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世界が生まれ変わる物語。  作者: ゆうわ
第二章 砂の果実。
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2.砂の果実。 コットス。 1


 ふー。


 男はため息をつき、眼鏡を直した。大きな黒檀の机に肘をつく。考える事は山ほどある。調整すべきことも。太陽は中天を過ぎ、その脅威を遺憾なく発揮している。鮮烈な日の光に照らし出される彼の眉間には、深い深いしわが古傷のように刻まれている。


 「しねやぁぁぁぁああっっ!!!」


 殺し屋が命を奪いに来ると言う実に……平日であるとか、通常であるとか、平和であるとかが、似合ういつもの午後だった。


 ……事務屋コットス。


 これが彼の通り名だった。彼は机上の書類を次々と確認し、サインをしていく。熱砂の街クレイフの裏の顔だ。まぁ、全員が知っているのだから、表の顔といっても差し支えないのだが。

 この街には、サザの軍隊が駐屯しており街の治安を守っている……ことになっている。実際は賄賂まみれで、コネとカネが無い事には何も守ってくれない。衛兵長の口癖は、「貧乏人は死ね。」だ。

 と、言う訳で、貧乏人達はコットスの所に泣きついてくる。彼は善人ではないが、彼らのギルド《月雲》と街人の利害が一致する間は、助けてくれる。衛兵が相手であっても、シマツする事もある。街人同士の諍いや禄でもないチンピラの無法も、主観で裁く。無論、数々の恨みを買っている。そして、今日もいつものように彼の下に、殺し屋がやってくる。下品な雄叫びを上げながら。


 「しねやぁぁぁぁああっっ!!!……ぁ、あ?


 事務屋コットスは、その呼び名の通り、事務を続ける。敵対する新興ギルド《ラーダンモール》との和睦の算段を取ろうと情報を纏めているのだ。


 (サザの貴族と繋がりがあるのか。であれば、そこから攻められそうだな。叩いて埃の出ない貴族はいないからな。)


 コットスは、パトロンの貴族を脅し、ラーダンモールへの資金供給を一時的に阻害する方法を考え始めた。

と、同時に招かざる客達についても思案していた。果実の提出について王都からの再三の要求も問題だ。さらには、涙を流すのか、或いは拭き取ってしまうのか。これは非常に重要な問題だった。さて……


 「あ、ぁ……何だ?ち、力が……


 シミターを振りかざしコットスを殺そうと襲いかかってきた大柄な殺し屋は、勢いを失い、膝をついた。事務を続けるコットスは見向きもしていない。殺し屋は、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。彼は声も出せずに震える。


 (何が起こっているんだ?術か?いや、そんな仕草は見せていない。護衛も付近には居なかった。一体……


 ……何がおこっているのか?」


 コットスは殺し屋の心の声を引き継いだ。溜め息を付き、硝子ペンを置き、眼鏡を直して立ち上がった。身長160センチメートル程の小柄な壮年の男性だ。かつ、かつ、かつ、と規則正しい靴音を響かせ、コットスは殺し屋に近づく。うつ伏せに倒れている殺し屋の顔前で光る革靴を止めた。ぱりりとした黒いスーツに身を固めている。曰わく、事務屋の戦闘服だそうだ。


 「お前など身体の自由さえきけば、簡単に殺せるのに。」


 コットスは代弁する。殺し屋は正にそう思っていた。そして、「では、試して見るがいい。私を殺せるかどうか。」と声がかかる瞬間を待っていた。自尊心の高い事務屋にありがちな行動様式だ。実戦経験の少ない、権力だけが強い人間にありがちな行動だ。そしてそれが命取りになる。顔も上げられない殺し屋はその瞬間を待っていた。


 「では、試して見るがいい。私を殺せるかどうか。」


 来た!馬鹿だコイツ。さあ、クダラナイ手品はここまでだ。馬鹿にしやがって!殺してやる!!さぁ、さぁ!!


 「とでも言って欲しかったのか?」


 殺し屋は全身から血が引いていくのを感じた。それだけではない。感覚がどんどん失われていく。急激に何かが窒息していく。ナンダコレハ?


 「すまんな。私は少々、忙しくてな。」


 コットスはそれ以上、言葉を発しなかった。黙って殺し屋の背中を鷲掴みにしたかと思うと、無造作に入り口の扉に向かって大男を投げつけた。扉をぶち抜き、通路の壁に激突した殺し屋は、そのまま絶命した。よく見れば、その壁には何かを叩きつけた跡が幾つも残っており、この騒ぎが最初ではないことを示唆していた。


 かつ、かつ、かつ。コットスは規則正しく歩き、机に座った。


 「さて、」


 と、小さく呟いてから、事務屋の仕事を再開した。よくある、いつもの平和な午後だった。

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