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【連載版】ダンジョン最深部の黒猫様は極上のカリカリをご所望です  作者: あずきまんま


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第5話:森を追われた老エルフと、伝説の熟成干し魚カリカリ

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第一章:枯れゆく世界樹と、老薬師の決意

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深緑の豊かな木々に抱かれてきたエルフの郷エルヘイム。

しかし今、その地上楽園は、絶望の影に覆われていた。


郷の象徴であり、エルフ族の生命の源である巨樹『世界樹』が、謎の病によって黒く縮み、枯れ果てようとしていたのだ。


それだけではない。世界樹の枯死に伴い、エルフ族全体に恐ろしい不治の病——皮膚が固く荒れ果て、木片のように剥がれ落ちていく『樹皮化の呪い』が蔓延していた。


「……くっ、ふ……う……!」


薄暗い薬草研究室で、古い羊皮紙をめくっていた古老のエルフ薬師、シルヴァは激しい痛みに顔を歪めた。

彼の長年薬草を刻んできたしなやかな両手は、今や黒ずんだ樹皮のような組織に覆われ、指を曲げることすら激痛を伴う。


「シルヴァ様……もうおやめください。長老会はすでに『精霊の加護を失った老人』として、あなた様を郷から追放する決定を下しました……」


若いエルフの弟子が、涙を浮かべながら告げる。

かつては『神草の導き手』とまで称えられたシルヴァだったが、病の進行を止められない老薬師に、絶望したエルフの郷は冷酷だった。


「追放など、どうでもよい……。だが、我が一族を……世界樹を救う手立てが、どこかにあるはずなのだ……!」


シルヴァは震える手で、古代の文献の残片を握りしめた。

そこに記されていたのは、地上からはるか深層、人類の足が届かぬ絶望の迷宮——ダンジョンの最深部についての伝説だった。


『地下100階層。そこには万物を創生し、死者をすら蘇らせる神の領域が存在する』


最近では冒険者ギルドや大聖堂、果ては魔王軍の噂にまで上る奇跡の伝承。

SSランク冒険者の肉体欠損が治ったとも、聖女の黒呪が消え去ったとも、魔導将軍の腕が生えたとも囁かれる絶望の最下層。


(もはや、我が命など惜しくはない。最後にひと目……世界樹を救う『神の奇跡』が存在するのか、この目で確かめねば……!)


シルヴァは郷を追われるようにして飛び出すと、片道切符の覚悟でダンジョンへと足を踏み入れたのだった。





「ハァ……ハァ……ッ!」


ダンジョン第70階層。

群がる高ランクの魔物たちを秘蔵の薬術と爆薬で退けながら突き進んでいたシルヴァだったが、ついに限界が訪れていた。


『樹皮化の呪い』は全身に回り、右目の視界は奪われ、足の関節は硬直してまともに走ることすらできない。


「ここまで……か……」


背後に迫る大蛇の魔獣。爪がシルヴァの背を割こうとした、その瞬間——。


ガチリ。


シルヴァの足元が、怪しく青白く発光した。


(な……転送トラップ……!?)


空間がぐにゃりと歪む。絶望的な死の直前、シルヴァの身体は次元の亀裂へと呑み込ま滅していった。



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第二章:最深部での神聖なる(?)対峙

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視界が眩み、激しい浮遊感のあと——シルヴァは冷たい岩肌の上に叩きつけられた。


「グハッ……! 息が……」


充満するのは、灼熱の硫黄の匂いと、圧倒的な死の気配。

足元には太古のマグマが渦巻き、青白い毒性発光苔が洞窟を不気味に照らしている。


(ここは……まさか……)


見上げると、そこには言語を絶する『絶望』が鎮座していた。


山のように巨大な漆黒の躯。太古の威厳を纏う鋭い爪と翼。

世界に終末をもたらすと謳われるSSSランク魔獣——『深淵の暗黒竜アビス・ドラゴン』。


「お……おお……」


暗黒竜の黄金の瞳が、チラリとシルヴァを見下ろす。

その一瞥だけで、シルヴァの魂は砕け散りそうになった。これが世界の頂点に立つ魔獣。触れれば一瞬で灰すら残さず消滅する絶対の死。


「……クックック……ついに我が人生も終わりか……。世界樹よ、エルフの郷よ、すまぬ……」


シルヴァは死を覚悟し、膝を折った。

だが——ふと、違和感を覚える。


暗黒竜は、自分を襲ってこない。

それどころか、まるで『何かを起こさないように』巨大な巨躯を不自然なほどピクリとも動かさず、息すら殺しているのだ。


(なぜだ……? なぜこの竜は動かん……?)


不思議に思ったシルヴァが、暗黒竜の巨大な頭部に視線を向けた。

その鼻先の目と目の間、ちょうど心地よさそうな平らなスペースに——


一匹の『黒猫』が、丸くなっていた。


毛並みは夜のように深く、尻尾の先だけがぽつんと白い。


(ね……猫……!? なぜこのような恐ろしい場所に、ただの猫が……?)


シルヴァの混乱を置き去りにして、黒猫——クロは「ふぁあ〜」と小さな欠伸をすると、前脚でゴシゴシと顔を洗った。


(ん〜……今日もいい天気(?)ニャ。……ん? なんかおじいさんエルフが飛ばされてきたニャ?)


クロはトコトコと暗黒竜の頭から下りてくると、しなやかな動作でシルヴァの目の前まで歩いてきた。

そして、「ナァ〜ン(なんか持ってるかニャ?)」と甘えた声で鳴く。


しかし、シルヴァの目には、その姿が全く異なるものとして映っていた。


(ば、馬鹿な……!? 世界を滅ぼす暗黒竜を従え、その頭を御座所ござしょとする存在……! この神聖にして漆黒の神気……このお方こそが、噂に聞く最深部の『絶対神』……!!)


シルヴァは全身の毛穴が泡立つような衝撃を受け、その場に深く平伏した。


「おお……神よ……! 愚かなるエルフの薬師シルヴァ、お目通りが叶い光栄にございます……!」


(う〜ん、また大袈裟な人間だニャ。まあいいから、カリカリを出してほしいニャ)


クロは期待を込めて、シルヴァの膝元に頭をすりすり(圧迫)した。


(お命を乞うつもりはございません……! ですが、せめて最後のお供えものとして……我が族に代々伝わる秘宝をお受け取りください……!)


シルヴァは震える手で、腰のマジックバッグから一つの厳重に封印された桐の箱を取り出した。

それは、昔シルヴァが海のエルフ族との交易で手に入れた、伝説の逸品であった。


「……幻の魔獣『海竜』の身を天日干しにし、秘伝の薬草塩と鰹節かつおぶしの製法で数年間熟成させた……『至高の熟成干し魚』にございます……!」



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第三章:至高のお魚フレーバーと、ペロペロの奇跡

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箱の封印が解かれた瞬間——。


「————ッ!??!?」


ダンジョン最深部に、芳醇で芳しい『磯の香りとカツオの香り』が一瞬で広散した!


それは、肉の脂っぽさとは一線を画す、奥深く繊細で、日本人の……いや、猫の魂を揺さぶる至高のお魚フレーバー!


(な、ななな……何だこの匂いはニャーーーーーッ!!??)


クロの瞳が、見たこともないほどカッと見開かれた。

今まで『高級干し肉』『ふやかしスープ』『スモーキー肉』『クリスピースナック』と肉系ばかりが続いていたクロにとって、これは待ちに待った……待望の『お魚』であった!


(お魚味だニャ! お魚の味がするニャーッ!!)


クロは我慢できず、シルヴァが箱から差し出した干し魚の塊に飛びついた。


「ボリボリッ! バリバリバリッ!!」


(うまーーーーいニャ!! 噛むたびにじわ〜っと広がるお魚の出汁だし味!! ほのかな塩気と香ばしさがたまらんニャ〜〜〜!!)


クロは尻尾をピンと垂直に立て、喉を「ゴロゴロゴロゴロ……!!」と雷鳴のように鳴らしながら、夢中で干し魚を貪った。


あまりの美味しさに目尻を下げ、前脚で抱え込みながらカリカリと噛み砕いていく。


シルヴァは、その光景を息を呑んで見つめていた。


(神が……我が差し出した供物を、これほどまでに歓喜して召し上がっておられる……! あの『海竜の干し肉』が、神の御心に届いたのだ……!)


あっという間に、干し魚の塊はひと欠片も残さずクロの胃袋へと吸い込まれていった。


(ふぅ……食べた食べた! 久々のお魚、最高に美味しかったニャ〜〜〜!)


お腹いっぱいになったクロは、大満足の笑顔(猫顔)を浮かべると、「ごちそうさまニャ」の意味を込めて、平伏しているシルヴァの手元へトコトコと歩み寄った。


そして——


ペロリ、ペロリ。


と、シルヴァの固く荒れ果てた右手を、温かい舌で優しく一舐めした。


「……っ!??!?」


その瞬間。

ダンジョン最深部に、眩いばかりの『緑黄金みどりこがねの神光』が弾けた!


「あ……あぁ……っ!?」


シルヴァが息を呑む。

クロの舌が触れた場所から、全身に広がっていた『樹皮化の呪い』が、まるで古い脱殻のようにカサカサと音を立てて崩れ落ちていく!


黒く壊死していた皮膚が一瞬で剥がれ、その下から、生まれたての赤ちゃんのように白く瑞々しいエルフの肌が再生していく。

失われていた右目の視力が完璧に復活し、曲がらなかった指の関節が、滑らかに動き出す。


さらに——


(な……なんだ……この温かい魔力は……!?)


クロの唾液を通じて流れてきた膨大な神聖魔力が、シルヴァの魔力回路を激流のように駆け巡る。

脳内に、古代エルフすら到達し得なかった『植物の真理』『世界樹の構造』に関する神の知識が怒涛のように流れ込んでくる!


(見えた……! 世界樹の病の根源……そして、それを癒やす『真なる緑の奇跡』の展開方法が……!!)


それは、病の完治などというレベルではない。

失われていた神代のエルフ魔法『創世樹の加護』の完全なる覚醒であった!


「おお……おおお……ッ!! 神よ……黒猫様ぁぁぁッ!!」


シルヴァは両手を天に掲げ、感涙にむせんだ。


仕事(食後の毛繕い)を終えたクロは、「ふぅ、満足満足」と鼻をフンと鳴らすと、再び暗黒竜の頭の上へとトコトコ登っていき、クルリと丸くなって幸せそうに目を閉じた。


「感謝いたします……! このシルヴァ、この命に代えても……黒猫様のご恩にお報いいたします……!」


シルヴァは深々と頭を下げると、覚醒した神聖魔法の光を身に纏い、地上へと帰還していった。




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終章:森の民から、カリカリ漁師へ

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数日後。エルフの郷エルヘイム。


枯れ果て、今にも倒木しそうだった世界樹の根本に、追放されたはずの老薬師シルヴァが立っていた。


「シルヴァ! 貴様、密かに戻って何をする気だ!」

長老たちが武器を構えて詰め寄る。


シルヴァは言葉を発することなく、新しく再生した美しく若々しい両手を、枯れ木へ静かにかざした。


「神の御名において——芽吹き給え」


刹那。

シルヴァの手から放たれた緑黄金の光が、世界樹全体を包み込んだ!


ミシミシミシ……ッ!!


一瞬にして、漆黒に枯れていた大樹にみずみずしい緑の葉が吹き荒れるように生い茂り、天を突くほどの巨木へと超絶成長を遂げる!

さらに、郷全体に漂っていた『樹皮化の呪い』が、温かい風とともに綺麗さっぱりと消滅した!


「な……なんという奇跡だ……! 世界樹が……郷が救われた……!?」


「シルヴァ様……! 一体どんな神の秘薬をお使いになられたのですか!?」


長老たちが平伏し、教えを乞う。

シルヴァは、誇らしげに胸を張り、遥か彼方のダンジョンを見つめて言い放った。


「我が一族を救ったのは、私ではない! 地下100階層におわす神——『黒猫様』であらせられる! そして……黒猫様は、熟成されたお魚のカリカリを何よりご所望だ!!」


「「「お、お魚のカリカリ……!??!」」」



こうして、崩壊の危機を脱したエルフの郷エルヘイムは、劇的な変化を遂げることとなった。


精霊の森に住まう気高きエルフ族は、その手先の手器用さと植物調合の技術をすべて投げ打ち——

『黒猫様に献上するための至高のお魚カリカリ開発・熟成ギルド』へと変貌を遂げたのだ。


エルフたちは海へと遠征し、幻の魚類魔獣を狩り、世界樹の葉で燻製し、秘伝の塩で熟成させた「至高のお魚スナック」を日夜生産し始めた。


地上の大騒ぎなど、知る由もない地下100階層。


(ふあ〜あ……お肉も美味いけど、やっぱりお魚のカリカリは最高だニャ〜……)


暗黒竜の頭の上で、黒猫のクロは幸せそうに尻尾をパタパタと揺らしながら、次に届くであろう未知のご馳走(お魚)を楽しみに待つのだった。


(第5話 完)


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