act.13.5 アナタガスキ
曽根みゆきの一件が片付いた頃、宗光はあの紙を手に裏山に来ていた。その紙を作り出した本人を探したが、寮にも校舎にもいなかったのでこの裏山にいるだろうとあたりをつけたのだ。
彼はやはりそこにいた。少し小高い丘になっているその場所は彼のお気に入りなのである。
「……おや、どうしたんだい?」
「寮長、これを返しにきました」
「…紙…?」
「学園を騒がせたキューピッドさんの紙です」
「……」
「これを作ったのはあなたでしょう?」
宗光は古ぼけた和紙を手渡すと巻いていた数珠を懐にしまった。清雅は一瞬瞳を揺らがせたかと思えば、またいつものように目を細めて煙管を加えた。
「…これに封じ込められていたのは狐の妖でした。あなたはこの学園に長い間生徒として在籍していると聞きます。あなたがこれの存在を知らないはずがない」
「……単純な推理だけど、当たってるよ。それを作ったのは僕だ」
「もう浄化されていますが、作った本人に返すのが筋かと思いました」
「懐かしいなぁ…これはね、好きな女の子の気を引くために僕が作ったんだ…」
『これはなに?』
『キューピッドさんだよ。やってみて。手袋を必ずしてね』
『わかった』
『キューピッドさん、キューピッドさんおいでください。おいでくださいましたらイエスの方へ…』
『すごい、本当に動いてる』
『キューピッドさん、僕の気持ちをこの子に伝えて』
『…清雅?』
『だってキューピッドだよ?いいからほら、見て』
《アナタガスキ アナタガスキ アナタガスキ》
「寮長?」
「……ああごめん、思い出してた。この紙のせいで騒動が起きたならごめんね。すっかり忘れてたよ」
宗光は紙を懐かしそうに眺める清雅をまっすぐ見つめていた。そして決意したように重々しく口を開く。
「寮長は…楠志津香という人をご存じですか?」
清雅の気配がすっと冷たくなった。それは限りなく殺気に近く、宗光は肌に感じるその気配に息を呑んだ。
「…志津香は俺の叔母にあたります。20年前、高校生の時に行方不明になりました」
「……どうして僕に聞くんだい?」
「さっきも言いましたが寮長はこの学園にずっと在籍しているでしょう?叔母はこの五陵の…生徒でしたから」
「……ああ、覚えてるよ。そして悪いけど彼女の行方は僕にもわからない。20年前、君のお父さんにもそう答えたはずだけど?」
「……そうですか」
「…君はお父さんに…いやお祖父さんによく似てるね。その目も霊気もそっくりだ」
そう言って清雅は冷淡な笑いを浮かべた。今、不用意な発言をしたらただでは済まない、そう思えるほどに彼の殺気は研ぎ澄まされている。
「…話はそれだけかい?それならもう寮にお帰り。もうじきにさゆりが寮に戻ってくる」
「…」
「可愛いよね、さゆり。志津香によく似てる」
「……!それは…どういう…」
「わかっているんだろう?志津香もさゆりと同じだった、ということさ」
その言葉が宗光の耳に届いたとき、宗光は煙に包まれていた。清雅の吐き出した煙である。それが晴れたときにはもう清雅の姿はなかった。
続く




