アルマ村1日目④
右側の部屋の扉にはそれぞれ名前が刻まれていた。
手前がダニエル。奥がピーター。手前から順に調べて行く。
ダニエル・コーヴの部屋に入った途端、カイは面食らったあまりに一瞬その場で動きを止めた。
部屋自体はごく普通の作りで、入って右手の壁際にベッド、中央に丸テーブルと椅子、窓の近くに本棚が置いてある。ベッドの上には衣類や毛布が数枚たたんで重ねてあり、本棚には数冊の本が差さっていた。
それだけを見れば、「夏場に毛布?」と思う意外、特に異常は無い。
だがこの部屋はカイが十分面食らう程、おびただしい数の木彫り人形で埋め尽くされていた。歩けるだけの範囲を残した床、窓台、テーブルの上、本棚の空いた部分にまで。
人形は全て拳くらいの大きさで卵に一カ所くびれを付けた様な形をしており、様々な細かい彫り込みがされている。テーブル上には人形の他に数本の細工ナイフとヤスリも見えた。人形作りの道具だろう。……しかしこれだけの数を彫っておきながら、床の何処を見ても削りかすが見当たらない。室内も妙に整えられ過ぎていて、かえって不気味だ。
整然と並べられた人形達の目も、まるでこちらを一斉に観察している様で不快になる。ただの人形だと己に言い聞かせ、嫌悪感を堪えて注意深く見て行く。
窓台には髭の男と髪を高く結い上げた女の人形、その間に満面の笑みを浮かべる男の子の人形が並んでおり、少し離れた所に掃除用具を持った少年の人形が置いてある。本棚には鶏を抱いた男女の間に卵を抱えた子供の人形が三体。よく見るとそのうちの二体は全く同じ姿の少女の人形だった。床には手に斧を持った男と籠を持った女、鎌を持った男と野菜を抱えた女など、様々な人形が男女や家族毎に纏められているようだ。この人形は村の住人達ではないか、とカイは考えた。
斧を持った人形を床から拾い上げ、ひっくり返して見ると、底にはジョセフ・バーナードと名前が刻まれていた。籠を持った女の人形にはリゼ・バーナード。
特徴の分かる良い住民名簿代わりになるな……と、そんな事を考えながら眺めていた人形の中に、1つだけ犬らしき物を見つけた。村の誰かが飼っていたのだろうか。村人の人形の群れから距離を置かれ、ぽつんと佇むその様子に、どことなく寂しさを感じる。
底には短く名前が刻まれていた。
“トビー”。
心にそっと書き留めて、部屋を出る。
ピーター・コーヴの部屋は隣と打って変わって恐ろしく雑然としていた。
ベッドの上はシーツと枕が乱雑にされたまま。扉のすぐ横には、小さな熊手や鎌等の道具が土で汚れた状態で放り投げた様に置かれている。床は至る所泥の足跡だらけだ。ベッドの脇に置かれた椅子には衣類が何枚か掛けられている。服の大きさから見て、コーヴ兄弟の年齢はカイと同じくらいだろう。
視線を落とすとベッドの下に一冊の本が落ちていた。読み書きの教習本だ。手荒く扱われたらしくボロボロになっている。
適当にページを開くといきなり『うすのろ!』と汚い字で罵られた。
次のページでは『まぬけ!』と『くたばれ!』が書きなぐられている。
さらに次のページ以降、『ダニエルは怠け者』『いつも鶏の世話をさぼる』『兄貴ってだけで何でも許される』『一番いいナイフを盗んでやった。ざまあみろ!』『今日もさぼって何処かに行った』『今ごろアニーと森の中』『狼にでも喰われればいいのに』……どうやら優遇されているダニエルへの憎しみや怒りを、字の練習代わりに書き連ねていた様だ。
一番最後のページに目をやり、カイは眉をしかめた。
『知ってるぞ 地獄に落ちろ! 罪の証は小屋の下』
ひときわ強い筆圧で書かれた文字。所々に黒鉛が折れた時に付く、粉が散った跡がある。筆記用具が何度も折れるくらい力を入れて書いたのだろう。
まるで誰かへの怒りを込めたような字で書かれた糾弾の言葉。
小屋の下に何かがある。
カイは屋敷の外観を思い浮かべた。塀の内側を左に回って行くと途中で行き止まりになる。その向こうは恐らくあの場所に違いない。そこには“小屋”がある筈だ。
ピーターの部屋を出て右に進むと、廊下の突き当たりに扉がある。ここは建物の一番端に当たる部分だから、扉を開ければ外へ出られる筈だ。
扉には鍵が掛かっていたので、弟の部屋に戻り鍵を探す。
鍵は椅子に掛けられていた服のポケットからすぐに見つかった。
鍵を開けて外に出る。
外は日が暮れかけていた。室内の捜索に夢中になって気が付かなかったが、随分時間が経っていたようだ。
そこは塀に囲まれた鶏の飼育場で、薄暗い中に空っぽの鶏小屋がぽつんと建っているのが見えた。地面には白や薄茶色の羽が散らばっている。
カイは空を仰いだ。体の疲労感が強い。それなりの道具も必要だ。
鶏小屋の下は明日調べる事にした。




