二人の日常
「出来たわ!」
その日、私は王家から依頼された仕事であるお姫様へのお誕生日プレゼントの製作に励んでいた。
お姫様がご所望の砂時計は"虹雨"だったので、いつもよりちょっぴり多めの魔力を使う。
贈る相手は10歳になるお姫様だから、雨空色はほんの少し明るめにしておこう。そして虹色は鮮やかに、雨上がりの雨粒のようなキラキラ光る砂もプラスして。
うん、我ながら綺麗。
「あら、力作ね? 箱は用意しておいたからラッピングしましょ」
ジューダが"虹雨"を手に取り光りに透かして見ながら言った。
「喜んでいただけるかしら?」
「きっと喜んでくださるわ」
私としては相手は王家だし、下手なもの作って怒られたらと戦々恐々としているのだけど、ジューダは特に何も気にしていない様子だ。
肝が据わっているというか何と言うか、ジューダに怖いものはないのだろうか?
……なさそうだな。
「クレセは、虹が好き?」
"虹雨"を収めた箱に可愛らしいピンク色のリボンを結びながら、ジューダが問い掛けてきた。
「ええ。虹の始まりが見たいと言って走り出して転ぶ程度には好きよ」
渇いた笑いを零しながらそう言うと、ジューダは可哀想なものを見る目で私を見ている。
確かに呆れられても仕方のない思い出話だけれど。
幼い頃の私は、虹の根元には宝物が埋まってると言う話を聞いて、それを真に受けたのだ。可愛い子供ではないか。
「……残念な子だったのね」
……その言葉は出来れば心の中に仕舞っておいてほしかったわ、ジューダ。
ラッピングを終えた"虹雨"は、すぐに送るわけでもなく、お店の一番奥にある戸棚に仕舞われた。
なんでも、後日王家の使用人が受け取りに来るのだそうだ。
暫く大仕事を終えた後の達成感に浸っていたのだが、ふと店内の現状を思い出して我に返った。
先日やってきたご令嬢達の群れがごっそりと砂時計を買って行ったので、店内の砂時計が在庫切れになっているのだ。
ジューダがガラス細工を沢山用意してくれていたので、私は砂作りに取り掛かることにした。
その時、ふとお店の外に目をやると、グローイン公爵がそれはそれは可愛らしい女性とやたらとベタベタしながら歩いている姿が見えた。
……よし、見なかった事にしよう。
人気の空模様シリーズは手馴れたもので、今では何も考えなくても作れるようになった。
最近、少し魔力が増したのかキラキラ輝く砂が簡単に作れるようになったり微妙に色を変えられるようになって繊細なグラデーションが楽に作れるようになっていた。
少し頭を使えば新しいものが作れるのではないか、そう思った私は砂作りに没頭していた。
「クレセ? なんだか良い匂いがするのだけど、一人で何か食べているの?」
ジューダの声がしたので顔を上げると、そこには真顔で私をガン見しているジューダの姿がある。
「食べてないわ。これよ、苺ジャムの匂いがする砂」
私が考えた新しい砂、それは香りつきの砂だった。
「良い香りね! 食べられるの?」
砂だっつってんのに。
「……ゴホン。砂だから、食べられないわ。香りだけよ」
今にも食べそうな勢いのジューダからしっかりと砂を守りながら説明すると、ジューダはあからさまに残念そうな顔をした。
甘そうなものなら何でも食べたがるなんて、ジューダだって結構可哀想な頭をしていると思う。
「クレセ、今あなた良からぬことを考えたわね……?」
「いいえ……いや、まぁ正直考えたわ。それよりジューダ、この香りつきの砂はどうかしら?」
魔法で香りをつけているから、半永久的に香りが持続する。部屋に置いておけばほのかな香りが広がっていくという、言わば芳香剤のようなものだ。
3分計る? もうそんなもの必要ない。
「悪くないわね。……でも、常に苺ジャムの香りがするのでは、お腹が空いて仕方ないわね……」
「苺ジャムは丁度視界に入ったから作ってみただけよ。ラティアの花の香りは安眠に効果のある香り、ミラーダの花の香りは心を落ち着ける香り……」
ラティアの花は前世で言うところのラベンダーだ。ミラーダはカモミール、だったかしら。
「なるほど、夢が気になって安眠出来ず、夢を見ると心が落ち着かなくなるクレセにピッタリね」
「……いや、そういうつもりでもないのだけど……そうね、作ったからには試しに自分で使ってみようかしらね」
おっと涙が。
「それは冗談として、いいんじゃないかしら? 可愛らしいと思うし、とても女性らしいわ。ラティアやミラーダの花びらを模した砂を入れてみたらどうかしらね?」
ジューダの助言を聞いて、私はもう一度砂作りに没頭した。
花びらを模した砂は大きすぎて詰まってしまうので、落ちた砂が花の形になるように細工を施した。
いい香りをさせながら次々と小さな小さな花が咲く、我ながら可愛らしい砂時計が出来たと思う。
早速店頭に並べてみよう、そう思った私はるんるん気分でレイアウトをしていた。
そしてふと窓の外を見ると、またも女性を連れて歩いているグローイン公爵が居た。
……明らかにさっき見た女性とは別の女性を連れている。たった数時間で乗り換えるとは、さすが女の敵と言われる男である。
しかし、顔だけは良いので一日だけの相手……いや、一夜だけの相手でも構わないという女性も多いのだろうな。私はぼんやりとそんな事を考えていた。
一夜だけの相手なんて、考えた事もないなぁ。
一目だけでも陽志に会えたら、と思った事はあるけれど。
一夜だけと一目だけ……この場合はどちらの方が愚かな考えなのだろう? 言わずもがな後者だろうな。居るはずのない男を一目だけでも見たいだなんて、絶対に叶わないのだから。
「……はぁ」
やはりミラーダの香りの砂時計は売り物にせず自分で使ってみよう。私は少し心を落ち着かせるべきだ。
そう思った私は、砂時計を握り締めてスカートのポケットに突っ込んだ。
「今日はもう閉めましょうか」
というジューダの一声で、私達は閉店準備を始めた。
時計も大雑把なこの世界だから、閉店時間はあまりキッチリしていない。日が暮れ始めたら閉店、ジューダのお腹が空いたら閉店なんてこともあったりする。空腹閉店は、あったりするどころか結構頻繁にある。おそらく今日もそれだ。
着々と閉店準備を進めていると、お店の入り口に近付いてくる人影が一つ見えた。
お客様だろうかと思って暫く待っていると、そこに現れたのはグローイン公爵だった。
「こんばんは、クレセ嬢。もう閉店ですか?」
グローイン公爵は一人で来たようで、先程見た女性は連れていなかった。
「いえ、」
見るものがあるのなら待ちますが、と言おうとしたところ、ジューダがグローイン公爵の姿に気付いて口を開いた。
「もう閉店するのだけ……ど、良かったら夕飯を一緒にどうかしら?」
他人を夕飯に誘うなんて珍しい、そう思ってジューダの様子を伺うと、彼女の視線はグローイン公爵の顔へは向かって居ない。何を見ているのだろうと彼女の視線を追うと、彼女はグローイン公爵の手元を見ていた。
「それならその席でご一緒に」
グローイン公爵は、にこりと微笑むと、手にしていた上質そうな瓶を掲げて言った。
要するにジューダは美味しそうなお酒に釣られたわけだ。
普段は何を考えているか解らないジューダなのに、こういう時だけはとても解りやすい。
……まぁ、私は彼女のそんなところが好きなのだけど。