3話 クールな彼との初対面
瞬間、彼の指と指の隙間からエメラルド色の鋭い光が発されました。次第にその光は大きく、眩しくなっていって、わたし達を包みこんでいきます。膨張していくエメラルド色の中で、わたしはそのあまりの眩しさに目をつむりました。
何も見えない暗闇の中、そよ風が吹いたような、そんな気がしました。
少し経って。
誰かに、肩を叩かれました。といっても、心当たりは一人しかいませんが。
「……おい、目を開けろ。もう着いたぞ」
目を開けば、そこにはやっぱり彼の姿がありました。心なしか、辺りが少し薄暗いような。
「ここは……?」
まだくらくらする目を凝らして辺りを見回すと、二つのベッドにクローゼット、そして乱雑に散らかった机と綺麗に整頓された机……見た限りでは誰かの部屋のようです。
ほんの数秒前までわたしたちは、おとぎ話に出てきそうな森にいたはずだったのに。
感動と驚きが一気に体に押し寄せてきて、肩が震えました。
「モンブランさん……すごいです!」
自然に浮かんだ満面の笑みでそう言うと、モンブランさんはとても分かりやすく得意気な顔をしました。本当に嬉しそうな顔をしています。人に褒められるという機会があまりないのかもしれません。
「だろ!?」
モンブランさん、まるで犬がしっぽをびゅんびゅんと振っているようです。そんな彼に、わたしは笑顔を貼り付けたまま思いっきり頷きます。
「はい! モンブランさんのような人でもこんなに高度な移動技術が使えてしまうんですね……! 異世界って、すごいです!」
「お、おうっ。あ、あれ……? これってほめられてるのかな……」
彼がわたしの言葉を反芻し始める前に、わたしは次の言葉を切り出しました。
「ところで、ここはどこなんですか?」
「あぁ、俺とシャルロの寮部屋だ。……ってか、そうこうしてる内に時間やべぇ! 色々聞きたいことあるだろうけど、詳しい説明は後な! マジで急がねぇと……」
と、彼が立ち上がろうとしたその時でした。
ガチャリ。
ドアの向こう側から漏れた光が、薄暗い部屋をぼんやりと照らしました。
「モブ、俺は今度こそ遅刻したら承知しないと言ったはずだが……」
徐々にすぼまっていく、部屋中に響き渡った涼しい声。
無造作にドアを開けた人物は、端麗な顔立ちをした男の方でした。
長くも短くもない漆黒の髪に、切れ長の瞳は蒼色。
辺りが薄暗いため顔ははっきりと見えませんが、彼が凛とした空気を纏っていることはここからでも分かります。その背丈は、モンブランさんよりも頭一つ分くらい高そうです。175cm以上はあるんじゃないでしょうか。
そして、その涼やかな蒼の瞳はわたしに向けられました。綺麗だな、なんて場違いだけど思ってしまいました。
「……三つ編に、メガネ……女?」
そして、沈黙。
わたしの目の前の彼もまた、ドアを開け放った人物を見て未だにわたしの手を掴んだまま硬直していました。立ち上がろうとしている最中だったため、中腰で辛そうです。
それからどれくらいたったことでしょう。
恐らく二、三分は経ったんじゃないか、というところでドアを開けた彼はようやく再び口を開きました。
「……済まない、モブ。お前には一生女なんてできるわけがないと思っていた俺を許してくれ」
「誤解だあーっ! しかも何気に傷つくこと言ってるんじゃねー!」
そんなわけで、かくかくしかじか。
モンブランさんは、今までのいきさつを事細かに全て彼に話しました。対して黒髪の彼はモンブランさんの話を聞いている間、顔色一つ変えずに相槌さえ打たないで黙っていました。あまりにも無表情なので、正直ちゃんと聞いているんだかよく分かりません。
一通り話が終わったところで、事の真相を知った彼は相変わらず仏頂面のまま淡々と言いました。
「……まぁ、そんなことだろうと思ってた。モブに女ができるなんて、ミルフィーが謝るくらいありえない」
「お前、俺には一生彼女ができないとそう言ったのか!? そうなのか!?」
一体、ミルフィーさんとやらはどんな人なのでしょうか。とても気になります。
一つ間を置いて、彼はサファイアの瞳を伏せました。
「できればもっと詳しく事情を聞きたいところだが、時間が時間だ。……これ以上遅刻したら、本気で留年を視野に入れなければならない」
「マジかよ! でも、こいつはどうすんだ!」
「後でどうにかする。今はこの部屋で待っておいてもらうしか……」
「えええっ! わたし、ここでずっと待ってなきゃいけないんですか!?」
わたしの言葉に、切れ長のアイスブルーの瞳に困惑の色が浮かびました。一瞬だったけれど、それは初めて彼の感情が表に出た瞬間でした。
そして、その蒼い瞳はモンブランさんの真紅の瞳に向けられました。わたしも、つられて目の前の彼を見つめます。
わたし達二人に決断をゆだねられた彼は、仕方ねえなぁとため息をつきました。
「シャルロ、先に教室行ってろ。オレはこいつを学園長室に連れてく」
「……全く。お前は、とんだバカだな」
言葉とは裏腹に、シャルロ、と呼ばれた彼の青い瞳がほほえんだような気がしました。
「だって……」
少し間をおいて、彼はわたしの目をじっと見つめました。綺麗な、紅い瞳です。
「こいつ、何か放っておけねぇんだよ」
びくり、心臓が跳ねました。この時、本当に数ミリだけれど彼にときめいてしまったのは秘密です。
「……そうか、じゃぁ俺は先に行く。ちなみに、モブ。これだけは言っておく」
「な、何だよ……?」
口の端を吊り上げたシャルロさんの顔は、まるで悪戯っ子のようでした。
「……個人の遅刻は、パーティ全体で責任を取らされる。俺は構わないが、後でミルフィーに何されても知らないぞ」
そう言い残して扉を閉めると、彼はわたし達の前から去っていきました。ドアから目の前の彼に視線を移すと、彼は肩をわなわなと震わせてびくびくしていました。
「……ミルフィーに、こ、殺されるかもしれねぇ……」
…………。
どうしてこの世界の人たちはただの遅刻に対してそこまで厳しいんでしょうか……?