アルマ村1日目③
森番の家から村の中心部への道が延びていた。この構造は森の災害や異変を発見した時にいち早く伝える事が出来るので良い作りと言える。その道も村へ入る所で塀に取り付けた門に遮られていたが、蔦等を取り払えば容易に開ける事が出来た。
相変わらず丈の高い雑草に苦労はしたが、思ったよりも早く村長の家に辿り着けそうだ。
村の中心部の広場には大きな井戸があった。バーナード家にあった樽を思い出す。先程調べた入り口付近の住人達がここから水を運んでいたと考えると、確かに水の大樽を幾つも置いておきたくなる距離だ。
そんな事を考えながら、村長の家へと向かった。
村長の屋敷
村長の家は屋敷と言わんばかりの大きさと作りだった。壁の建材は上等なオークの木とレンガ。屋根には素焼きの瓦が使われていた。
その豪邸を、丸太を隙間無く並べて作られた塀がぐるりと囲っている。
屋敷は三棟に分かれていて、横に並んだ建物の間を短い通路で繋いでいるのが外観から見てとれた。真ん中の建物は二階建てで、両側は一階建てだ。
正面玄関の表札にはジェラルド・コーヴ、エリシア、ダニエル、ピーターと四人の名前が刻まれていた。鍵付きの扉は残念な事に施錠されている。
他に入れそうな所はないかと、塀の内側から屋敷を一周して探る。
向かって左側の方は途中で遮る様に塀が作られていて、それ以上先には行けなかった。引き返して右側からまわってみる。そちらは遮る塀も無く、屋敷の裏へとまわる事が出来た。
屋敷の裏は果樹の植えられた庭で、小さな井戸と薪割り台、薪を保管しておく小屋まで建てられていた。右端の建物の裏側には勝手口がある。
日常的に勝手口から用事を済ませていたのだろう。扉の鍵は開いていた。
勝手口から建物内に入ると、すぐに台所に出た。台所を通り抜け、大きな廊下に出る。この建物には他に貯蔵庫や納戸があるようだ。
村長の部屋があるとすれば、恐らく真ん中の建物だろう。短い通路を抜け、エントランスに出る。
書物の挿絵で見た貴族の館までとは行かないが、なかなかの広さだ。玄関の真向かいの壁に大きな扉があり、その両側にそれぞれ普通の扉がある。
大きな扉は食堂広間の物だ。両側の扉の中はどちらも二階へ続く階段だった。
階段を上がって二階へ。
二階は二つの部屋に分かれていた。一つは村長の書斎、もう一つは寝室だ。
書斎は意外にこざっぱりとしており、飾り気の無い机と椅子、小さい本棚とキャビネット、そして暖炉があるだけだった。一つだけある大きな窓からは井戸のある中央広場が良く見えた。ここから毎朝水汲みの様子を眺めていたのだろうか。
机の引き出しには鍵が掛かっていなかったが、全て空っぽだった。本棚とキャビネットにも何も無い。
カイは咄嗟に暖炉を見た。こんもりと積もった灰の上に燃え残りの紙くずが散らばっている。灰の量から見て紙類を大量に燃やしたのが分かる。
(何故こんなに大量に……)
狼が原因ではない。
直感がそう呟いた。
暖炉の灰は何かを隠した意思の表れ。そう感じ取ったカイは、燃え残りを調べ、さらに書斎の壁や床を叩いて隠されている物はないかを探したが、何も見つかりはしなかった。
嘆息して寝室へと移る。
寝室にはベッド、衣類のキャビネット、花瓶の乗った丸テーブルと椅子、壁にマントや帽子の掛かったフックがあり、どれもありふれた物だった。
婦人用の化粧台やドレス等が些か華美な程度で、特に気になる物は無い。
ベッドの周辺やキャビネットの衣類、マントや帽子を調べたが何も出てこなかった。
隠し扉や隠し金庫の類いも無さそうだ。カイは少しだけ疲労を感じ、丸テーブルの端に浅く腰掛けた。
重厚な花瓶には枯れきった花が淵にへばりつく様にもたれている
首を延ばし花瓶の中を覗き込む。水は涸れていて、枯れた花以外何も見えない。
体を捻り花瓶を持ち上げてみる。鍵を見つけた。
鍵は真鍮で出来ていた。
花瓶の底が窪んでおり、そこに隠されていたと言う訳だ。
家の扉の鍵よりは小さい作りで、吊り下げ型の錠前に使う物のようだ。楕円形のつるんとした持ち手は何の意匠も施されていない。裏返すと微かに“貯蔵庫”と刻まれているのに気付く。
一階に戻り錠前の掛かった扉を探したが見つからない。この家の鍵ではなさそうだ。
次に向かった左端の建物は三つの部屋から成っていた。エントランスから短い通路を抜けて直ぐ左手にある部屋は客人用の寝室。通路を挟んだ右側の二つは村長の息子達の部屋の様だ。どれも鍵は付いていない。
カイは客室に入った。
客室はゆったりとした広さで心地良く、内装も村長の寝室よりやや趣向を凝らした仕上がりだ。
家具はワックスで磨かれて艶出しされ、ベッドには真っ白で清潔なリネンが使われている。椅子にはクッションも添えられていた。
今まで調べて来たどの部屋よりも整頓され、塵や埃が少なく感じる。余程丹念に掃除をしていたのだろう。この家の住人の、旅人をもてなす気持ちの強さが見て取れる。
だが一方で、その旅人がここに泊まった後どうなったのか、それを探る痕跡や手掛かりを根こそぎ消し去った様にも思えてしまう。
カイは書斎の暖炉で何もかもが燃やし尽くされていた様子を思い出し、背筋にぞくりと寒気を感じた。
これ以上調べても、客室では何も見つからなかった。廊下に出て右側の部屋に向かう。