閑話2:忘れないから
この話だけは絶対に忘れちゃいけないと思って。
旧3章から、第2章のラストに持ってきました。
「……え?」
僕がそれを知ったのは、何もかもが終わった後のことだった。
「やっほー! 久しぶりじゃん。元気してた?」
「まぁまぁ元気! 最近仕事忙しくて店顔出せてなくてごめんね~」
なんて、この前話したばっかりだったのに。
どうして君はいなくなってしまったんだろう。
僕と君が出会ったのは3年前。
地元のライブハウスでやってたライブイベント。
デビューしたばっかりの君を見つけた時、僕の心になにかカチッとはまった気がした。
そうして君を追いかけ続けて1年後。
君は別の事務所に移籍して、名前も変えて新しいスタートを切った。
「えっ、うそ! 来てくれたの?!」
移籍してから初めてのイベントに行って、久しぶりに顔を合わせた時の君の驚いた顔、今でも覚えてる。
またイベントに通うようになって、君が無理をしているように見えたから尋ねたよね。
「大丈夫? なんかしんどそうだけど」
「……うん、大丈夫!」
そう言って僕に見せた笑顔は弱弱しく、痛々しかった。
そのあと僕を襲ったのは君に湧いた1つの疑惑。
人気グループのメンバーと交際か? なんて記事を見て驚き、相手とされる人を知ってさらに驚き。
あんたもう立派な大人だろ? この子まだ未成年なんだぞ?
怒りしか沸かなかった。
すぐに君はグループを脱退。1人の女の子に戻ったね。
「あれ? ひさしぶり!」
街で偶然出会った君に声を掛けられて、すごく嬉しかった。
久しぶりに出会った君はあの頃に比べて少し落ち着いたように見えて、もうアイドルとしての人生じゃなくて、本来あるはずだった1人の女の子としての人生を歩んでるんだなって思ったら。とても眩しく見えたよ。
でも君は形が違ってもまた戻ってきてしまった。
今でも思うんだ。もしあそこじゃなかったら。もし君が戻ってこなかったらって。
そんなIFの世界を想像したって意味なんてないのに。
それでも僕は考えてしまうんだ。誰かと笑って過ごしてる君の姿を。
「もし私がいなくなっちゃったとして、そしたら何人の人が私のことを覚えててくれるんだろうね」
羽根のように個性が軽いこの業界は、色んな子が出てきてはすぐにいなくなる。
だからアイドルだった自分、を覚えててくれる人のことを言ってるんだろうなって思ってた。
現実は残酷だ。
ネットを見る暇もないくらい忙しかった日々が終わり、ようやくじっくりとネットで色々見られるようになった日。
僕は今でも受け入れられない事実を知った。
早すぎる君の死を。
まだお酒もタバコもダメな、そんな歳で、自ら人生を閉ざしてしまった君。
何か僕にできたんじゃないか。無理してでも予定を空けて、会いに行ったらよかった。
後悔ばかりが僕を襲った。
後を追いたくなった。
でも、できなかった。
君と撮ったチェキを眺めていると、ふととある存在を思い出す。
いつだったか、特典会のくじの特賞で手に入れた君からの手紙。
大事にしまっていたそれを久しぶりに読んで、僕は泣いた。
おめでとう!くじの特賞を君が引くなんてラッキーだったね!
君はとても優しいから私の辛い気持ちを自分に置き換えて、慰めてくれるね。
私はそんな君が私を推してくれていることを嬉しく思うし、心配でもあります。
無理しちゃダメだよ? 辛い時は言ってね?
手を握るだけでなんにもできないけど、その時できる最高の笑顔で君を迎えてあげるからね。
あとまだまだ書かれてたけど、これ以上読めなかった。
……無理すんなって、自分じゃんか。辛い時はそっちだって言えばよかったじゃんか。
手紙を濡らさないように気をつけて、再び元あった場所にそっとしまうともうダメだ。
涙がどんどん溢れてくる。鼻水も出てくる。
そうして何分泣いただろうか。鏡に映った涙と鼻水でくしゃくしゃな顔を見て、我に返る。
泣いたって彼女は帰ってこない。
ここで泣いてるだけじゃ彼女は時代に、大きな力に、消された何かで終わってしまう。
「忘れないよ。絶対に。ぼ……俺、決めた。この業界に戦いを挑んでもすぐに消される。でも、これ以上あんな奴らのために、夢を持って頑張ってる誰かの涙は見たくない。辛いことはあっても、それでも笑顔でいてほしいんだ。最後は笑顔に戻って夢を追っかけてほしいんだ。だから見てて、空の上から」
……俺の転身を。
「……ずいぶんと懐かしい夢を見たな」
夢を見た。若い頃に追いかけた、あの子のことを思い出した。
「忘れてないよ、忘れないよ」
あれから俺は会社を立ち上げ、がむしゃらに働いた。
そして、大好きで大嫌いなアイドル業界に殴り込みをかけるべく1つのグループを作った。
それも今日で終わる。
1人1人が誰かにとっての女神であるように、そう願って付けた名前は大きくなり、俺の手には余るほどだ。
そうなって気付いた。俺の復讐、にこの子たちの人生まで賭けてはいけないと。
彼女たちは今度こそ自分自身の夢を、誰のものでもない、自分だけの道を歩くことで掴んでほしい。
だから採算が取れないなんて嘘をついて、彼女たち自身に権利を買わせるように仕向けた。
もし、期限内に資金が集められなくても、足りない分は分割で払えばいい。
それを彼女たちには言わなかった。これからこれ以上の試練が訪れる。
これくらいはねのけてくれる、そう信じ、見事彼女たちはそれに応えた。
今、最後のステージの幕が開く。
幕が上がり広がった極彩色の景色の中で、君の姿を見付けた。
大丈夫、忘れてないよ。
君の手から伝わってきた温もりも、心配してくれたその優しさも。
悲しい気持ち、冷めた気持ち、嬉しい気持ち、楽しい気持ち、全て包んでくれた両手も。
これからも忘れないよ。
彼女たちが鳥のようにこの業界を羽ばたくのなら、俺は背中を押す風になろう。
どこまでも高く羽ばたいていける、その姿を背中から見守って……。
この業界から笑って逝ってやるさ。
旧版と共通の展開もここまで!
次回以降から、ちょこちょこ変わっていきます~!