ペンキと感情
学校から徒歩10分のホームセンターは比較的新しく、ひどく檜の香りがした。
ペンキと…何かの塗装料だろうか?混ざり合うその匂いに頭が少し痛くなる。
「ペンキ売ってるの、こっちの方だね。」
僕よりも頭ひとつ分小さい彼女と歩く。先ほどまでは全く知り合いでもなんでもなかったのに、不思議だ。
「これだね。」
求めていたペンキを見つけ、僕は手を伸ばす。
そのとき、彼女の手が触れた。同じタイミングで手を伸ばしていたので。驚き、僕は咄嗟に手を引く。
「っ…!すみません。」
「いや、私が悪いから。」
そう言う彼女であるが気まずい空気が流れる。
…何を話せば良いのだろう…?気の利く言葉が出てこない。それは僕が話す女性が「」くらいしかいないだけではない。何かを言ってしまえば空気がさらに悪くなるかもしれない。その謎の不安に襲われていた。
彼女は僕より三歩ほど先を歩く。その背中は僕のことを避けたいようには感じられない。
しかし僕にはその心情は読み取れるほどの感受性がなかった。
そこから僕らは言葉を交わすことはなかった。静かな、しかしながら廊下の時とは違う、自然な空間が僕たちには広がっていた。
道ゆくトラックの音、自転車の鈴の音、バイクのクラクション、犬の鳴き声…。情報が耳に入ってくるだけだ。
そして分かれ道に着く。僕はここで右に曲がると家に着く。左に曲がると…朝の道だ。
「じゃあ、これで。」
僕はその言葉と共に背を向ける。瞬間、右腕が引っ張られる。振り返ると弓月先輩が俺の腕を引いているではないか。
「待って。」
そう言う彼女の頬は少し赤くなっていた。
「ごめん、えっと、今日はありがとうね。
あの…迷惑じゃなかったらまた連絡してもいいかな?」
不安のような、確認しているような、そんな口調で彼女は話す。
僕は頭を回転させ、失礼のないような、かつ空気感を壊さないような表現を選ぶ。
「ええ。大丈夫ですよ。これからよろしくお願いします。」
…少し他人行儀になってしまっただろうか…?
しかし彼女は花が咲いたような満面の笑みになって、こう言った。
「ありがとう!じゃあ、またね。」
彼女はそのまま背を向け、子供のようにスキップして去っていった。
僕は彼女の背中が見えなくなるまで動けなかった。
心拍が異常に高く、耳が熱い。
この感情に名前をつけるのはまだ早い気がした。




