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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第一章 消えた村人達
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アルマ村2日目⑧

村医者サイモンの家

 サイモン医師は自宅の一部を診療所として使っていたようだ。

 家には玄関の扉が二つあり、一方にはサイモン・ウェルズと刻まれた表札、もう一方には裏と表にそれぞれ“診療中”“休憩中”と刻まれた下げ看板が付いている。


 診療所の扉は鍵が掛かっていたが、住居の扉は開いていた。カイは室内へ入り住居側から診療室に通じる扉を探す。医者の家は他の家とは比べ物にならないほど清潔で整っていた。

 診療室の扉はすぐに見つかり、幸いな事に施錠もされていない。

 扉を開けて中に入る。


 診療室は薄暗く、何処からともなく薬品の匂いが漂って来るようだ。

 大きな窓にはカーテンが引かれている。日の光を入れるためカーテンを寄せると、窓にはガラスが嵌っていた。

 部屋の中の日が当たらない位置には大きな棚が設置されている。棚の上部はガラス戸になっていて、薬草から調合されたと思われる薬品や消毒剤が並べられている。棚の下部は引き出しや開き戸が付いており、医療器具等がしまってある様だ。


 明るくなった部屋でカイは医者の机と本棚を調べた。薬草学の本の横に毒性植物の本を見つけ、引き抜いてページを開く。


  

イラクサ

葉と茎に(とげ)があり、刺さると含まれる毒により、痛みと痒みを伴う赤斑の症状が現れる。放置してもやがて治まる場合があるが、個人差があるので刺は必ず抜く事。



 先程紙に挟んだ葉を取り出し、ページに描かれている図と見比べる。葉と図の形状は合致していた。

(やはりイラクサだったか……では何故?)

 

 エルキンス老人の地下貯蔵庫にあった植物の一つはイラクサだった。

 そのままではとても食用に向かない植物だ。確か熱を加えれば毒が抜け食べる事ができ、むしろ薬効があると何かで読んだ記憶がある……が。そのような物を祭りの料理に使うのは少々不自然だ。しかも貯蔵庫にあったイラクサは加熱していない物だった。

 

 気になる。村長が鍵を隠し、老人の怒りの矛先になった場所——地下貯蔵庫にあった用途不明な植物が。

 カイは己の記憶を探った。イラクサについてもう一つ、学んだ事がある筈だ。

 幼い頃、両親や産婆から聞かされていた事だったような……。カイにはあまり興味の無い事柄だったのかもしれない。今後役に立つかすらも判らない知識だった気がする。


(そうすると……これは魔法か(まじな)いの領域と言う事か?)

 その道へ進む気が無かった為に軽く触れもしなかった分野。自分自身にもあまり素質は無いと実感している為、書物も手に取らなかった。それ故にこういった場合、必要な知識が出て来ない。苦手分野だと言って素通りしたツケが回って来てしまったようだ。

 

 カイはその事を悔やみつつ、別の書物にそれらしい記述はないかと本棚を探した。毒性植物の本の横にあった薬草学の本には、やはり薬効についてしか書かれていない。他の本は外傷や骨折についての本と、治療記録の冊子だ。


(もっと古い本ならば載っていそうなのだが……)

 かつて(まじな)いと医療術の境目が無かった時代。魔術が特別なものとされ、庶民からは魔法の使い手が現れなかった時代。歴史上にはそう言う時代があった。

 

 薬草の効能を知り尽くし、魔物除けの植物を使いこなしたカイの村の産婆は、その時代の名残だ。

 そう言う人物が書いた書物があれば、イラクサについての思い出せない何かが解る筈だ。

 だがいくら探してもそう言った類いの本は見つからなかった。

 カイは諦めて診療室を出た。


 サイモン医師の家ではまだ調べる事があった。森番の日記に書かれていた内容。

『青葉月三日 サイモンが来てすぐに帰って行った。奴め、何を慌てている?』  一体何に慌てていたのか。

 医師が日記を付けていれば有り難い。そう思いながら住居部分を探索する。医者の普段の生活は狭くて簡素な台所と、書斎と寝室が一緒になった部屋で営まれていたようだ。

 

 住居部分は物が少なく、医者と言う職業柄なのか隅々まで掃除が行き届いており、小物類ひとつ取っても非常に清潔だ。窓は全てガラス窓。他の家より密閉性があるせいか埃が少ない。


 村長の屋敷といい、この家といい、山中の小さな村には少々不釣り合いな建物が多い。最も、領主のいない独立した村で財力が十分ならば、何をやってもある程度は自由だろう。


 むしろ小さな村だからと言って設備を怠らずにいるサイモン医師には好感を覚える。読み書きの教本を子供達に配り、都市のものとも劣らぬ診療所を構え、公私をきちんと分けて暮らす医者、サイモン・ウェルズ。村長よりも村の事を考え、行動しているように見受けられる。


 医者になるような人種とは本来そう言う者なのかもしれない。

 そう考えながら、カイは書斎机を調べた。


 机の引き出しには何も書かれていない紙の束と未使用の封筒、羽根ペンとインク壷が入っているだけで、特に気になる物は無い。ただ、引き出しを動かした時にカサリと言う音がしたので、奥を覗いて見た。


 引き出しとその奥の、棚口と呼ばれる外枠の間に紙が詰まっている。内側のささくれか何かに引っ掛かっているのか、引き出しを無理に引き抜くと破れてしまいそうだ。


 何か、薄くて長くて紙を押さえられそうな物は無いか。自分のナイフでは短過ぎる。小枝はこの隙間に入らないだろうし、入る太さのものはすぐ折れて、紙を押さえておけない。どうしたものかと思案したその時、頭の片隅に思い当たるものがあった。再び診療室に入る。


 薬品が仕舞われている棚の下部を探る。何故か刃物系の道具は無かったが、引き出しの1つに添え木が何枚か仕舞われていた。骨折の時に当てる木の板だ。多少の厚みはあるが、腕の骨折に当てる物ならばギリギリ引き出しの隙間に入るかもしれない。

 

 机のある部屋に戻り試してみる。引き出しを半分程開け、天板との隙間に添え木を差し入れた。奥に詰まっている紙を添え木で押さえてから、片方の手でそっと引き出しを動かしてみる。紙は添え木に押さえられたままだ。そのまま引き出しを引き抜いた。引っ掛かりで少しだけ破けたが、無事に紙を取り出せた。

 

 紙は二枚重なっており、一枚は医療に使われる物品の受領書、もう一枚は次の注文分の控えのようだ。

 受領書には近隣の都市から取り寄せた物であろう、包帯や鎮静剤等が書き連ねてある。鎮静剤はマンドラゴラの抽出液から作られている物との記述。大量に使うと昏睡状態になり、そのまま死の眠りにつくと言われる物だ。少量ずつなら問題は無いので、都市部でも普通に麻酔代わりやその名の通りに使用されている。

 

 受領書には五本受け渡したと記録されていた。しかし次回注文の控えに目を移すと、そこにも六本の注文が記録されている。

 注文が多過ぎる気もするが、様々な使い方が出来る物の筈だから特に不審な点は無い。

 この後は部屋をいくら捜索しても、何も見つからなかった。

イラクサの毒の刺については、たまたま状態が良く残っていた、と言う事でどうかお見逃し下さい。

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