22 衝撃の告白
その後、ホームルームだ授業だ昼休みやらが過ぎていく間も、高斗は桂馬瑠璃のことを考えていた。いや、もうそれ以外に考えることができない、と言ったほうが正しいのだろう。間違いなく彼はのぼせ上がっていた。
(ぼかあ学園のアイドルと恋人同士になれるんだなあ。そして、人として生き返ることも出来るんだなあ。ああ、幸せだなあ)
周囲に気持ち悪がられなら高斗がだらしない笑みを浮かべていると、いよいよ帰りのホームルームが終わった。
彼女と約束した放課後になったのだ。
「高斗! 一緒に帰ってあげるわよ! ありがたく思いなさい!」
急いで視聴覚室に向かおうとしたところに、七海が高斗の腕を取る。
高斗は慌てて、
「ご、ごめん。今日はちょっと進路のことで先生と相談があって。先に帰っててくれない?」
「はあ? 何よそれ。今までそんなこと真剣に考えたことなかったくせに」
「だ、だから、もうすぐ三年生だし、これからは自分の将来について真面目に考えてみようと思ったんだよ! ああ、そうだとも!」
高斗はオーバーに、握りこぶしを作りながら力説した。
怪しまれるかと思ったが、意外にも七海は素っ気なく、
「そう。それならあたしは先に帰ってるわね」
「え? あ、うん」
「じゃあね、高斗」
バイバイと手を振りながら去っていく七海を、ポカンとしながら高斗は見つめていた。あれだけ嫉妬深かった彼女が、どういう心境の変化だろうか。
「まあ、いいや。急がなきゃ」
そのまま視聴覚室へと向かう。
ここで遅れたら悪い印象を与えるかもしれない。高斗は急いで走った。
扉を開けて教室に入ると、桂馬瑠璃が立っていた。
「や、やあ、桂馬さん。待った?」
「ううん、今来たところよ」
「そ、そっか」
桂馬瑠璃の包み込むような優しい表情に、高斗はどぎまぎした。
「ごめん、また呼び出したりして」
「そんな、気にしないで。私と高斗くんの仲じゃない」
「あ……あはは。何だか照れるなあ」
「うふふ、そうね。それで、私にお話って?」
「えーっと……、あ、それより桂馬さんの話から先に聞こうかな! ぼくに話したいことって……?」
高斗がそう言うと、途端に桂馬瑠璃の表情が暗くなった。
悲しそうに、下を向きながら俯いている。
「……私ね」
搾り出すような桂馬瑠璃の声。高斗はただならぬ空気を感じていた。
と、いうより何か嫌な予感がする。
「桂馬さん? どうしたの? 言いたいことがあるなら、何でも言ってくれていいんだよ?」
「ありがとう、高斗くん。私ね、もうすぐ遠いところに引っ越すの」
「……え?」
彼女の言葉が、一瞬高斗には理解できなかった。引越しがどうとか、遠いところがどうとか聞こえた気がするが。
「えっと、引っ越すって、どこに? まさか、イギリス?」
「うん……どうしても言い出せなかったけど、明日には日本を発たたないといけないの。黙っていて、本当にごめんなさい」
「そ……んな」
この時の高斗の感情を言い表すとしたら、もしくはどういう表情をしていたかと問われたら、表現に困ってしまう。一つ言えるのは、確実に高斗は呆然としていたということである。あれだけ実行しようとした告白する気を失うほどに。
これで、生き返ることは出来なくなってしまった。しかしそんなことよりも、桂馬瑠璃が遠くへ行ってしまうこと。そのことが高斗に深いショックを与えていた。
「驚いたよね? ごめんね、高斗くん。本当に」
見ると、桂馬瑠璃の瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。
「何度も言おうとしたわ。でも、別れが辛くて言えなかった。特に高斗くんは、私にとって一番のお友達だから。決して、高斗くんをないがしろにしたわけじゃないの。こんなこと今更言っても信じてもらえないでしょうけど……」
「信じるも何も……ぼくは疑ってなんかいないよ」
そう言うと、桂馬瑠璃はフッと笑った。
「……あなたは、優しすぎるわ。それは長所でもあるけど、何もかも許そうとするのは短所だと思う」
そう指摘されて、高斗は俯いた。
「ぼくは……」
「私のこと、恨んでくれていいのよ?」
桂馬瑠璃の言葉に、高斗は顔を上げて叫んだ。
「そ、そんなことするもんか!」
さらに教室中に響くような声で、怒鳴り上げる。
「確かに、急に引っ越すと言われて、ビックリしてるよ。でもね、それは桂馬さんが悪いわけでもないし、ご両親の都合だから仕方ないことじゃないか! それに、君だって苦しんだんだ。こんなにぼくのことを思ってくれて……でもね? 友達だからこそ、一人で苦しまなくたっていいじゃないか。水臭すぎるよ、きみは! もっとぼくに甘えてくれ! ぼくを頼ってくれ! ぼくを利用してくれ! それが友達ってもんだろ!?」
「高斗……くん……」
「……ごめん。こんなこと、言うつもりじゃ……」
沈黙がその場を支配した。じっと見つめる桂馬瑠璃の視線に耐え切れず、高斗が目線をそらそうとした時。
「私……」
不意に、桂馬瑠璃がつぶやく。
「高斗くんがお友達でいてくれて、本当に良かったって思ってる」
「け、桂馬さん」
「高斗くんだけだったから。ハーフだからって興味本位じゃなく、普通に私と接してくれたのは」
「……だって、そんなことは関係ないから。ぼくはそのままの桂馬さんと仲良くなりたかった。ただ、それだけだよ」
「高斗くんったら、本当に嬉しいこと言ってくれるわね」
どこか寂しさも半分混じったような笑顔で、彼女は答えた。
「……今度は私が聞く番。高斗くんと会うのもこれが最後かもしれないわ。だから、しっかりと聞かせてもらうわね。あなたのお話」
「……ぼくは、きみのことが……」
「うん」
「す……す…………」
心臓が張り裂けそうなほどの鼓動を感じながら、高斗は言葉を紡いだ。
そして、導き出された言葉は。
「……何でもない。大した用事じゃないんだ。だから、忘れてくれ」
「え?」
視線をそむける高斗を、桂馬瑠璃は困惑しながら見つめた。
高斗にはどうしても言えなかった。勇気が出なかったわけではない。むしろ、どうしても気持ちを伝えたかったのに、出てきた言葉は真逆だった。
(明日イギリスに行くっていうのに、告白なんかしてどうするんだ? ぼくには彼女を引き止める権利もないし、何より桂馬さんを困らせるだけだ。だから……これで、これでよかったんだよね、ナオ?)
そう思うことにした。この場に直毘がいたらそれが正解と言ったろうと。高斗はそう思うことにした。
その後も桂馬瑠璃に何度か尋ねられたが、何でもないの一点張りで通した。
そして。
「それじゃあね。高斗くん。元気でね」
「うん……桂馬さん。さよなら」
桂馬瑠璃の声を聞くのも、これが最後かと思うと泣きたくなってくる。桂馬瑠璃は何度も名残惜しそうに別れの挨拶をすると、高斗の前から去っていった。教室に残るは、空虚感と静寂のみだった。
「ふう……ぼくも帰るかな」
ひと息つくと、高斗は教室から出ようとした。
その時。
ガラガラと扉を開く音がして、高斗は振り返った。
両手を後ろで組みながら戸口に立っていたのは、七海だった。
その顔は普段の活発な表情ではなく、冷たいまなざしで高斗を睨んでいた。
「な……七海……?」
高斗がその冷酷な視線に怯んでいると、彼女はつかつかと高斗の前まで歩き、そして言った。
「うらぎりもの」
その声は、まるで人間味を感じさせなかった。
「……あたしがいるのに、浮気しちゃ駄目じゃない……お嫁にもらってくれるって言ったのに……他の女なんかにデレデレしちゃって……あたしの気持ちを裏切るの? ……あたしを捨てるの? ……あんたは裏切り者よ! 殺してやるわ!」
そう言うと七海は後ろ手に持っていた金属バットを取り出し、思い切り高斗の頭に振り下ろした。




