2.砂の果実。 コットス。 3
その地下室にも緩い光が差し込んでいた。散らかった部屋を赤く包んでいる。非常に大きなベッドが部屋の奥に設置されている。ベッドの上には裸の若い女性が二人倒れ込んでいる。瑞々しい肢体に乱れたシーツや髪が絡まっている。たっぷりとした乳房が呼吸と共に伸縮を繰り返している。
ベッドの前にもまた、大きな家具……テーブルが設置されていた。テーブルの上は、色とりどりで汁気たっぷりのフルーツと焼き上げられたばかりの肉料理で埋め尽くされていた。
「で?何だってんだ一体?」
料理に覆い被さる様にして食事をしていたその男は、コットスに言った。
「明日にしてくんねぇか?俺ぁ今、腹減ってんだ。酒も飲みてぇ。飲んで食ったら眠くなるだろうから、話は明日だな。それが一番良い。」
身長3メートルはあろうかというその大男はそう言う間にも、肉塊から、肉を切り取り、口に運び、引きちぎったパンと共に、ワインで流しこんだ。一口二口租借しただけで次々と呑み込んで行く。その様子を見ながら、やれやれとコットスは思った。性欲を満たして、今は食欲。そして睡眠欲か。本能の塊だな。野生動物と変わらん。
「いや駄目だ、ガンウェル。重要な話だ。」
「ったく。わかったよ。早くしろよ。飯が不味くなる。」
事務屋コットスは、素っ裸のガンウェルとは対照的にセットアップのスーツでかっちりと身を包んでいた。手を後ろに組んでいる。
「フィンドアの魔人を北の砂漠で拾った。意識が戻らないので話は聞けてないが、恐らくは、サザへ軍事的侵攻を行う為の調査だろう。……或いは、もう、既に。」
「以上か?終わったんなら、帰れよ。」
「いや、もう一つ。トマの涙が、果実探しの客の中に混ざっている。」
「はぁ、ほぅ、で?以上か?帰れよ。」
「どちらもクレイフの防衛上、非常に重要な情報だ。対策は打たないのか?」
「うたねーよ。知るかボケ。」
血の滴るステーキを切り取り次々と口中に放り込む。
「あんなぁ、コットス。わかんねぇかな?金や権力じゃねぇのよ。うまい飯、かわいい女、暖かいベッド、後は喧嘩。それだけでいい。街の防衛とか知ったことか。正義なんてウンコクッテロだ。」
「最後の一言は同感だ。正義など糞食らえだ。だがな、ガンウェル。大勢の人間が集まって暮らすにはルールが必要だ。正義ではなく秩序が。コントロールする側のルールを正義と呼ぶ。だから、正義は糞だし、必要なのだ。」
「おいおいおい。頭おかしいのか?人の飯時に糞糞うるせえよ。」
「ま、確かにそうだな。で、本件については傍観でいいのだな?」
大きなため息をついてから、ガンウェルはナイフとフォークを投げ出し、口元の油を拭った。
「ぶっ殺すぞ、コットス?俺がいつ後からいちゃもんつけたってんだよ?あ?俺がそんな下らねえまねすっかよ?なぁ。」
「いや。しないのは百も承知だ。だが……
ガンウェルは静かに事務屋コットスを見つめる。赤から青に色合いを変えていく夕暮れの先駆けの世界で。
……だがな、サザ国最強の熱砂師団の師団長、ガンウェル小将の許可なくしては、街のごろつきごときは何もできない。私達には公的機関の後ろ盾が必要なのだ。」
「あぁあぁ、何だよその言いぐさ。完全に上から目線じゃねぇかよ。ま。いいんだが。」
ガンウェルはゆっくりと立ち上がり、裸のまま、自身の半分程しかないコットスを見下ろした。にやりと口の端で笑う。と、同時に巨大なテーブルを蹴り飛ばした。100キロはあるテーブルがコットスに直撃する。それはコナゴナに砕け散り、吹き飛んだ。大きな音と粉塵の中から、かっちりとしたコットスが現れる。微動だにしていない。
「では、これをもって了承を得たとのことで、承知した。」
笑いもせずにコットスは回れ右をして、靴音高く、歩き去った。ガンウェルはそれを見送った後、豪快に笑った。
「おもしれーよ、コットス。いつまでそのスタンスでいくんだ?無理だろ?そろそろ?」
ぎゃははははは、とガンウェルは笑った。そして、砂漠に日は沈む。