アルマ村2日目⑨
ブリック家
日没までは少し時間があるので隣のブリック家を調べる事にした。
ブリック家はコッカーズ家と同じ様に、丸太の柵で作られた鶏の飼育場がある。
飼育場の広さはコッカーズ家のものより小さく、作業小屋も無い。
家は二階建て。家の前には飼育場とほぼ同じ広さの畑がある。最も、畑と判断出来たのは茨植物の生け垣に囲われていたからだ。この村は家の敷地なのか道なのかすぐには見分けがつかない程、何処もかしこも雑草に覆われている。
正面玄関の表札にはローガン・ブリック、パトリシア、ケント、ベティ、ロンの五人の名前。鍵は付いていない。扉を開けて中に入る。
ブリック家は、昨日今日と見て来た家の中で一番薄汚れ、散らかっていた。
壁の至る所に落書きが目につき、何だかよく分からない細かい塵やゴミが通路や部屋の角に溜まっている。脱いだそのままの状態とおぼしき衣服が椅子の背に何重にも掛けられ、テーブルや床には小さな木の玩具が転がっていた。
元気過ぎる子供がいる家。そして細かい事を気にしない家。そんな印象を抱く。
この家でやるべき事柄は、ケント・ブリックが森番の机に残したと思われる謎掛けの手掛りを探す事。
一見たわいの無い子供の遊びに見える、どこか気になるあの文章。些細な事なのだが、森番の机にわざわざナイフで刻まれていた事と名前を残した事が、カイの心に引っ掛かるのだ。
ナイフで刻まれた特徴的な形の文字……。それはカイの手によって一枚の紙に写し取られている。本人の物かを照らし合わせる為に、ケントの書いた文字を探さねば。子供部屋を目指して二階へ上がる。
二階には三つの部屋があり、二つは子供部屋、一つはあまり使われていない様子の物置部屋だった。使われていないと思ったのは、他の部屋よりも綺麗に整頓されていたからだ。それ程までに子供部屋はひどく散らかっていた。
特に長兄であろうケント・ブリックの一人部屋——置いてある服の大きさから判断出来た——は嵐が通り過ぎたと見紛う程だ。ピーター・コーヴの部屋も散らかっていたが、あれが様々な物の扱いをぞんざい且つ投げやりにした結果だとしたら、このケントの部屋は、興奮や悪ふざけによる意図的なものが伺える。
衣服のうち、上着は家具や壁に打たれた釘や窓枠に引っ掛けられ、下履きは床に広げられ、そこに小枝や枯れ葉が混ざり合っている。
壁のいたる所にボロボロの小さな羊皮紙が貼付けられ、羊皮紙と壁の区別無く落書きがされている。家具と壁の隙間から大きな木の枝が飛び出しており、その先端には壊れたランプが吊るされている。
小さな丸テーブルと窓枠には虫の屍骸が無数にあり、何故かそれだけが整然と並べられていた。恐らくコレクションなのだろう。ここまでは無いにしても、自分の幼少期にも似た様な事をしたので理解出来た。
ベッドの上に木の枝で作った剣。羊皮紙には矢印やバツ印が書き込まれていた。
誰かに譲って貰ったのか、古ぼけた小箱や樽が置かれ、周りには変わった色や形の小石が散らばっている。
カイは自然と微笑んだ。
(まるで冒険者だな)
衣服の大きさからしてまだ十一、二歳くらいだろう。
一人の少年が持つ冒険への憧れが、ひしひしと伝わって来る。そんな部屋だ。
だが今は、ただ眺めてばかりもいられない。
カイはベッドの下を調べた。今まで調べて来た経験上、この村の住人は書物をベッドの下に仕舞う癖があったからだ。
ベッドの下からは、巻物の様に丸めた羊皮紙と文字の練習に使う板が出て来た。
板には何度も書いては消した跡以外何も残っていなかったが、羊皮紙の一枚に名前が書かれていたので、写した文字を照らし合わせる事が出来た。
特徴的な形の全てが一致し、間違いなく同じ人物、ケント・ブリックの書いた文字だと判断出来た。
カイはこれで確信した。あの謎掛けは重要な意味がある。
ケントはナイフを使って、わざわざ自分の筆跡だとわかる様に名前を残した。
ナイフを使ったのは消えてしまわないようにする為。筆跡を判る様にしたのは自分が書いた物だと主張するためだ。ひょっとしたらその為に、字を特徴のある形にしたのかもしれない。
十一、二歳の子供がナイフで書き文字の筆跡を再現したのは大変だったろう。
力を入れて刻む文字を、力をあまり必要としない書き文字と同じ形にするには、相当な集中力が必要だ。
確固たる意志を持って残された謎掛け。それは一体何を訴えているのか。
カイが手掛りを求め、ケント・ブリックの部屋を本格的に調べ始めようとした、その時だった。
物音がした。
外から聞こえる。
風の音ではない。微かだが、人が草を分けて歩く時の擦れる音のようだ。
カイは素早く部屋から出ると、なるべく音を立てずに階段を下り、出入り口の扉の前で気配を殺し耳を澄ました。
音は聞こえなくなっていた。気配も感じられない。
静かに扉を開く。
外に出て周囲を見渡す。家をぐるりと一周してみたが、何も無い。
家の中に戻って探索を続けるか迷った。妙に嫌な感覚が胸の中に居座る。誰かにつけられているのか……?
カイはそのまま雑草の中を突き進み、アルマ村を出た。
その間中背後に気を付けていたが、あの微かな足音の主は姿を現す様子も無く、ただ嫌な感覚を引きずったまま。
それは山を下りてカラック村に入り、酒場の扉を開けて店主に声を掛けるまで、延々と続いた。




