第9話:黒猫様、地上へお散歩に出かける(※謎の美形執事付き)
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第一章:黒猫様のお散歩と、漆黒の執事
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地下100階層——【奈落の淵】 。
人類の英知も、最高峰の冒険者たちの刃も遠く及ばぬ絶望の底であり、本来ならば重苦しい死の気配と硫黄の匂いだけが立ち込める絶対不可侵の領域である 。
しかし今、その冷たく暗い岩肌の広がりに漂っていたのは、まるで陽だまりの中にいるかのような穏やかで温かな空気であった。
「ふぁああ……ぁ……」
静寂を破り、小さく可愛らしい欠伸がひとつ響く。
漆黒の毛並みを纏い、尻尾の先端だけが雪のように白い一匹の黒猫——クロは、ゆっくりと前脚をぐーっと前に伸ばし、お尻を高く持ち上げて伸びをした 。
続いて、シャッシャッとリズミカルに爪を床の岩肌で研ぐ 。
(う〜ん……毎日ここでごろごろしてるのも、ちょっと飽きてきたニャ…… 。お外の空気を吸いたいニャ。ぽかぽかしたお日様の光を浴びて、草の匂いでも嗅ぎながら、気ままにお散歩したいニャ……)
クロの前世は、路地裏を駆け回っていたしがない野良猫であった 。
毎日あちこちを探検し、陽当たりの良い絶好の昼寝スポットや、美味しそうなご飯の匂いを求めて歩き回るのが日課だったのだ 。
最深部の居心地や暗黒竜のふかふかした頭の上も決して悪くはないのだが、ふとした瞬間に外の風を感じたくなるのは、猫としての本能というものである 。
「フニャッ」
クロは一声鳴くと、暗黒竜の巨大な頭部からひらりと軽やかに飛び降りた 。
そして、しなやかな身体を揺らしながら、地上へと通じる太古の転送陣に向かってトコトコと歩みを進め始めた 。
——その時である。
「——どこへおいでですか、我が主・クロ様」
最深部に漂う漆黒の闇が、まるで水面のようにぐにゃりと歪んだ。
そこから、滑り出すように一人の男が姿を現す 。
夜の闇をそのまま切り取ったかのような漆黒の髪。底知れぬ気品と絶対的な威厳をたたえた、深みのある金色の瞳 。身に纏っているのは、一糸の乱れもなく仕立てられた完璧な漆黒の執事服であった 。
息を呑むほど整った完璧な美貌を浮かべるその男——これこそが、かつてその圧倒的な暴力で世界を滅亡の淵へと叩き落とすと恐れられたSSSランク魔獣『深淵の暗黒竜』ヴァルグその人であった 。
(ん? 誰だかよく知らん男だけど、ついて来るのかニャ? ま、一人で歩くよりは賑やかでいいニャ)
クロは気に留める様子もなく、パタパタと楽しそうに尻尾を揺らしながら転送陣の光の中へ足を踏み入れた 。
「どこまでもお供いたします、クロ様。あなた様の歩まれる尊き道に立ちふさがる愚者、あるいは無礼なる虫ケラどもは……このヴァルグがすべて、影の塵すら残さず灰へと帰してご覧に入れましょう」
ヴァルグは胸に手を当て、寸分の狂いもない見事な礼を捧げた 。
その胸中に渦巻くのは、神への信仰すら遥かに超えた狂おしいほどの忠誠心と、漏れ出でる最凶の暗黒魔術の波動であった 。
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第二章:ダンジョン街の騒然と、降臨した神話
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ズゥゥゥン……!
地上——ダンジョン街の central 広場の中央に置かれた巨大な古代転送陣が、突如として黄金と漆黒の眩い光を放ち始めた。
「な、なんだ!? 転送陣が光ってるぞ!?」
「地下50階層からの帰還者か!? いや……この光の密度は……っ!」
広場に行き交っていた数百人の冒険者、商人、住民たちが一斉に足を止め、転送陣を注視する。
やがて光の柱がゆっくりと収束し、そこから静かに一匹の『黒猫』が姿を現した 。
「……え……?」
「おい……嘘だろ……あの夜のような漆黒の毛並み……! 尻尾の先の白……!」
「く……黒猫様だーーーーーッ!! ほんものだ!! 最深部の黒猫様が地上においでになられたぞーーーーッ!!」
静寂は一瞬にして破られ、広場全体が地鳴りのような大歓声と興奮に包み込まれた!
かつて絶望の底から生還したSSランク冒険者『赤き獅子団』や、不治の呪いを克服した聖女エレナたちの口から語られ、今や世界中で神として信仰されている『最深部の黒猫様』 。
絵画や銅像でしか見たことのなかった神話の存在が、今まさに目の前の石畳の上に降臨したのだ!
「おおお……拝め! 拝むのだっ!」
「カリカリはどこだ!? 誰か高級干し肉を持ってこいッ!」
群衆が一斉に膝をつき、平伏しようと押し寄せる。
——だが、次の瞬間であった。
ドバァッ!!!!!!
「「「「ーーーーーーーーーッ!?!?!?」」」」
息をすることすら許されない、圧倒的な『死の気配』が広場全体を一瞬にして押し潰した!
歓声は掻き消え、空気は凍りつき、全員の動きが完璧に停止する。
背筋を冷たい氷で撫で回されたかのような悪寒。心臓が万力で絞り上げられるような強烈な威圧感。汗が滝のように全身から吹き出し、強者たる冒険者たちですらガタガタと膝を震わせ、その場に崩れ落ちた。
その恐ろしい覇気の発動源は——黒猫の斜め後ろに、影のようにピッタリと寄り添う一人の美形執事であった 。
「ひっ……な……なんだあの男は……!?」
「桁外れの美貌……! だがそれ以上に……体内から漏れ出している魔力の密度が……次元違いすぎる……ッ!」
「もしや……黒猫様が天界から伴われた『神聖近衛騎士』……!? いや、絶対の威厳を持つ『第一従者様』か!?」
地上の人間たちは、まさか目の前に立つ完璧な超美形執事の正体が『あの暗黒竜』だとは夢にも思っていない 。
彼らが目撃し、畏怖しているのは、神の傍らに佇み、地上すべてを平伏させる絶対の従者の姿であった 。
執事ヴァルグは、氷のように冷ややかに澄んだ金色の瞳で周囲の人間たちを見下ろすと、静かに手をかざした 。
「……控えよ、虫ケラども」
低く、重厚で、魂の奥底まで響くような声が広場に染み渡る 。
「我が主・クロ様はお散歩を楽しまれておられる。その歩みを遮る愚行、あるいは不躾な視線を向ける無礼……この私が一瞬にして灰に帰す」
「ひえぇぇぇっ!? 息をするだけで殺される……ッ!!」
「ひざまずけ! 下を向け! 視線を上げるな! 第一従者様のお怒りを買い、街ごと消滅させられるぞッ!」
群衆は蜘蛛の子を散らすように道を開け、伏せ倒れるように石畳に額をこすりつけた 。
ヴァルグはフンと鼻を鳴らすと、クロが歩く先へとサッと不可視の漆黒の魔力絨毯を敷き詰め、王の歩む道を完璧にエスコートする 。
当のクロといえば。
(わ〜、お日様がぽかぽかで気持ちいいニャ〜。……ん? あっちの方から、なんだかすごーく香ばしくて美味しそうな肉の匂いがするニャ!)
人間たちの狂乱も、執事の物騒すぎる発言も全く耳に入っていないクロは、鼻をくんくんと鳴らし、ご機嫌に尻尾をパタパタさせながらトコトコと歩いていくのであった 。
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第三章:信者たちの平伏と、猛者たちの巨大な勘違い
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クロがトコトコとご機嫌な足取りでたどり着いたのは、ダンジョン街の片隅に建てられた、元聖女エレナが管轄する『黒猫様のための献上品仕込み処』であった。
「ク、クロ様ーーーーッ!? まさか、本当に地上にお越しになられたのですか……!?」
店の奥からすっ飛んできたのは、ガルバ、エレナ、ヴァルザック、バラン、シルヴァ、ゴウガ、レオン、アルフレッドといった面々だ。
いずれもかつて地下100階層でクロの気まぐれな奇跡によって絶望の淵から救われ、今やクロを神として崇拝する世界最高峰の猛者たちであった。
「「「おおお……黒猫様……ッ!!」」」
ガルバをはじめとする英雄たちが、示し合わせたように一斉に床へひざまずき、深々と額をすり寄せる。
だが——次の瞬間、ガルバとヴァルザックの全身の毛穴という毛穴から、一気に冷や汗が噴き出した!
ドクン……! と、心臓が跳ね上がる。
クロの斜め後ろ、影のように静かに寄り添う漆黒の執事服の男。彼が放つ無音の威圧感に、元SSランク冒険者であるガルバの野生の直感が警鐘を鳴らしまくっていた。
(な……なんだ……この男から放たれている、息をすることすら狂気を感じるほどの圧倒的な圧迫感は……!?)
ガルバの背筋を、氷の棘が突き抜ける。
かつて地下100階層の暗闇の中で対峙した、あの大災厄の波動と恐ろしいほどに重なったのだ。
(も、もしかして……この威圧感……あの地下最深部にいた『深淵の暗黒竜ヴァルグ』……!?)
一瞬、あまりにも的確な正解がガルバの脳裏をよぎる。しかし——
(……いやいやいや! そんなわけないだろ!! 落ち着け俺!!)
ガルバは額に滝のような汗をかきながら、激しく首を振ってその考えを速攻で打ち消した。
(あの大災厄たる最恐の暗黒竜がだぞ!? わざわざ人間に化けて、一糸乱れぬ完璧な所作で恭しく黒猫様の執事をやってるなんて……いくらなんでも荒唐無稽すぎてあり得んッ! だとすれば……間違いない!)
ガルバの中で、さらに恐ろしい方向へ思考が跳躍した。
(このお方は……黒猫様が天界から直接伴われた『神代の処刑人』……! 我ら人間が献上品の質を巡って不毛な争いばかりしていることに呆れ、地上を直接裁くために降臨されたのだ……ッ!)
(……そうだ、その通りだ……!)
隣でひざまずく元魔導将軍ヴァルザックも、歯をガチガチと鳴らしながら心の中で猛烈に同意していた。
(この男から漂う漆黒の気配……魔王バアルなど足元にも及ばん神級の威圧! 我も一瞬『まさかあの暗黒竜か?』とアホな錯覚をしそうになったが、あるはずがない! 竜の王たる誇り高き存在が、これほど完璧な執事の立ち振る舞いで猫に従うわけがないのだ! あれは間違いなく黒猫様の『第一従者』……! 我らが少しでも不甲斐ない姿を見せれば、この地上ごと一瞬で消滅させられるぞ……!)
猛者たちが「一瞬かすめた真実」を自ら打ち消し、より一層恐ろしい巨大な勘違いと恐怖でガタガタと震え上がる中——天才料理人アルフレッドだけは、別の狂熱で目を爛々と輝かせていた。
「く、黒猫様! 本日仕込みました、至高のカニと海老の濃厚パテでございます! どうぞお召し上がりくださいッ!」
震える手で捧げ持たれたのは、銀の皿に盛られた至高のパテ。
(ニャッ!? これ、この前のめちゃ美味いお肉だニャ!)
クロは目を輝かせると、ペロペロ、ペロペロと夢中でパテを平らげた。
「フニャ〜〜〜(美味しかったニャ〜!)」
ご満悦のクロは、お礼と言わんばかりにアルフレッドの手に「ペロリ」とひと舐め(アフターサービス)を施した。
その瞬間、アルフレッドの全身から黄金の神聖光が爆発的に溢れ出し、さらなる神の調理技法が彼の脳内に直接刻み込まれていく!
「お……おおおっ! 黒猫様の祝福が……神の味が、私の中に溢れてくるーーーッ!!」
それを見たガルバたちは、涙を流しながら確信を深めたのだった。
(やはりそうだ……! 黒猫様は我らを試しておられたのだ! 至高のご馳走をお捧げし続ける限り、第一従者様の裁きを免れ、神の加護を下さり続けてくださるのだ……!!)
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第四章:至福のひなたぼっこと、地上の新たなる誓い
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ご馳走を満喫し、食後の毛繕いも念入りに終えたクロは、仕込み処の中庭にある一番日当たりの良い木製の縁台へとトコトコ歩いていった。
ぽかぽかと暖かい太陽の光が、クロの美しい漆黒の毛並みを包み込む。
「ふぁあ……」
クロは満足そうに小さく丸くなると、尻尾をパタンと一回だけ揺らし、そのまま幸せそうに目を閉じた。
(美味しいご飯も食べたし、お日様もポカポカで温かいニャ……。今日はお外で二度寝するニャ……)
すやすやと心地よい寝息を立て始める黒猫。
そのすぐ傍らでは、美形執事ヴァルグが微動だにせず佇み、クロに一切の微風や塵埃すらかからないよう、密かに透明な超高密度魔力障壁を展開していた。
「……静かにせよ」
ヴァルグが静かに唇に指を当てると、ひざまずいていたガルバたちや周囲の信者たちは、息を殺して深々と頷いた。
(黒猫様が……尊き安らぎの眠りにつかれた……!)
(ご覧になられたか、あの神々しい寝顔を……! 我ら人類は、あのお姿を未来永劫お守りせねばならん!)
(帰ったらすぐに『第一従者様』の殺気にも耐えうる、さらに至高の献上品とキャットタワーの開発に取り掛かるぞ……!)
地上を統べる英雄たちと群衆は、眠る黒猫様に向かって涙を流しながら、静かに、どこまでも静かに拝み続けたのであった。
地上の大騒ぎや、己が引き起こした新たなる神格化など知る由もないクロは、温かなお日様の光の中で、今日も幸せな夢を見るのだった。
(……むにゃ……次はカリカリとスープのどっちが来るかニャ〜……)
(第9話 完)
後々にもう一人、黒猫様のお世話係の女の子を入れようかなと思ってる。
ご覧いただきありがとうございます!
「面白い!」「クロ様がかわいい!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、
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