3.幕間。夢喰い花。 2
徐々に雨は上がりはじめ、異質の馬は傾斜する森を駆け上がる。森を上がりきったところで、からりと空は晴れて、雲が渡る。彼ら流浪者の足元からぐっと森が抉られる形で何百メートルも下って行く、その先に広大な都市が広がっていた。石と鉄で出来た建物が幾つも連なっている。石鉄の都市は切り立った渓谷のような迫力を備えていた。彼らの目線の先には目的とする守護者の門が待ち構えていた。山のように……高さ1000メートルと言われている……そびえていた。が。
「育ちすぎじゃね?」
天為はひかえめにクレームを付けた。石鉄の都市は蔦と苔に浸食され、水没していた。他国との交易に栄え、商業と工業の熱気に包まれていた石鉄の都市の面影はどこにもなかった。
「……綺麗。」
ハルは呟いた。都市を覆う蔦や苔は蛍光を放つ、透けるようなグリーンで、路地を流れる水は完全に澄明だった。花を好む虫や鳥が舞い、姿を見せない生き物たちは歌っていた。空に消えた雨の雫が虹を呼んだ。でも、その虹は咆哮にかき消される。
「か、勘弁してよ……。」
高坂がその巨体に似合わぬ……でもいつも通りの……情けない声を出した。咆哮を発した主はエメラルドグリーンの鱗を備える大きな大きな竜だった。樹海さながらの石鉄の都市から舞い上がった。頭から尾の先まで800メートルはある。クレイフで出会った鯨は長さ1キロだったが、この緑竜は横幅が違った。質量が違う。緑竜は興奮しきっている様子だった。
「ああ。いけません。危ないと思いますよ。ここは。」
異質の馬は、震える声で警告した。ハルが馬に聞き返そうとした時、守護者の門が震えた。門の根元から石の巨人が立ち上がった。その頭は門よりも高い位置にあった。石の巨人は竜に向かい移動する。
「何故、守護者がまだ動いているのです?」
ハルの胸元に隠れるセツナが抗議した。守護者は全て滅ぼしたと聞いていたのに。やはり世界は狂ってしまったのだ。世界はコナゴナになったのだ。
「いやー。なんだこれ。都市は自然に還っちゃってるし、緑竜は怒ってるし、守護者がうろついてるし。どっから手をつければいいんだ?これ。」
「全部無視して、門に向かおう、天為。」
「だな。やってらんないよね。こんなの。」
「って、どうやって門まで行くのよ?都市の中心に門があるのよ?そもそもどうして門に向かうのかまだ……。」
天為は寝ていた。鼾をかいている。異質の馬の上でぐっすりだ。はぁ?今、話してたとこじゃん!なんでもう寝てんのよ……と、突っ込もうとしたハルはしかし、寝てしまった。高坂も寝ている。身体の小さなセツナは勿論。彼らの頭上には、いつの間にか大きな、直径3メートル程の花が咲いていた。ゆっくりと花粉を降らせていた。そして、最後に寝たのは異質の馬だった。
……ああ。夢呼びの花粉ですね。これを吸い込んじゃうとマイトが眠りの波長になるんですよね。私でさえ、寝てしまいますよ。これ。ああ。困ったな。どうしょう。花粉で眠らせ、蔦で絡め取り養分にする肉食花の仕業ですね。困りました。このままでは、「夢悔い花」の餌食に……
そして、皆、眠りについた。彼らは蔦に絡め取られ、緩慢な死に向かいながら、一つの夢を共有する。それは、始まり。天為の旅が始まった、あの時の夢だった。