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第四話 ハラスメント・ベースドマネジメント

 ザムル王国歴135年12月10日。


 港町アインツのムタリカ商会本店の棟梁室で、棟梁のアーツは驚愕していた。


 何故、自分の商会が儲からないのか、つまびらかにされたからである。それも、この商会に来て数カ月程度のカズト・シュトーにだ。


「わかります?棟梁。昨年の売上は商会全体で1000万ザムルくらいでした。これに間接人員の人件費やら、各支店の家賃やら経費やら差っぴいていくと、100万くらいしか残らなくなります。」


 わからん。わかるわけがない。会社全体の売上なんて把握していない。いままで認識していたのは、何となく今金がどれほどあるのか。減ったのか増えたのか、足りないのかだ。先々月あたりから各営業所を回っていたようだが、そうだとしてもなぜそんなことがたった数カ月でわかる?イッセンマン?ヒャクマンだと?桁がいくつある数字なのだ?何故そんな大きな数字の計算ができる?


 (アーツ)は父のジィユと同様、ゴブリンの突然変異種(ミュータント)である。普通に産まれたゴブリンは、簡単な意思疎通を音声で行うことはできるものの、共通語(聖教国語)を話すことはできない。それ以前に、そもそも読み書きはゴブリン本来の知能では無理だ。


 ザムル王国の基準では、共通語(聖教国語)で他種族との意思疎通ができないものには市民権が与えられない。一定以上の道徳を共有できない者は魔物や動物と同様とみなされる。つまり、普通の(・・・)ゴブリンはザムル王国であっても魔物や動物と同じなのだ。


 父、ムタリカ商会の創始者であるジィユは、突然変異種としてゴブリンとしては類稀な高い知能を獲得した。身体も狼人や虎人等の獣人程度には強壮で、王国の貴族に気に入られたのを手掛かりに、ムタリカ商会を興した。これが竜王国であれば突然変異種であるとはいえ、父は商会を興すことなど許されなかっただろう。聖教国であれば問答無用で狩られたはずだ。


 しかし、突然変異種といっても、ゴブリンに耳長族(エルフ)のような卓越して高い知能と魔力を獲得することはほぼ不可能だ。俺自身は、知能が伸長した突然変異種であるが、数字は万の単位までの把握が限界である。十万以上は「たくさん」としか知覚できない。


 人間種も、数字の把握についてはできる奴でも俺と同程度だと思っていたが、目の前のカズト・シュトーはどうだ。『カケザン』『ワリザン』なる魔法のような算術も用い、商会全体の売上規模を難無く把握したように見える。この知能は耳長族に匹敵するのではないかと思われるくらいである。


「しかし、腑に落ちないのは、このシミュレーションだと利益が百万位は残るはずなんです。結構精緻にやったシミュレーションだから誤差はあるにしても、誤差で売上の一割が消えるってのは考えにくいんですよね。ちょっと聞きたいんですが、棟梁」


 カズトが覗き込むように(アーツ)を見た。


「借金してませんか。かなり大きめの額を毎月支払うような感じで。」


「うっ・・・」


 してる。物流用の馬車を整備したときや、生産部門を創設したとき、売上が伸びずに給与支払いに難があったとき等、資金が商会の現金が足りず、借金を何度もしたことがある。その返済はまだ終わっておらず、現在に至っても毎月竜王国国境沿いの町、シェーンにあるジュラン商会から請求が来る。その額は毎月5万ザムルくらいだ。一年間なら結構な額になるはずだ。


「・・・・ある。五万くらい、シェーンのジュラン商会に毎月支払いがある。」


「・・・・そうですか」


 カズトは右手でこめかみを揉んだ。


「それなら年間六十万減る。それなら後は誤差で説明できます。」


 ムタリカ商会には本店を含め、8つの営業所がある。


 本店のあるアインツ、王都のパレス通り支店、バイツ支店、シェーン支店、スゥ支店、アン支店、スントゥ支店、城砦都市スィミ支店である。各営業所には6名配置され、港町アインツの本店には、本部機能と物流部門があり、営業部隊と合計で30名ほどが勤務している。また、中央山脈の南に位置するエルフの森のさらに南のゴブリンの里にも事業所があり、そこに生産部門と物流部門があり、15名くらいが勤務している。総勢約80名ほどの所帯であった。


 カズト・シュトーにムタリカ商会を拡大しようと手を組み始めた三か月ほど前。その時、カズトは『成果主義』の会社にするべきだとの提案をしてきた。獲得した業績に応じて給与の支払額まで変えるという制度で、業績の伸び、別の直截的な言い方では手元の資金の増える速度が遅いことが問題だと認識していた俺は、その新たな考え方を採用しようと決め、カズトを会司として商会に迎えた。


 早速、カズトは新しい給与体系の変更案を組みあげた。現状維持でぎりぎり現在の収入を維持でき、実績を落とすと減り、上げると増える給料という案はいかにも業績が上がりそうだったので、10月から実行に移した。


 新しい給与体系の施行後、カズトはいくつか業績が気になる支店に足を運び、状況も自らの目で確認してきているようだった。正直、俺よりも営業現場についてはわかってきているのかもしれない。


「さて、来週の支店長会議の件ですが、棟梁」


「うん」


 来週の1の日には、新しい給与体系にして二カ月経った結果を支店長たちを集めて話し合う会議であった。


「優績な支店の支店長を褒めるというのはわかりますよね。」


「勿論だ。そのための会議だろう?」


「ん~まぁそうなんですが・・・」

 カズトは言いまわしを考えるように頭を掻いた。


「業績が悪いところの支店長にはどうされるおつもりでしたか?」


「悪いところに?」


 そんな視点はなかった。いいところを褒めるだけではだめなのか。


「特に考えてなかったが・・・・激励すればいいか?」


 カズトは大きく溜息を吐いた。


「罵倒してください。それもかなりひどい感じで」


「な、なに?」


「罵倒です。貶すんです。いびるんです。やりかたには種類はいくつかありますが、そのひと・・・いや、その方の精神性や存在意義を否定する方向性がいいです。」


「仕事のことで罵倒するってのはどうなんだ?本来仕事はそういう風にやるものではないと思っていたのだが。」


 カズトは面倒くさそうに眉に皺を寄せた。


「それで数字が出るほど凄いモン扱ってたり、接待で高粗利の大型案件転がせるような会社だったらそれでもいいんでしょうけどね。ムタリカ商会(うち)がやってるのは羊皮紙でしょう?そもそも何のために罵倒すると思ってるんですか?」


「そりゃあ・・・腹いせか?」


「ちがいます。それは従業員の物の見方です。」


 じゃあなんだと言うんだ。経営者の物の見方ならその現状が変わるのか。


「一言でいえばその目的は指導です。」


「指導と言うなら尚更、罵倒するのではいかんと思うが。」


「ハァ・・・・いいですか棟梁。いやがらせのやり方(・・・・・・・・・)を管理職に教えるという指導です。数字ができない者に対する嫌がらせを、商会全体に蔓延させるのが目的です。棟梁が、営業の全管理職の前で、できない管理職をいびって見せることに意味があるんです。」


「なっ・・・・・何だと?!」


「いびられた支店長は勿論のこと、数字ができていびられなかった支店長も、そのいびられ様を見て、自分が数字をできなければ明日は我が身と危機感を覚えるでしょう。そうするとどうなると思いますか?」


「わからんが。いいことはあまりないように思えるが・・・」


 カズトはさも面白そうな笑顔になった。


「いいことが無いのにこんな酷いことをしろと言うと思いますか?私は別にサディスティックな趣味でこんなことを言っているわけではありません。」


 十分お前(カズト)の表情はサディスティックに見えるぞ。


「数字ができない部下を同じようにいびるようになるんですよ」


「そ、それでは辞めてしまうではないか!」


「そうですよ。いいではないですか。むしろそれが目的です」


カズトはなにを今更、と言った表情をしている。


「育成しなければ、できるものもできるようにならん!」


「じゃあ伺いますがね。棟梁が指導をして何か仕事をできるようになった支店長はどいつとどいつですか」


「うっ?!」


 アーツが棟梁になったときには、ガイン以外の支店長はすでにジィユによって支店長に任命されていた。彼らからは時折報告を受けているだけで、具体的な指導は殆どした記憶が無い。


「ハァ・・・いいですか棟梁。はっきり言いますが、この商会で最も問題なのは、基礎研修を何もしていないことです。ビジネスマナーや商品・業界基礎知識は、営業現場に出す前に仕込んでおくべき内容です。王都のパレス通り支店では支店長からして基本的なビジネスマナーがダメでした。」


 モーリーが支店長から外されたのは報告を受けた。非常に驚いたが会司に抗命したとあっては仕方ないと割り切った。


「先月から、目標達成率に応じた給与のインセンティブ制を導入したじゃないですか。あれの目的はご理解されていますか?」


「未達成者への給与削減と目標達成そのものを促す動機とすることだろう?」


「それは大きな目的のひとつですが、今回の文脈とは違います。」


「じゃあなにがあるのだ?」


「個人の数字を個別に把握することで、できない奴とできる奴を明らかにすることです。支店長に、こいつができなかったのだ、と明示することです。そうするとどうなると思いますか?」


「・・・・・・・・・」


 危機感を持った支店長はおそらくそのできない奴を叱責する。者によっては、(棟梁)にいびられることを連想して、部下をいびるものも出るだろう。俺がするのと同じ(・・・・・・・・)ように。


「しかしそれでは営業は減ってしまうだろう。営業が減ってしまっては売り上げが下がってしまうのではないか?」


「新入社員の採用もお願いしましたね。あれは、営業の数を増やす目的もありますが、それ以上に減るであろう数を補充する目的の方が大きいです」


 新人採用を増やすようにという提案はもう来ていた。計画では本店も含め、一支店当たり3人の増員で計24人の増員計画だった。80名ちょっとの会社に24名の増員は多すぎると思っていた。これも織り込んでのことだったのか。


「24名の採用のうち、辞めると見込んでいるのは何人なのだ?」


「現職から辞めるのが8、新入社員から辞めるのが8から10です。最終的に増えるのはよくて8、一営業所に一人程度でしょう。」


「なにい?!新入社員が24採って8辞めるだと?!そして今の人間から辞めるのが8だと!」


 多すぎる。いままでムタリカ商会で仕事が嫌で辞めるという者はアーツの知る限り一人もいなかった。他が給料よかったとか、家庭や家族の事情とか、そういう理由なら聞いたことがあるが。


「手押し車引いて取引のあるお客様から注文取ってくるだけなら、フィジカルさえ強ければ誰でも出来ます。それこそ、モーリー(バカ)でもね。売れない(バカ)より、ビジネスマナーを仕込んだ新人の方がよほど売れるかも知れませんよ。」


 そんな事があるか?何年も働いてきたベテランがポッと出の者に負けるのか?


「いくらなんでも入ったばかりの者が、すぐにベテランを凌ぐことはないだろう?」


「何言ってるんですか?むしろよくある話です。」


 そんなバカな。


 しかし反証はアーツも持っていない。なぜならいままではジィユが切り拓いた、主に貴族を主体とする得意先と、そこからの紹介で広がった得意先で商売をしていたからだ。個々の売上実績を数字で追うなどしたことがないし、割り当てられた得意先からの注文に誠実に対応するのが仕事なので、担当によって売上が上がるのか下がるのかという概念自体が無い。


 当然新規の得意先開拓を従業員にやらせたこともない。だから、今の従業員が売上を新人よりも上げられるという根拠はない。


「売れるか売れないか、っていうのは、ぶっちゃけ、当たりを引くかどうかというギャンブルです。売れる営業のタイプと言うのは一様ではありません。性格が明るいから売れるとか売れないとかではないのです。だから面接で売れるかどうかはわかりません。実際にやらせてみないとわからないのです。そして、売れる奴というのは少数派です。」


「だから、数撃ちゃあたるで採用すると・・・?」


「その通りです。売れる者は残したいのでいびる必要はありません。好きにさせ、褒賞を与えて優遇します。売れる人間にとってこんなに楽な環境はありません。一方で、数字の出ない者は徹底的にいびります。多少新入社員には手心を加えてもいいかもしれませんがね。発奮して売れるようになればよしですが、いびるのは自分から辞めるように仕向けるためです。」


 この男は本当に人間種なのか。鬼か悪魔ではないのか。


「大量に採用し、売れる者だけを残し、売れない者を早期に辞めるように仕向ける(・・・・)。これが大した競争力もない商品を取り扱う販売会社の業績を向上させる近道です。そのために数字で目標を作って、いびられる理由(・・・・・・・)を明確にしたのです。数字ができていないからいびられるのなら、贔屓云々という批判は起こりにくいでしょう?」


 昇進が情実で行われてきたという批判は過去にもなかったわけではない。確かに実績を根拠に昇進や褒賞が与えられるとなれば、公平感は増すだろう。


 しかし、、、俺には気がかりな事がある。


「ううむ・・・しかし、俺に先代から支えてきてくれた奴らを前に、罵倒したり、いびるなんて事ができるだろうか。正直にいうと、自信がないんだ。」


 父ジィユは一見しただけではゴブリンとはわからない程の体躯を持つ突然変異種だった。羊皮紙の行商は、重い手押し車を曳くのでフィジカル的な強さが必ず必要になる。各支店長も、種族に差はあれど俺に比べれば圧倒的な強さがある。物理的な戦いになったら俺に勝ち目はない。


 俺は知能は高いものの、外見は普通のゴブリンと同じだ。当然、フィジカル面では並みのゴブリンと同じで、人間種よりも弱い。そんな俺が先代から商会を支えてきた者達を罵倒して、大丈夫なんだろうか。恐ろしささえある。


「なるほど。まずどうやって罵倒するかに関しては、これから練習しましょう。これにはやり方に向き不向きがありますからね。でも、支店長達が先代から支えてきてくれたというありがたさや気後れに関しては、棄ててもらうしかありません。数字ができない支店長は要らないと、棟梁自身で示していただく必要があります。」


「いやそれは構わないんだが・・・お前だって、あの支店長共と白兵戦ができるのか?」


 カズト・シュトーは明らかに戦闘員ではない。俺よりは強そうだが、ミノタウロスには100%負けそうだ。


「ああ、そういう懸念ですか。わかります。それ、私はダニエラに対策をもらってましてね。それも練習の後でお話しします。」




■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 




 エゼキレル・ムラージは苛ついていた。


 出来そこないのアーツ坊が棟梁を継いだことには不満は無い。たとえ突然変異種のゴブリンであっても、流行り病で死ぬことはある。それは仕方ない。しかし最近は、流れ者の人間種(ヒューマン)と組んで、商会の伝統をぶち壊し、一度も取引がなく、紹介もないところに飛び込んで羊皮紙を売ってくるようにという無理難題を言い出した。


 しかもその上、目標を役職別に作って出来なければ給料が下がるという。しかも、それはあろうことかこの俺にも適用されるという。こんなバカな話があるか。誰がこの商会をここまで育ててきたと思ってるんだ。新しい得意先がほしければ棟梁が取ってくるのが当たり前だし、筋ってもんだ。


 新規の客がまともじゃなかったら誰が責任をとるんだ。俺たち現場か?冗談じゃない。だから先代は貴族からの紹介中心で客を取ってきたというのに。そんなことも知らないで勝手なことを言いやがって。


 これ以上図に乗るようなら、一度先達としてお灸をすえてやらにやらならんか。・・・・今日の会議はやってやる。


 エゼキレルは会議室の扉を開けた。


 「ロ」の字型に細長い机が並べられ、その外側に丸椅子が並べられて10名ちょっとが入れる会議室。一番奥の3席には背もたれが付いている。三か月振りの本店の会議室に、もうほとんどの出席者はそろっていた。アインツ本店のラウル、バイツ支店のダーラー、シェーン支店のダグワ、スントゥ支店のフィルディナンド、アン支店のマモ、スィミ支店のワレンティン、そしてスゥ支店のエゼキレル。ひとり、見慣れないドワーフがいる。あれがモーリーの代わりに支店長になったガインか。支店長は全員揃っているようだ。


 いつもの俺の席に座る。隣はダグワとフィルディナンドだ。


「よう」


 リザードマンのダグワが縦長の瞳孔を此方に向けた。


「お前のところには来たのか?新任の会司とやらは」


「いや、きていない。王都には来たようだがな。」


 俺は顎で向かい側に座っているドワーフを指し示した。エルフが着るような布のひらひらした服を着ている。一言で言って似合わん。あれはもうドワーフとは呼べない。不恰好な何かだ。


「ああなっちまうのか?」


「知らんが、他に理由はあるめえよ」


「おや、僕はあっちの方がいいと思いますよ」


 左隣に座っている耳長族(エルフ)のフィルディナンドが顔に澄ました微笑を貼り付けて珍妙なドワーフの格好を支持した。


「君たちもあのような服を着ればよいのです」


「ケッ」


「冗談じゃねえな」


 リザードマンのダグワは胸の鈍緑色の鱗を誇示し、掌で叩いてみせた。ダグワは鰐革のハーフパンツをはいている以外は、上半身裸である。


「これが俺たちの正装よ」


「そういうこった」


 俺もダグワと大差ない。違うのは靴を履いているくらいだ。フィルディナンドが着ているのは立ち襟(スタンドカラー)の白いシャツに濃緑のパンツ。森の民の耳長族(エルフ)は世界樹の森ではもっと違った格好をしていたはずだ。貴族臭い格好なんかにかぶれやがって。


「服装と言うのは相手に合わせるものなのですが・・・あなた達には説明しても無駄ですかね。」


 そうそう。無駄無駄。服装なんてのは考えるだけ無駄。戦なら何の武装にするか真剣に考えるがな。


「おい」


 そこで、ダグワがその尾を床にバンバンと打ちつけて話を遮った。


「来たみたいだぜ」


 扉の閂が外される音がして、二名会議室に入ってきた。一人は棟梁のアーツ。もうひとりは人間種の男。カズト・シュトーだ。9月の支店長会議の時に見たやつで、まだ若そうな雰囲気だ。人間種の年齢ならおそらく30前後。40年生きた俺からすればひよっこだ。ふたりは並んで一番奥の背もたれつきの椅子に座った。


「集まっているようですね。では支店長会議を始めます」


 カズトが会議の開始を告げる。カズトは11月の各支店の実績を読み上げていく。


「以上のように、目標達成はアインツ本店、パレス通り支店、スントゥ支店の三店となりました。達成ご苦労様でした。拍手。」


 カズトが拍手をする。続いてアーツが拍手に加わる。仕方ないので俺もパラパラと無気力に拍手に加わる。アホくせえ。何の茶番だこれは。


「実績の良い支店は成功事例をレポートして下さい。ではアインツ本店のラウルから。」


 狼人のラウルがその場で起立した。支店長の自分も新しい取り引き先を獲得するために飛び込みをしたこと、既存客への訪問回数を増やしたと報告した。パレス通り支店のドワーフ、支店長新入りガインは得意先の担当を住所で振り直し、得意先への訪問と飛び込みが効率的に実施できるようにしたと話した。なぜかカズトに憧憬の視線を送っているように見える。バカじゃねえのかコイツ。スントゥ支店のフィルディナンドは、エルフ人口比が高いスントゥで売るために、エルフの長に働きかけたとか言っている。


「残り5支店は全て未達成。中でも八掛けを割っているのが、シェーン支店とスゥ支店です。」


 ケッ。ダグワと俺のとこか。


「シェーンのダグワと、スゥのエゼキレル。改善計画を発表しなさい」


「あぁ?」「なに?」


 なんだそりゃ?聞いてないぞ。


 ダグワのほうを見ると、奴も俺を見た。


「改善計画です。目標の8掛け割れでは前年実績すら割り込んでいます。業績を改善し、目標達成するための計画を言いなさい。」

 

「なんだ?俺の給料下げたうえに改善計画まで立てろって言うのか?」


 俺の給料まで下げておいて更に余計な仕事まで増やすのか。


「納得できねえな。給料さがるんだからそれでいいじゃねえか。」


 ダグワも俺と同意見のようだ。


「よくありません。あなた方の仕事は業績を達成することであって、支店の業績でギャンブルをすることではありません。給与が下がるのは単なる結果の一つ。それであなた方の責務が免除されるわけではありません。」


「ねえな」


「お前が立てればいいじゃねえか」


 ゼロ回答だ。そんなの誰がやるか。


「だ、そうです棟梁。」


「うん。」


 黙って話を聞いていたアーツが小さな体を前屈みにした。


「ダグワ君とエゼキレル君は、業績を上げる気はないの?」


「上がったって構いませんがね。棟梁、それを上げるのはあなたの仕事でしょうよ。」


 今更こんな当たり前のことを言ってやらんとならんのか。


「給料下がるのを甘受してやってんのに、更に文句を言われる筋合いはありませんね。」


 ダグワも同調してきた。


「僕は9月の会議の時に言ったよね?この商会を変えるって。その時にシャクンもみんなに示したよね。」


 アーツが壁の額を指す。大きめの羊皮紙に5つの戯言が並んでいる。




 ひとつ、勝利以外は全て敗北であると知れ。

 ふたつ、裏切り者は去れ。

 みっつ、七転八倒は美の極致。

 よっつ、言い訳無用。無即創。

 いつつ、スライムの歩みはハーピィを凌ぐ。



ああ、それがどうした。


「君らはさ、先月の実績は敗北も甚だしいわけだが、言い訳だらけってことなのかい?」


 アーツは机の上(・・・)に足を投げ出した。身体を背もたれに預けられて頭部が後傾する。丁度、見下すような(・・・・・・)目線になる。


 言い訳だと?お前等が勝手に決めた数字相手に敗北も勝利もあるかよ。いつから戦いが始まってたんだ?戦いというなら敵は誰だ?客か?たかがゴブリン風情が見下しやがって。


「言い訳なんてしてませんが?」


「それなら改善計画を出しなさい。それ以外は皆言い訳だ。」


「もうね、ジィユ棟梁はいないんだよ。昔とおんなじ風にはいかないの。だから皆に業績をやってもらうことにしたんだ。それは前に話したよね。」


アーツが誰に話す風でもなく天井をぼやっと眺めながら語り始めた。


「成長しない会社に未来はない。今回の業績と連動した給料制度はそれを身をもってわかってもらうための制度だって言うのも前にも話した通りだよ。もちろん、僕自身、会社の実績がいかなければ給料が下がるんだよ。それが気に入らないって言うんだったら、外れてもらうよ」


「外れてもらう?」


誰にだ。俺にか?


「外れるってぇのはなんだ」


ダグワも同じところに引っ掛かったようだ。


「兵隊か、モーリー君みたいに荷車になってもらうか、それとも、お客様でもいいよ」


 そんな訳にいくか。支店長と言う立場は実においしいのだ。実際に手押し車を引いて羊皮紙を納めに行くのは担当者自身であるから、朝支店に出勤して所属員の出退勤を帳簿につけ、担当者が手押し車で客先へ出た後にアシスタントから上がってくる羊皮紙の在庫量から発注量を決め、週に一回やってくる物流部門の担当者に発注伝票を渡せばいい。補充の羊皮紙が納品されるときは馬車と支店の倉庫を往復するが、それも小一時間で終わる作業だ。たまに納品された紙が破れていたとか細かな苦情が来ることもあるが、倉庫から羊皮紙を出してきてお詫びのしるしになどと言ってちょっと枚数に色付けて渡し、一言二言頭を下げて解決しない苦情はない。


 つまり、過去のモーリーやエゼキレルのように支店長自身が納品して回る得意先を持たず、全て担当者に任せている場合は、殆ど一日やることが無い。それでいて、毎月の月給は主任より多い3000ザムルだ。これはジィユ棟梁に従って長年手押し車を曳いてきた者だけが得られる特権だ。


 今回ダグワとエゼキレルは2400ザムルに給与を減額されているが、それでもこの程度の労働に対する対価としては破格だと言える。エゼキレルは、給料が八掛けになった程度でこの仕事を手放すつもりはなかった。


「数字が出せない支店長なんて価値ないからさ。他の者にやってもらうよ。」


 価値が無いだと?俺とダグワに言ったのか?先代と共にこの商会をここまでにした俺とダグワに?


「口のきき方に気をつけろ。ボウズ」


 ダグワも切れかけだ。俺もそろそろ限界かもしれん。


「誰のおかげでこの商会がここまでになってると思ってんだ」


「あ?」


 アーツの顔が歪んだ。道端に汚物を見つけたかのように。


「君ら、自分から数字を作るのは棟梁の仕事だって言ったんじゃないか。羊皮紙運ぶだけなら馬でもできるんだ。偉そうなことを言うなら、数字やってからいいなよ負け犬。給料を飼い葉じゃなくて金で支給してることに感謝してほしいね。この会社がここまでになったのは、君らが言うとおり、君らのおかげじゃないよ」


 どうしたんだこいつ。以前のように俺たちに対する遠慮や恐れようなものが無くなっている。


「数字がやれてない支店長なんてのは、生産部門の下っ端よりも価値無いよ。」


生産部門の下っ端(低脳な魔物)未満だと!」


「ガキィ!抜かしたな!」


 ダグワと俺は立ち上がった。怒りでダグワの尾が荒ぶって座っていた椅子を弾き飛ばす。椅子は壁にぶつかって盛大に砕け散った。


 しかしアーツは机に足を乗せたままの姿勢が変わらない。余裕綽々にみえる。こいつどうした?恐怖で固まったのか?。


「そうだろう?奴らはしっかり羊皮紙を生産してこの会社の原価を下げている。それも呆れるような低給で毎日働いて莫大な量の羊皮紙を生産してね。高給取って売上下げてる君ら二人が、奴らより上だって言う証拠なんかあるのかい?」


 滔々と言いやがった。ビビってる風には見えない。


「座れ。ふたりとも。ダグワは椅子の分、給料から引くからな。」


 カズト・シュトーが座ったまま表情も変えずにダグワの給料を更に下げた。


「黙れや!ポッと出の人間が!」


「テメエに指図される謂れはネェ!」


 俺とダグワは目の前の机を蹴倒した。


 俺は拳に力を込めた。戦士でもない人間とゴブリンなんぞ、オークの拳にかかれば即死させることもできる。リザードマンのダグワの尾なら一薙ぎでふたりとも吹き飛ばせる。殺しちまったら王国から追われてしまうが、魔物以下と言われて黙っているわけにはいかん。


 人間とゴブリンなんぞ、首の一つも締めて鼠の様にキュッと鳴かせてやれば、どうせ小便でも垂れ流しながら命乞いをするに決まっている。ダグワがアーツ、俺が人間(カズト)をやればいい。そうすればこのアホ臭い制度もやめさせて、元どおりのムタリカ商会に戻すことができる。


「身の程を知らせてやるぜ小僧。」


 俺は蹴倒した机を乗り越えて一歩踏み出した。


 すると、頬杖をついていたカズト・シュトーの手が赤く光った。アーツは変わらず机の上に足を投げ出してナメくさった笑顔のままだ。


「やれやれ。」


 言うのと同時に、カズト・シュトーの手から紅の光線が床に伸びた。光線は扇型に床を一閃すると消え、カズト・シュトーの手元で青白い光になって残った。


 木が焼けた匂いがする。見ると、床に一本黒い線が付いている。いまの光線がやったのか?


 ガタン、と椅子が倒れる音がした。見ると、フィルディナンドが目を見開いて立ち上がっている。


「そっ、そんな」


 フィルディナンドが泡を食っている。なんでお前が。


「ふたりとも。その線より前にくるな。痛い目に遭いたくなければな」


 カズト・シュトーがつまらなそうに言う。コイツ、此の期に及んでも調子こきやがって。オークとリザードマンの腕力を知らないと見える。


「スカしてんじゃねェぞこのガキャ!」


 ダグワが見せつける様に大きく右脚を上げる。


「待てダグワ!」


 フィルディナンドが制止するがそんなものを聞く男ではない。


 ズシン、と会議室全体を揺るがせて、ダグワの右脚が黒い線を踏み越えて振り下ろされる。ベキリ、と床板が軋む音を立てて割れた。


「また備品損壊か」


 頬杖をついたまま、カズト・シュトーの手に宿っていた青白い光が一瞬強くなり、ダグワ目掛けて四・五本の短い光線になって飛び散った。


「・・・・お?」


 ダグワがニ・三秒、状況を飲み込めずに固まった。肉が焦げる匂い。香ばしくない、焼きすぎて炭化させてしまった時の匂いがする。


 ダグワの絶叫。


 それと共に、俺の視界は掻き混ぜられ、強烈な衝撃と共に再び像を結んだ。アーツとカズトの前にいたはずなのに、何故か丸椅子に座ったドワーフが俺を身体を後ろ向きに捻って見下ろしている。


右腕から激痛が走る。見ると、俺の右腕は二の腕から変な方向に曲がっていた。


「おがあああああああ!」


 あまりの激痛に叫んで身体を捩ると、身体が思う様に動かない。何かの壁に当たっている様な感触。身体中から脂汗が吹き出すのと同時に、平衡感覚が戻って来て、自分が床に横たわっていることがわかった。


 会議室の中央付近にいた筈の俺は、どうやらドワーフの後ろに居るらしい。首を上げると会議室の中央ではダグワが叫びながらのたうち回っている。リザードマンの硬い鱗に覆われた尾が風切り音を立てながら四方八方に振り回されている。


「ダグワ、鎮まれ!傷が開く!」


 フィルディナンドが声をかけると、ダグワは呻きながらも身体を痙攣させながら動きを止めた。フィルディナンドが駆け寄り、緑色にその手を光らせる。回復魔法(キュア)の光だ。フィルディナンドが祈りの言葉を終えると、ダグワの体がボウっと緑色に光る。


「私の力ではここまでです。」


 フィルディナンドはそう言うと、ダグワを置いて俺の方へ駆け寄って来た。俺は床に突っ伏して脂汗をかいて呻くことしかできない。


「腕が折れていますね。リザードマンの尾に至近で跳ね飛ばされれば・・・痛みますよ。耐えなさい。」


 フィルディナンドは靴を脱いで俺の口に突っ込み、胴の上に跨ると、左足を折れた腕の脇の下に掛け、折れて曲がった腕を抱き抱え、引き伸ばして捻った。


 焼いた鉄板を押し付けたかと錯覚する程の熱さと、脳髄を暴れまわる痛み。腕が捥ぎ取られるような感覚と共に健や筋肉が伸び、骨が擦れるボキュボキュという音が内耳に響く。


「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 俺は叫ぶ代わりに靴を噛むことしかできなかった。


 フィルディナンドは俺の腕を抱き抱えたまま、回復魔法を放った。折れて激痛を放つ腕にすっと涼しい風が纏わり付く様な感覚。痛みが急速に鎮まり、捻挫程度の痛みまで落ち着く。俺は漸く身体を起こすことが出来た。


「ダメだよダグワ君、エゼキレル君を弾き飛ばしちゃ。フィルディナンド君に感謝しなよ」


くっくっと嗤いながら、アーツは言った。「で?数字やる気出た?」


「テメェ・・・一体何をしやがった」


 ダグワは身体を起こそうとするが、痛むようで顔を歪めている。足に幾筋も鑿で勢いよく削り取った様な傷が直線状に出来ている。傷はドス黒く焼け焦げていて、血液が流れ出てはいない。リザードマンの鱗は生半可な刃物や弓矢程度は弾く硬さがあるというが、この傷は容易く貫き、中の肉までで抉っている。


「やめろ!リザードマンやオーク如きでは話にならん!」


 フィルディナンドがダグワを制した。こいつ何か知っているのか。


「待て。このまま虚仮にされて引き下がれると思ってるのか」


 人間とゴブリンに虚仮にされて黙っているわけにはいかん。


「エゼキレル。貴様は知らんだろうが、あれは炎の剣だ。貴様など子供でも一瞬で両断できる術具だ。今生きているのは単に会司が貴様達を殺す気がなかったからだ。」


「エゼキレル君が吹っ飛ばされるとは思わなかったけどね。リザードマンの尾の力は強いね」


 カズト・シュトーが苦笑している。


「なぜ人間が炎の剣を・・・?」


「なんでだろうね?でもそれを君が知る必要はないよ。治療ご苦労様。」


「そんな訳にいくか!炎の剣はエルフの高位術具だ。人間種がおいそれと手にできるものではない!どの様な手段で手に入れた!」


 いつもは鼻につくほど冷静なフィルディナンドが珍しく激している。


「その話はあとだ、フィルディナンド君。それについては、君に聞きたいこともある。で、エゼキレル君と、ダグワ君はどうするの?改善計画をいうか、身の振り方を考えるか、早くしてくれよ。」


「くっ・・・・」


 不味い。どうせ非戦闘員の人間種とゴブリンなど、言うことを聞かなければ二・三回殴りつけてやろうと考えていた。いままで棟梁(アーツ)が俺たちの既得権に手を出さなかったのは、肉体的な力の差があるから、我々の既得権を侵すことによる報復を恐れていたからだ。しかしその差はもう覆された。弱者は俺たちだ。このままでは、単に既得権を失うか、こいつ等の犬になるか選ばなければならない。しかし今、俺がこの商会(ムタリカ商会)を辞めたところで、無一文になるだけだ。再就職できるあてはないし、できたとしても今と同じかそれ以上の収入が得られる可能性は低い。ここで辞めたら、里に戻って森や山で魔物を狩って食うオークの生活に戻ることになるだろう。その選択肢だけ(・・)は、ない。


「・・・・わたくし自ら率先垂範し、新規得意先の拡大に努めます」


「エゼキレル!」


 ダグワが縦長の瞳孔の目を苦しそうに瞬かせながら俺を見た。仕方が無い。聖教国や竜王国からの移民が増えてきている今、俺が今以上の条件で再就職できる可能性は限りなく低い。魔物の生活に戻るのはご免蒙る。


「声が小さいよ?」


 アーツが変わらず机の上に足を投げ出したままで吐き捨てるように言った。


「自ら率先垂範し、新規得意先の拡大に努めます!」


 王国軍の新兵のように直立不動の姿勢を取り、天井に向かって怒鳴るように言った。


「今月の実績、楽しみにしていますよ。」


「はいがんばってね。ダグワ君はどうするの?」


 ダグワだって、状況は俺と大して変わらないはずだ。


 一度長く目を瞑った後、ダグワは痛みが続くのか、瞼を震わせながら弱々しく口を開いた。


「・・・冗談じゃねえ。誰がこんなとこでやってられるか。俺は辞めるぜ。・・・エゼキレル。腕を折っちまって悪かったな」


 ダグワは俯いて足を引き摺りながら、ゆっくりと会議室を出て行った。


「よし。それでは今日の会議はここまで。自分の数字はきっちりやりきってください。シェーン支店の支店長は、代行を追って通達します。フィルディナンド君は残ってください。」


 アーツが席を立ち、それに続いて会議室を出て行く。蹴倒された机とばらばらになった丸椅子に、焦げたり割れたりしている床。ぼろぼろで傷だらけの会議室は、俺自身のようでもあった。

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