。


「君の型破りな行動が、結果的に多くの人を救うことになった……こんなやり方があるのかと、正直驚いた」


 そう言って、レオンはその眼差しを和らげる。その碧い瞳はどこか遠くを見ているように思えた。王宮や貴族のしきたりに囚われてきたレオンにとって、いい意味でらしくない表情に少しだけ、胸が高鳴る。


「無論、君の罪が許されるわけではないが」


 しかし、少し空気が緩んでいたところにぴしゃりと言われ、私の胸の奥に冷たいものが落ちる。当然だ。どれだけ良い結果を生んだとしても、私がやったことは許されることではない。


「はい……分かっております」

「けれど……」


 レオンは言葉を切り、ふっと目元を緩める。


「ありがとう。……私個人としては、君に感謝している」

「え?」

「今日は、それを伝えたくて来た。オルディス侯爵の件、ずっと心につかえになっていた。それに、君とルージュは、私を守ってくれたんだろう」


 レオンは、ルージュがあえて『天使の鏡』の前で「お前も禁制品の密輸に関わっていたのか?」と質問をした意図を理解していたのだろう。


 しかし私はレオンのその言葉に、何と返していいか分からなかった。


(どういたしまして? そんなこと、言わないで? ……レオンを騙して『天使の鏡』を奪った私に返せる言葉があるんだろうか……)


 私がしばらく黙ったままでいると、レオンはすっと立ち上がり、言った。


「言いたいことは以上だ。……それでは、失礼する」


 そして、ドアの方へ振り返り、私に背中を向ける。もう、行ってしまう。


「あの……!」


 そう思うと、私はレオンを呼び止めずにはいられなかった。レオンは顔だけでこちらを振り向き、動きを止める。


「明日の舞踏会……レオン様は出席されるんですか?」


 まとまらない頭の中、どうにかひねり出した言葉はそれだった。


(このタイミングで舞踏会の話とか……意味不明すぎ……)


 私にとっては明日の舞踏会でレオンに会えるのかどうかは重要な問題だ。きらカレのエンディングは必ず、明日開かれる盛大な舞踏会の中、訪れるのだから。しかし、今の私は自宅謹慎の身。そんな私から舞踏会の話題を振られて、レオンは混乱するに違いない。


(最後の最後でこの発言……今度こそおしまいかも……)


 今にもこの周回が強制終了されるかもしれない。そう思ってぎゅっと目を閉じる。しかし、世界はそこで終わらず、レオンからの返答が降ってきた。


「出席する予定だ」


 そう言ったレオンの声は、どこか淡々としていて、感情を抑えているようだった。


「そう、ですか……」


 言葉を継げずにいる私を見て、レオンは一瞬だけ躊躇したように口を閉ざす。そして、再び視線を合わせると、少しだけ柔らかい声で続けた。


「君は……来るつもりなのか?」


 レオンの問いかけに、私は息をのんだ。彼の言葉には、私が舞踏会に出席することを否定する響きはない。むしろ、その可能性を探るような、静かな興味が感じられた。


 今の私は謹慎中の身。普通なら、そんな場に出られるはずがない。でも――


「……許されるのなら。もし、万が一私が舞踏会に出られたら……その時は私と踊って下さいますか?」


 私は思わずそう口にしていた。レオンは少し驚いたように私を見つめ、ほんのわずかに目を細める。


「もし、君が舞踏会に来られたのなら――一曲、ご一緒しよう」


 その一言が、私の胸を強く打つ。レオンは踵を返し、扉へ向かいながら、最後にこう告げた。


「……では、また」




 扉が音もなく閉まる。私はソファに座ったまま、じんわりと熱を持つ胸を押さえた。希望は、まだある……!

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