第7話:魔力を失った天才付与術師と、無限に踊る神輝のねこじゃらし
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序章:失明した術師と、最後の玩具
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漆黒の闇の中、コン、コンと一定のリズムで石突きを打つ音が響く。
ダンジョン下層の湿った冷気が、ボロボロのローブを纏った青年の肌を撫でた。
青年の名はレオン。かつて王立魔術工房において『神童』とまで持て囃された、若き天才付与術師であった。
「……ハァ……ッ、ハァ……ッ……」
手探りで壁を這い、足元の段差を確かめながら進む。
彼の両眼は、頑丈な包帯によって幾重にも覆われていた。
数ヶ月前、魔術工房の核心部である大魔導炉が突然の暴走を起こした。本来なら厳重な安全装置が働くはずだったが、ライバルである上級技師の策略により、すべての責任をレオン一人にかぶせられたのだ。
爆風をまともに浴びたレオンは、両眼の視力を完全に失い、魔導具を機能させるための生命線である『全身の魔力回路』をズタズタに引きちぎられた。
光を失い、魔法すら使えなくなった付与術師に、何の価値があろうか。
工房を追放され、裏切りと絶望の底に突き落とされた彼が辿り着いたのは、ダンジョン街の片隅にある古びた鍛冶場だった。
死に場所を求めて街を彷徨っていたレオンを拾い、温かいスープを叩きつけてくれたのは、ドワーフの頑固鍛冶師——バランであった。
『ハッ! 目も魔力も失っただと? くだらんことで悩んでんじゃねえ! で、お前さん……何のために最深部を目指そうとしてやがる?』
『……死に場所を探しているんです。でも、ただ死ぬのは悔しい。……失明する直前、狂気にも似た情熱で、自作の魔道具を一つだけ完成させました。子供の頃、実家で飼っていた猫と遊んだあの時間が、人生で一番幸せだった……だから、死ぬ前に……誰かにこれで遊んでほしかったんです』
レオンが胸元から取り出したのは、一本の短い柄であった。
神話級の金属である『超高純度魔導銀』を削り出し、先端には鳳凰の毛並みにも似た極上の羽を取り付けた——猫用遊具。
それを見たバランは、豪快に腹を抱えて大笑いしたのだった。
『ガハハハハ! 飯ではなく「おもちゃ」だと!? 面白い! 面白すぎるぞレオン! いいか、地下100階層へ行け! あのお方——「黒猫様」にそれをお捧げするんだ!!』
バランの言葉に背中を押され、レオンは闇の中を進み続けた。
恐ろしい魔物たちが蠢く階層を抜けて来られたのは、バランから授かった奇跡の魔導鈴のおかげか、あるいは単に死を恐れぬ者の放つ執念ゆえか。
ついに、足元の岩肌が変わった。
空気が異様なまでに重く沈み込み、肌を刺すような絶対的な圧迫感が支配する空間。
人類の英知も届かぬ絶望の底——地下100階層【奈落の淵】。
「ここが……最深部……。私の最後の作品を……遊んでくれる誰かが……いる場所……」
盲目のレオンは、震える手で胸元の棒を固く握りしめた。
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第一章:地下100階層の暗闇と、揺れる光芒
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「ふぁあ……」
小さく、間抜けた欠伸が、静寂に包まれた最深部に響き渡った。
山のような巨体を丸め、静かに息を潜めているのは、世界を滅ぼすと謳われるSSSランク魔獣『深淵の暗黒竜』。
その威厳あたる頭部、鼻先の絶妙なスペースで、一匹の黒猫——クロが呑気に伸びをしていた。
前脚をぐーっと伸ばし、お尻を高く突き上げる。
(ふぅ……今日の苔はふかふかで気持ちいいニャ〜。ところで、今日のご飯はまだかニャ? 最近はカリカリとかジュレとか、美味しいのばかり食べてたから、お腹が空いたニャ)
クロがしっぽをパタパタと揺らしていた、その時。
カツン、と石突きの音が響き、人の気配が近づいてきた。
暗黒竜の瞳がカッと見開かれ、巨大な顎から低く重厚な威嚇の振動が漏れ出す。
(ぬ……? また新たなニンゲンか。……ふむ、両目を失い、魔力を失った哀れな男よ。死に場所を求め、やってきたのか……)
暗黒竜は、侵入者であるレオンの絶望を瞬時に察知した。
レオンは膝を突き、冷たい岩肌に深く頭を垂れた。両目が開かないため、目の前に何がいるのかは見えない。しかし、肌を刺す圧倒的なプレッシャーから、ここに「人知を超えた存在」が鎮座していることだけは理解できた。
「偉大なる神よ……あるいは最深部の覇者よ……」
レオンは掠れた声を振り絞り、懐から一本の棒を取り出した。
「私は技師としての命を失い、絶望の淵にあります。これは……私が最後に、全魂を注ぎ込んで作り上げた魔導具……『神輝のねこじゃらし』にございます。どうか……これをお納めください……」
レオンは震える指先で、柄の根元にある極小の魔導結晶をカチリと押し込んだ。
その瞬間——。
ぽわっ、と暖かく透明感のある青白い『光の毛玉』が、空気中に浮かび上がった。
レオンの体内に残っていたわずかな残留魔力を吸い上げた魔導具が、自律駆動システムを稼働させたのだ。
光の毛玉は、まるで命を得た小動物のように、空気の層を蹴って「カサカサ、チョロチョロ」と不規則に、俊敏に旋回を始めた。
暗黒竜の頭の上で欠伸をしていたクロの耳が、ピクッ!と大きく跳ね上がった。
(ニャ……!?)
クロの視線が、空間を俊敏に蠢く青白い光の毛玉に釘付けになる。
瞳孔が限界までカッと見開かれ、漆黒の瞳がまん丸に輝いた。
(な、なんだあれはニャーッ!? カサカサ動いて、たまにピタッと止まって、またチョロチョロ逃げるニャ!……あ、あれは……! 捕まえなきゃいけない『ヤツ』だニャ!!)
前世の野良猫としての血——野生の狩り本能が、クロの全身を雷のように駆け巡った!
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第二章:黒猫様の狩り本能、大爆発!
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「ふしゅーっ……!」
クロはお尻をプリプリと左右に振り、狙いを定める。
暗黒竜は息を呑んだ。
(お、おお……っ!? 黒猫様のお姿が変わられた……! あの凄絶な構え、獲物の魂を逃さぬ神代の狩りの体術……ッ! あのニンゲンが差し出した怪しき神器に応えようとしておられるのだ!!)
光の毛玉が、ふわりと壁際へ移動し、ピタッと動きを止めた。
絶好のチャンス!
・・・ダッッッ!!
クロは暗黒竜の頭から弾丸のように飛び出すと、岩壁を蹴り上げて光の毛玉へ飛びかかった!
「ニャーッ!(捕まえたニャ!)」
両前脚でバシッ!と空間を挟み込む!
……しかし! 天才付与術師レオンの設計は完璧だった。
不規則駆動回路がクロの接近に伴う空気の乱れを感知し、直前で「ひらり」と上空へ回避!
空を切ったクロは、着地すると同時にクルリと反転した。
(むぐぐ……逃げ足が速いニャ! でも負けないニャーッ!!)
カサカサッ!
光の毛玉が岩陰へ逃げ込むと、クロは体を低くして忍び足で追う。
壁を滑り、天井近くの突起へ跳び移り、そこから大ジャンプ!
バシッ! バシッ!
ダンジョン最深部で、黒猫クロによる大躍動の「ひとり運動会」が開幕した。
暗黒竜の巨大な角をキャットタワー代わりに駆け上がり、尻尾をバタつかせながら宙を華麗に舞う。
「ニャニャニャッ!(そこだニャ! こっちかニャ!? 待つニャー!)」
暗黒竜は、頭の上や背中を縦横無尽に跳ね回るクロの愛くるしくも力強い躍動に、ただただ感涙していた。
(何という神聖なる儀式……! 天地を揺るがすあのお方の跳躍……! あの光る球体は、世界の理を模した試練の球……それを黒猫様が戯れに統べておられるのだ……ッ!)
一方、盲目のレオンは、目の前で巻き起こる凄まじい風圧と「バシッ! ガリッ!」という音に呆然としていた。
「(な……何が起きているんだ……? 私の作ったおもちゃに……誰かが……夢中になって遊んでくれている……!?)」
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第三章:完全なる捕獲と、感謝のアフターサービス
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「ハッ……ハッ……(これで終わりだ)ニャーッ!!」
激闘開始から十五分。
光の毛玉が壁際で一瞬だけスピードを落とした瞬間を、クロは見逃さなかった。
壁を蹴り、宙で体を捻りながら放たれた、至高のダブル猫パンチ挟み!
・・・ガシッッ!!
「ニャッはー!!( 捕まえたニャーッ!!)」
クロの両前脚の間に、パチパチと心地よい振動を立てる光の毛玉が完璧に収まった。
捕獲された毛玉は、使命を果たしたかのように「ぽわん」と優しい光となって消えていった。
「ニャニャー{ふぅ〜……遊んだ遊んだ。すっごく面白いおもちゃだったニャ……!)」
ハァハァと満足げな息を吐きながら、クロは着地した。
たっぷり運動してテンションが上がったクロは、尻尾をピンと立てて機嫌よく歩き出す。
視線の先には、床に平伏したまま固まっているニンゲン(レオン)の姿。
(このニンゲンが、あの楽しいおもちゃを持ってきてくれたんだニャ? 美味しいご飯もいいけど、たまには身体を動かすのも最高ニャ!……よし、お礼をしてやるニャ)
トトトと軽い足取りで歩み寄ったクロは、レオンの膝の上へひょいと飛び乗った。
「(な……っ!? 膝に……温かい重みが……!?)」
驚愕で身を硬くするレオン。
クロは「ニャニャニャッ(遊んでくれてありがとニャ)」と鼻をフンと鳴らすと、レオンの顔周りへ顔を近づけた。
そして、彼の目を覆う分厚い包帯と、激痛で脈打つ胸元(魔力回路)に向かって——
・・・ペロリ、ペロリ
と、温かい舌で感謝の毛繕い(アフターサービス)を施した!
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第四章:神視の復活と、神工付与の開眼
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その瞬間——!
・・・ドドドドドドォォォンッ!!!!
レオンの全身を、漆黒と純白が入り混じる神聖なる光芒が包み込んだ!
「ぐあぁぁぁっ……!?!? あ、熱い……っ!? 胸が……目がっ……!?」
爆発的な温もりが、レオンの体内を駆け巡る。
爆風によって焼き潰れ、光を失っていた両眼の細胞が、まるで時間を巻き戻すかのように急速に再生していく。
目が、痒い! 視界を覆っていた永遠の暗闇が、内側から眩い光によって打ち破られていく!
さらに——ライバルの策略によってズタズタに引きちぎられていた『魔力回路』。
クロの唾液に含まれる膨大な神聖魔力が激流となって流れ込み、傷ついた回路を全て呑み込むと、神代の金脈のごとき『絶対不可侵の魔術導線』として完璧に再構築・進化させていく!
「(な……なんだこれは……!? 視力が……戻る……!? それだけじゃない……世界が存在する『法則(付与コード)』が……全て頭の中に流れ込んでくる……ッ!!)」
脳内に溢れ出すのは、失われた古代の付与技術を遥かに超越する神の知識。
あらゆる物質に神の加護を刻み込み、絶対の事象を引き出す権能——『神工付与』の開眼であった!
ポロリ、と目隠しの包帯が床に落ちた。
レオンの視界に飛び込んできたのは——漆黒の毛並みを輝かせ、満足そうに前脚で顔を洗う、天使のように愛くるしい一匹の黒猫の姿であった。
「あ……あ……」
レオンの目から、溢れ出す涙がボロボロと岩肌を濡らした。
「目が見える……魔力が……戻った……。いや……それ以上だ……! 私の手は……世界を再構築する術を得ている……っ!」
レオンは震える両手を床につき、額を岩にこすりつけながら号泣した。
「黒猫様……っ! 私の愚かな玩具をお気に召してくださり……このような……このような奇跡を賜るとは……ッ!! 感謝いたします……! 感謝いたしますッ!!」
一方、仕事を終えたクロはといえば。
「ふぁ〜あ……運動したら、急にお腹が減って眠くなってきたニャ」
レオンの言葉など一切耳に入っていないクロは、小さくあくびをすると、再び暗黒竜の頭の上へとトコトコ登っていき、一番心地よいポジションでクルリと丸くなって二度寝の態勢に入るのだった。
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終章:地上に誕生する「黒猫様グッズ開発部」
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数日後。
ダンジョン街の片隅にある、ドワーフの頑固鍛冶師バランの工房。
ガンッ! ガンッ! と激しい鎚音が響くその部屋に、完璧に両眼を取り戻し、全身から凄まじい魔力を溢れさせたレオンの姿があった。
「バランさん! 角度が甘いです! 黒猫様が爪を研がれる際、手首に負担がかからない黄金比率は『三十五度』です! 私の『神工付与』で、爪研ぎの衝撃を無効化する衝撃吸収陣を組み込みます!」
「ぬにいっ!? 三十五度だと!? ガハハハ! いいぞレオン! 流石は黒猫様に奇跡を賜った男だ! わしの打つ超魔導金鋼と貴様の神工付与が合わされば、神すら傷つけられぬ至高の『黒猫様専用・爪研ぎキャットタワー』が完成するぞ!!」
かつて絶望に伏していた職人二人は、今やギラギラとした狂信の目を輝かせ、寝食を忘れて「猫グッズ」の製作に打ち込んでいた。
そこへ、聞きつけた仲間たちが次々と押し寄せる。
「おいバラン! レオン! 黒猫様のおもちゃと爪研ぎを作っているというのは本当か!?」
駆け込んできたのは、赤き獅子団のガルバ、元聖女エレナ、元魔導将軍ヴァルザックたちであった。
「ええ! 黒猫様はお食事だけでなく、『遊具』や『住環境』もお求めなのです!」と胸を張るレオン。
それを聞いたエレナの目が怪しく光った。
「素晴らしいわレオンさん! では、私が仕込む極上スープを注ぐための『冷めない神聖猫皿』も作っていただけますか!?」
「待て! 我がスモーキーカリカリ用の『薫香を閉じ込める魔法容器』が先だ!」
「がはは! 肉を食うには頑丈な金皿が一番だと言っただろうが!」
地上を統べる英雄たちが、今度は「黒猫様の至高の遊具&食器」を巡って、大賑わいの大議論を開始するのであった。
そんな地上の大騒ぎなど、知る由もない地下100階層。
(う〜ん……次はどんな面白いおもちゃや、美味しいカリカリが来るのかニャ〜……)
暗黒竜の頭の上で、黒猫のクロは幸せそうに尻尾をパタパタと揺らしながら、長閑に次の「ご馳走とおもちゃ」を待つのだった。
(第7話 完)




