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20 真綾の回想(美化二割増し)

 去年の秋ごろ、文化祭の準備を進めている時だった。

 真綾は誰もいない夜の生徒会室にひとり残っていた。


 この時期は演劇部や吹奏楽部など文化祭でやる何かしらの部活に入っている人が多く、真綾は一人でパンフレット、ポスターの発注、クラス展の内容把握、会計、各教室のパネル・ポールの割り振りなどをしていた。


『む~、わたくし一人ではとても追いつきませんわ』


 生徒会の権力を行使すれば、人をかき集めることはいくらでも出来た。この頃から真綾はリーダーシップとカリスマ性を備えていたのである。しかし、誰もやりたくないような仕事を強制することは、真綾にはどうしても出来なかった。


『ふぅ……少し休憩しますか……』


 そう言って立ち上がり、紅茶でも淹れようとした時だった。

 生徒会室の扉が開いたのは。


 そこには、見慣れない男子生徒がいた。


『生徒会長。ぼくにも何か手伝わせてください』


『? あなたは……?』


 高斗だった。この時の彼女は高斗のことなど知りもしなかった。

 彼は一人で文化祭の準備をしている真綾の激務を見かねていたという。

 そこで、親切心から仕事の手伝いを申し出てきたのだった。


(わ、わたくしを心配してくださると言うのですか……!)


 胸の動悸が止まらなかった。

 優等生の真綾にとって、人に頼られることはあっても心配されることは今までなかったのである。

 

 顔が熱くなり、頭もぼーっとしている。

 いまだかつて、こんな気持ちを味わったことなどなかった。


『あの……生徒会長? 大丈夫ですか?』


 気遣うような声。ハッと気づくと、目の前に高斗の顔が迫っていた。


『あ……あの……』


 ほとんど呟くように真綾は答えた。


『はい?』


 高斗が聞き返す。


『お茶でも一緒に……飲みませんこと……?』


 丁度一息つくところだったのでと、遅めのアフタヌーンティーを高斗と囲んだ。男子生徒に紅茶を勧めたのは、これが初めてのことだった。


 そこから会話をしていく内に、真綾は思った。

 

 高斗は言うなれば、ほんのりミルクを垂らしたアール・グレイティー。穏やかな香りながら、繊細で落ちつく味。


(あぁ……幸せですわ……)


 きっと、これは恋なんだ、と真綾は確信した。


 色々なことを話した。


 どんなテレビを見るのか。どんな食べ物が好きなのか。どんな女性がタイプなのか。高斗のことならどんなことでも知りたかった。高斗の全てがほしかった。今から思うと、紅茶の中に催淫剤でも入れていればと後悔してしまうほどだ。


 そこで、親密さを上げるために真綾は一つの提案をした。


『高斗さま。今後わたくしのことはマヤたんと呼んでください』


『え~、生徒会長のこと、そんな風に呼べませんよ』


 そう、真綾もそんな風に呼ばれたことなどない。実際『羽波生徒会長』や『マヤ様』と持ち上げられることが多かったのだ。


『いいのです。高斗さまにはそう呼んでほしいのです。と言いますか、後生ですから、そうお呼びくださいまし……』


 涙目になりながらうったえると、高斗は頬を赤らめながら言った。


『分かりましたよ……マヤたん、先輩……?』


『ふぁあっ!?』

 その言葉を聞いた瞬間、真綾は鼻血を出して椅子から転げ落ちたのだった。


 

「あの時の高斗さま……とっても可愛かったですわぁ……♡」


 高斗のことを思い出すと、自然に頬はにやけ、体が熱くなるのだった。

 真綾はドキドキと脈動する大きな胸にそっと手を当てた。

 すると、胸ポケットに何かが入っていることに気づき、取り出した。


 それは、先ほどの男からもらったラブレターだった。


「あらいけない。わたくしとしたことが、処分するのを忘れていましたわ」


 満面の笑みは消え、無表情のまま真綾はラブレターをビリビリと破り捨てた。


 そして、不愉快そうに掌を見つめて、

「手が汚れてしまいましたわね。これでは高斗さまに会うのに失礼ですわ。即刻アルコール消毒をして殺菌しなくては……制服も燃やして新品に着替えましょう」

 

 男が聞いたら卒倒しそうなことを、淡々と真綾は呟いた。そして、

「待っててくださいまし、高斗さま。今日こそ、何としてもあなたをわたくしのものにしてみせますわ。そう……何としても」


 そう言うと、真綾は冷徹な微笑を浮かべた。

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