第12話:黒猫様、魔王城を征く(※カリカリ調達部隊結成令)
かつて世界中の人間や魔族から恐れられた絶対の牙城、魔王城。
天を突く尖塔と禍々しい紫雲に覆われたその場所は、今や見る影もなく重苦しい静寂と疲弊感に包まれていた。
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第一章:落ちぶれた魔王城と、珍味の噂
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「ええい! また脱走者だと!? 四天王の一角たるヴァルザックが不審な離脱を遂げて以降、幹部も兵士も次々と荷物をまとめて消えていくだと……っ!?」
玉座の間で咆哮を上げたのは、魔王軍を統べる絶対の支配者——『狂乱の魔王バアル』であった。
豪華なワイングラスを絨毯の上に投げつけ、真っ赤な液体とガラスの破片を撒き散らす。残された僅かな幹部や下級兵士たちは、青ざめた顔でただひたすら額を床に擦り付け、嵐が過ぎ去るのを待っていた。
「理由もなく逃げおって! 我が課した『休日返上・二十四時間連続見張り勤務』や『成果不振による給与カット』のどこに不満があるというのだ! 役に立たぬ出来損ないどもめが!」
理不尽極まりないパワハラ発言に、ひれ伏す下級兵士の一人が心の中で深くため息をついた。この城のブラック労働はすでに限界を迎えており、残っている者たちも「隙があればいつでも逃げ出したい」と喉から手が出るほど転職を望んでいる状態なのだ。
「ええい、今すぐ残存部隊を集めよ! ダンジョン最深部へ侵攻し、ヴァルザックをたぶらかしたというあの忌々しい黒猫とやらを叩き潰して……!」
バアルが無茶な侵攻命令を叫び散らしていた、まさにその時。
一方、地下一〇〇階層——【奈落の淵】。
巨大な暗黒竜ヴァルグの頭の上で、黒猫のクロは「ふぁ〜あ」と可愛らしい欠伸をひとつ噛み殺していた。
「(う〜ん……今日もぽかぽかして気持ちいいニャ。でも、なんだかちょっと小腹が空いたニャ……)」
前脚を前にぐーっと伸ばし、お尻を高く持ち上げて気持ちよくストレッチをする。そんなクロの横で、ニコニコと温かい眼差しを向けていたのは、いつの間にかそこに現れていた光るおじさん(神様)であった。
「おや、クロちゃん。何か珍しいものでも食べたいのかな?」
「ニャッ(珍しいカリカリがあるなら食べてみたいニャー)」
クロが期待に胸を膨らませて耳をピクピクさせると、神様は「そうだねぇ」と顎を撫でながら微笑んだ。
「そういえば、地上の魔王城の地下宝物庫にはね、何百年も前に世界中から集められた希少な魔獣の熟成肉や、超高級な干し肉が手付かずのまま眠っているらしいよ?」
「ニャーーーーーッ!?(なにそれ絶対に美味い奴ニャ!? 放置されてるなんて勿体なさすぎるニャ! 今すぐ食べてみたいニャ!)」
輝く瞳で鼻をフンフン鳴らすクロを見て、神様は楽しそうにパチンと指を鳴らした。
「じゃあ、ちょっとお散歩ついでにお邪魔してみようか〜」
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第二章:降臨する「黒猫様」と、パニックの謁見の間
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魔王城、玉座の間。
「今すぐ出撃の準備を整えぬか、愚か者どもめッ!」
バアルが怒声を響かせた瞬間——カチリ、と空間が凍りついた。
玉座の間のほぼ中央、本来なら強力な防衛結界で遮断されているはずの空気がみしみしと音を立てて歪み始める。次の瞬間、眩い白銀の光を放つ巨大な『転送扉』が突如として空間を突き破って現れた。
「な、なに事だ!? 敵襲か!?」
バアルが叫び、兵士たちが腰の剣に手をかけたその光の中から、トトトッ……と愛くるしい足音を響かせて一匹の黒猫が歩み出てきた。
漆黒の毛並み、しなやかな身のこなし、そして尻尾の先端だけが雪のように白い小さな猫——クロである。
「ニャ(う〜ん、ここが魔王城ニャ? ちょっと薄暗い場所だニャ)」
クロは何の警戒心もなく、きょろきょろと周りを見回しながら鼻をピクつかせている。
そしてその背後から、天井を突き破らんばかりの巨躯を折りたたむようにしてぬっと姿を現したのは、最深部の主たる『暗黒竜ヴァルグ』であった。漆黒の鱗、天を突く角、そして一息で城郭を焼き払う威圧感を纏ったヴァルグが、クロの忠実な従者として寄り添っている。さらにその隣には、直視することすら叶わぬほどに眩い光を撒き散らす『光るおじさん(神様)』がニコニコと佇んでいた。
「ア、アアア……暗黒竜ヴァルグ……!? なぜ最深部の伝説の竜王がここに……ッ!?」
バアルが泡を食って叫ぶと、ヴァルグは地響きのような重低音で低く唸り、魔王城全体を揺らしながら威圧した。
「『控えよ身の程知らずめ。我らが至高の主、黒猫様のお通りであるぞ』」
「な、なに……ッ!?」
魔王軍の幹部や兵士たちは、伝説の暗黒竜を従え、背後に凄まじい神威を纏わせながら微動だにせず佇むクロのお姿を目の当たりにし、全身の血が凍りつくような絶望に襲われた。
(ひ、ひぇぇぇッ!? 最深部の暗黒竜すら従える絶対神……! 一瞬で魔王城ごと我々を消滅させに降臨されたのだぁぁッ!)
ガタガタと膝を震わせ、その場に直立不動で平伏する兵士たち。
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第三章:宝物庫の解凍と、至高の珍味タイム
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謁見の間全体が死のような恐怖と静寂に包まれる中、クロだけは周囲の緊張感など知る由もなかった。
「(クンクン……! 匂うニャ! 奥の方から、すっごく香ばしくてジューシーな最高のお肉の香りが漂ってくるニャ!)」
トコトコと軽い足取りで、玉座の脇を通り抜け、魔王城の奥深く——宝物庫へと続く廊下へ向かって歩き出すクロ。
「ま、待て! 我が宝物庫に何をする気だ!」
焦ったバアルが立ち上がり手を伸ばそうとした瞬間——ヴァルグが巨大な爪をわずかに突き出し、灼熱のブレスの気配を漂わせながら射抜くような視線を送った。
「『動くな羽虫。黒猫様のお散歩を邪魔立てするならば、この城ごと灰燼に帰してくれる』」
「ひっ……!」
圧倒的な龍圧に気圧された魔王は腰を抜かし、玉座へとしがみつくのが精一杯であった。
宝物庫の巨大な重鉄門の前に辿り着いたクロは、「ニャ〜ン(開けてほしいニャ)」と小さく鳴いた。すかさずガタガタと震えながら追ってきた兵士が「は、はいぃっ!」と涙目で巨大な鍵を開ける。
重々しい音を立てて扉が開くと、そこには金銀財宝と共に、古代の強力な封印結界によって完璧な状態で保存されていた『超高級魔獣の極上熟成プレミアム干し肉』が鎮座していた。
「(これだニャーーーッ!)」
ヴァルグが器用に巨大な爪の先をミリ単位でコントロールし、手際よく一口サイズのキューブ状にカットする。それを綺麗なお皿に盛り付けてクロの前に捧げた。
クロは待ちきれない様子で皿に顔を寄せると——「ガリッ! ボリボリッ! モグモグ!」と夢中で食らいついた!
「(美味いニャー! 熟成されてて噛むほどに芳醇なうま味が溢れ出てくるニャ! 地上のカリカリも最高だニャ〜〜〜!)」
咀嚼音を響かせながら、あっという間に皿をピカピカに舐め上げるクロであった。
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第四章:魔王の失脚と、ホワイト職場への再編
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「(ふぅ……食った食った。大満足だニャ!)」
お腹いっぱいになったクロは、ご機嫌な様子で「ふにゃ〜」と喉を鳴らすと、お肉を切り分けてくれたヴァルグの巨大な鼻先にすりすりした後、オドオドしながら案内してくれた下級兵士たちの足元へトコトコと歩み寄った。
そして「ごちそうさまのお礼だニャ」とばかりに、兵士たちの甲冑から覗く傷だらけの手足に向かって——
ペロリ、ペロリ。
と、温かい舌で一舐めした。
「……っ!??!?」
その瞬間! 兵士たちの全身を突き抜けたのは、どこまでも温かく聖なる激流であった。
長年の過酷な残業や不眠不休の警戒勤務によって痛めつけられていた全身の慢性疲労、古い剣傷、魔王の呪圧による精神的負担が一瞬にして消滅! それどころか、身体中に凄まじい聖魔力が充満し、全盛期以上の活力がみなぎってくる!
「体……体が軽いッ!? 長年苦しんでいたヘルニアと過労の痛みが完全に消えている……!?」
「く、黒猫様の奇跡だぁぁぁッ! 我々のような下級兵士にまでご慈悲を下さるなんて……ッ!」
兵士や幹部たちは感涙にむせび、ボロボロと涙をこぼしながらクロの足元へひれ伏した。
そこへ、這いつくばりながらバアルが叫ぶ。
「お、おい! 何をしている貴様ら! 今すぐその猫をひっ捕らえろと言っているのだッ!」
だが、兵士たちがバアルに向ける眼差しは、先ほどまでの怯えではなく、冷ややかな蔑みに変わっていた。
「……バアル様。我々は今日限りで、貴方のようなブラック上司に見切りをつけます」
「な、なにぃ!?」
「我らは本日をもって魔王軍を解散し、至高の黒猫様へ世界中の珍味をお届けする『ホワイトカリカリ調達部隊(黒猫教・魔王城支部)』へと転職いたします!」
「おおおおおッ!」と歓声が上がり、幹部も兵士も一斉に魔王バアルへ辞表を叩きつけたのだった。一人取り残されたバアルは「お、覚えておれぇぇ!」と惨めに退場していった。
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終章:お散歩終了と、最深部での二度寝
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「ふぁ〜あ……お肉も食べたし、お礼のお掃除もしたから、急に眠くなってきたニャ……」
ご満悦のクロは目を細め、小さなあくびをもらす。
「おや、クロちゃん、そろそろお家に帰るかい?」
神様が優しく微笑みながら再び指を鳴らすと、光の転送扉がふわりと開いた。
クロはトトトッと扉をくぐり、ヴァルグや神様と共に住み慣れた地下一〇〇階層——【奈落の淵】へと帰還した。
帰るやいなや、クロは暗黒竜ヴァルグの頭の上へトコトコと登り、一番心地よいポジショニングでくるりと丸くなると、すやすやと幸せそうな寝息を立て始める。
その後、地上では「ブラックな魔王城が一瞬で消滅し、至高のカリカリ生産・調達拠点へと生まれ変わった」という大ニュースが駆け巡り、ますます『黒猫様』への崇拝と感謝が広がっていくのであった。
(第12話 完)
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