3.幕間。夢喰い花。 1
夢悔い花 前書き。
陰の国フィンドアの密かな侵攻を防いだ熱砂の国サザはしかし、王都消滅の憂き目に合う。落魂を濫発して砂漠の街クレイフを崩落に沈めた濁眼の聖騎士は奈落に消えた。
サザを脱した勢力は2つ。今や一大勢力となったギルド、ラーダンモール。果実を手に入れた亡国トマの涙タマウとギルド月雲の事務屋コットスが率いる、浮葉。2つの勢力とは別にウキハから離れる影も2つ。ホードのアンと流浪者達。
北方大陸を起点に、コナゴナになった世界は、少しずつ進んでいく。でも、その行く先は?
天為達は、北方大陸の南端にある守護者の門へ向かうが、そこは既に……。
天為達が、次の旅へと向かう、その直前。幕間のお話です。
さあぁぁぁっと、雨が降っていた。細かいがしっかりとした雨で、風景を灰色に染めている。今、彼らは砂漠を抜けて、森林に入り込んでいた。深い森の中を避けて、緩やかで平たい川沿いを進んでいく。彼ら……呼ばわる者ハル、天使セツナ、鳶狩り高坂、全僧天為……は、浮葉で事務屋コットスから譲り受けた異質の馬に乗り、旅を続けていた。異質の馬には10本の足があった。立ち漕ぎ舟の櫂の様な形の足だ。垂直に立てている時はゆっくりと移動し、水平に開く程高速に移動する。馬は天為達ドラフを乗せて苦もなく浮かび、飛ぶ。地上から2メートル程度の高さが基本だが、短時間なら、高くも飛べた。その灰色で卵の殻の様な質感の外郭で構成される異質の馬は、今、緩い小川の端を滑走していた。雨は降り続けていた。砂漠を抜け、地域が変わり、季節が梅雨を迎えようとしていた。世界は静かに灰色に包まれ、馬の飛ぶ音と天為の鼻歌だけが、雨の隙間を埋めていた。高坂は天為が何かを歌っているのに気がつき、でも、そのままにしていた。繰り返し歌の中に現れる雨という単語に惹かれて、高坂は天為に何を歌っているのか聞いたが、答えは帰らなかった。天為の鼻歌が余りにも繰り返されるので、ひょっとしてサビしか知らないのかと、天為に問いかけた。天為は、
にはははは。
と笑った。多分、サビしか知らないのだろう。あの、コーマを抜けた後、天為は知るはずのない事を話し、知るはずのない歌を歌う事があった。多分、今もそうだ。何かをきっかけに何かの一部を思い出しているようだ。天為は煙る雨について、虚しい色の雨について、口ずさんでいた。ゆっくりゆったりとしたメロディーに纏わりつくような歌詞が踊る。彼らは異質の馬に跨がり、梅雨が始まりかけている川の畔をひたすらに進んでいった。天為は外衣のフードを深くかぶっていたが、煙りの様に舞う雨は彼の長く切れる瞳を睫毛を濡らしていた。天為は気にせずに雨を口ずさむ。整った横顔に雫が滴る。高坂は天為の歌と気配を背後に感じながら、進行方向を見据えていた。彼の前に座るハルは異質の馬をコントロールする事に夢中になっていた。ゴーグルをはめて外衣の前をしっかりと閉めて体温を奪う雨と戦っていた。愛らしい赤毛が頬に張り付いていた。ふと、先日のやりとりが思い浮かんだ。高坂がリンと話をしていたところをハルが見つけたのだ。
「あ、それ、ヘビの足でしょ?あれ?でも、それって沼の国の風習よね。」
高坂は違うとだけ答えた。事実、確かに違う。高坂はトマの鳶狩りで彼が所持していたのはリンであって、ヘビの足ではない。ヘビの足はただの現担ぎだ。中型の爬虫類や鳥類の足を干して乾燥させたものをヘビの足と呼んだ。在るはずのない、ヘビの足を奇跡の象徴とするヌーギドの御守りだ。だが高坂のそれは、ちがう。
……これは、リンだよ。ハル。
説明する気のない高坂はその時はそれ以上言葉を発しなかったが、雨の中、静かな時間を過ごしている今、ふと、全てを話してもいいかな?と高坂は感じた。ハルを呼び止めようとして……邪魔が入る。
「いや、しかし、もう少しですよ。守護者の門は。この森を越えると眼下に門の街が広がって要るはずですよ。いや、楽しみですよね。本当。」
異質の馬は相変わらず「おしゃべり」だった。高坂のおしゃべりの気持ちは消えた。何も知らないハルは軽く返す。
「ご説明ありがとね。つか、返事が面倒いから暫く、黙っててよね。」
運転に夢中なハルは冷たく異質の馬に返した。馬の声は少し傷ついた様子だ。
「ええ、ええ。勿論です。私がお話するのは、ドライバーである貴方の気分転換に、と考えたからです。不要であれば、許可が降りるまで、口を閉じていますよ。勿論、勿論。」
意外と素直だ。
「ところで、この先どちらに進むんですかね。いや、その、なんていうか。所謂一つのコーキシンと言えばいいですかね?どーも、私は知りたがりで。ええ、あのドライバーさんの邪魔をするつもりは全くですね……
素直だが口が閉じる事は無い。この異質の馬はありとあらゆる意味で異質だった。高坂は苛立つハルの背中を見てにやりとした。
……馬のターゲットにならなくて良かった。もうしばらく寝たふりしておくか。
背後では、天為が緩やかに流れるような歌を口ずさんでいる。前方ではハルと馬のすれ違う口喧嘩。心にはリン。梅雨の始まりの川の畔は平和で、ただ、ただ、時間だけが、過ぎていき……そして、さぁ、さて。そろそろだ。異質の馬が言ったようにもうすぐ、森を抜ける。そこには守護者の門の下に広がる巨大な都市が待っている。次の冒険が始まるのだ。




