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第79話 違和感

 応接室のソファに掛けて、私はレオンの言葉を反芻する。


『もし、君が舞踏会に来れたのなら――一曲、ご一緒しよう』


 彼は私が到底、舞踏会に来られないと思って言ったのかもしれない。けれど、確かに言った。もし行けたなら、踊ってくれると……。


(踊ってくれるだけで、想いが通じると……攻略が出来ると決まったわけじゃない。でも、ここまで来たら踊る以外の選択肢はない!)


 心の中で決意を固める。しかし、その決意をあざ笑うかのように、私の耳に馴染んだ声が届く。


「あらあら、相変わらず忙しいわね……主に、表情が」


 ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。何度も聞いた、シャルロットの――神の声だ。慌てて顔を上げると、そこには華やかなフリルと繊細な刺繍が施されたドレスをまとった神が、ソファに上品に腰かけていた。


 淡いピンクのドレスに、細かなパールの飾りが施された袖。白いグローブが指先まで優雅に包み込む姿はまるで高級なビスクドールのようだ。


「な、急に……何よ?!」

「急にじゃないわ。ちゃんとノックして入ったわよ、貴女が気付かなかっただけで」


 窓に目を向けると、カーテンが風に揺れかけたままぴたりと動きを止めていた。世界が静止している。やはり、神はまた時を止めてこの屋敷に侵入してきたのだ。


「それにしても、昨日の貴女の自爆、楽しませてもらったわ。リュカまで連れて、貴女を告発しようとした手間が無駄になったけれど……結果オーライというやつかしら」


 彼女はソファにゆったりと身を預けながら、楽しげに肩をすくめた。


「それはどうも。……で、今日は何の用?」

「レオン様が貴女を訪ねてきたから、ついて来ただけ。……何の用件だったの?」


 素知らぬ顔で聞いてくる神。しかし、その問いかけに、私はかすかな違和感を覚えた。


「……知らないの?」

「聞きそびれただけよ」


 神は何気ない仕草でテーブルに手を伸ばし、レオンが口をつけずに残した紅茶を手に取る。まるで当然のことのように、優雅にカップを傾けた。


「まあ、別にいいけど。今や貴女は、言わば囚われの身。明日の舞踏会に参加できるかもわからない。貴女の負けはもう確定ね」

「……そんな、まだ決まったわけじゃ……」

「諦めが悪いのね。まあ、仕事熱心なのはいいことだけど」


 私の胸に込み上げる悔しさを見透かすように、神はクスクスと笑う。そのからかうような態度に思わずカッとなり、つい言い返してしまった。


「そっちこそ、レオンとはどうなのよ? 連日屋敷に来たりして、私に構ってる余裕なんてあるの?」

「私はこの世界の創造神なの。特にレオン様のことは完璧に知り尽くしてる。当然、明日私とレオン様は熱く想いを通わせる予定よ」


 そう言って、神はカップを静かにソーサーに置く。その仕草は完璧に優雅だった。ただ、神は微笑みを浮かべてはいるけれど……どこか、その表情には普段のような余裕が感じられないような気がした。


(そもそも、神の立場なら、レオンが私の屋敷を訪れるときに同伴していてもおかしくない。そうしなかったのは、もしかして……断られたから?)


 考えれば考えるほど、その可能性が濃くなっていく。神がレオンの要件を知らないのは、単に「聞きそびれた」のではなく、「教えてもらえなかった」からなのではなだろうか。


「それじゃあ、私はレオン様を追うわ」


 神は立ち上がり、さっと部屋の外へ向かう。その背中を見送る私の耳に、軽やかに指を弾く音が届いた。瞬間、静止していた時間が動き出す。



 だが、神の歩調はいつもより速かった。まるで核心を突かれたくなくて、逃げるように私の前から消えた……ように、私には見えた。


(神のレオン攻略は、思ったより上手くいってないの?)


 つまり、私に与えられたチャンスは、思ったよりも大きいのではないだろうか……? そう思い当たった時、私は無意識にごくりと唾を飲み込んでいた。



(……私は、明日の舞踏会に行く。絶対、何としても!)

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