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ヘンゼルと悪い魔女  作者: 銀ねも
終章「わたしが見せる夢」
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世話のやけるお兄ちゃん

 わたしは長い話を締まりのない言葉で結んで、ぐいと伸びをした。わたしの隣に腰かけているママ・ローズが、けらけらと笑う。


ママ・ローズはわたしがグレーテルから生まれた、グレーテルであってグレーテルそのものではないということを、すぐに理解した。頭の柔らかい男だ。

グレーテルはこの男の、気さくな禿げ頭と、やさしいなよなよしさが好きだった。わたしも、この男が嫌いではない。だから、ヴァロワの門番とママ・ローズが揉めているところに仲裁に入ってやったのだ。ママ・ローズをわたしの特等席に連れて来てやって、長い話しをしてやった。

ママ・ローズはくすくすと笑っている。


「アタシ、あんたのことを誤解してたわ」


それはどんな誤解なのか。詳しく訊いてみると


「あんたはヘンゼルのことを憎んでいるのかと思ってたの。ヘンゼルを潰してしまおうと、していると思ってたのよ」


 勝手につぶれようとしているのは、ヘンゼルだ。

だけど、憎んでるって言うのは、あながち誤解じゃない。わたしはあんな卑屈で、臆病で、心が脆い男なんて大嫌いだ。裏切られ、死んだグレーテルの恨みをわたしは受け継いでいる。

 そう反論すると、ママ・ローズは、鼻で笑った。


「それじゃ、どうしてそんなに一生懸命になってるのよ」


 それはきっと、グレーテルの意地だ。どんなにいけすかない奴でも、正義の味方として、弱いものを守らなければならない。

 ママ・ローズは、やれやれと肩を竦めた。


「だったらあんた、ルシカンテちゃんにも、同じようにしてあげられるの?」

「そうしなきゃって、話したばかりだったと思うけど」

「ヘンゼルとまったく無関係だとしても、同じように出来るのかってことよ」

「そこまでしてやる筋合いはないでしょ」


わたしが片眉をはねあげて言うと、ママ・ローズがしたり顔をした。


わたしはよくよく、考えてみた。

今までのいきさつをすっかり話して、矢張り、自分でもおかしいと思う。

わたしはどうして、ヘンゼルを生かすために、ここまで手を尽くしてきたのか。これからも、手を尽くそうとするのか。


なんとなしに、視線を遠くに遊ばせる。遠く霞む山の輪郭を眺める。ギャラッシカのことを思い出す。


ギャラッシカが、ルシカンテを守ることに異常なまでにこだわったのは、命の借りを返したかったからだろう。自分が喰った人間の家族に情けをかけられ、命を救われた矛盾を、清算したかったに違いない。

ならば、グレーテルがヘンゼルに執着する理由はなんだろう。

好きでもない。少しは役に立つようになったが、いなくたって問題は無い。


それなのに、不要ではないのはどうしてかしら。アイノネのように、愛だの恋だのに、振りまわされているわけじゃない。

アイノネのことを考えたとき、わたしは唐突に答えを得た。銀蝋の足を伸ばして立ちあがり、ママローズの正面に回り込む。腰を折り、ママ・ローズを見上げた。グレーテルの鼻にかかった、甘ったれた声で言う。


「お兄ちゃんはわたしを疑いながら、それでも、わたしがグレーテルだって信じてくれる。わたしがグレーテルでいるには、お兄ちゃんが必要なの」


アイノネは、存在を否定され続けた。シャルル王は強かったから、アイノネの死を受け入れていた。アイノネの居場所はなかった。

わたしは、存在を肯定され続けている。ヘンゼルは弱いから、グレーテルの死を受け入れられない。わたしの居場所はヘンゼルの狭い心の中にある。

ママ・ローズは、わたしの「無邪気な笑顔」を食い入るようにみつめた。そしてぽつりと、言葉を落とした。


「そういうことね」

「なぁに、つまらなそう」


 指摘するとママ・ローズは苦笑して、頭を振った。


「どろどろの三角関係になるかと思ってたのに、拍子抜けだわ」


 わたしは、ママ・ローズの色眼鏡をひょいっと取り上げた。厳つい体と顔立ちには不釣り合いに、可愛らしい目は、隠し事が上手ではない。わたしは、ママ・ローズの瞳の奥、針でついたような黒い点を、覗きこんで言った。


「ギャラッシカに伝えて、ママ・ローズ。ルシカンテは、わたしたちから離れられない。ルシカンテは渡さない。たとえ、死体になってもね。あなたは、いい加減に過去のしがらみを断ち切りなさい。いつまでも、うじうじしてんじゃないよ、男の子でしょ。ってね」


 ママ・ローズはしばらくの間、慌てて言葉を探していたけれど、ついに、見つけられなかった。色眼鏡を返してやると、ママ・ローズは色眼鏡をかけながら、苦笑いした。


「参ったわ。お見通しなのねぇ」

「お兄ちゃんが、言ってたもの。ギャラッシカは、そう簡単に諦めないって。おおかた、ギャラッシカにお願い……って言うか、脅かされたんでしょ。それで、あなたは、ホイホイ来ちゃった。酔狂で、お節介なママ.ローズ」


ママ.ローズの禿げ頭を軽く小突く。ママ.ローズは、軽く笑った。


「お節介ついでに言わせて貰うけど、アロンソ.セルバンテスは、もうカンカンよ。どう、うまいこといって出し抜いたのか、知らないけどね。今度あったらヘンゼルなんか、粉々にされてしまうわよ」

「粉々って?」

「あら、やだ。そんなこと、アタシに言わせるつもり?」

「……あの変態野郎に、言伝てを頼まれて。妙な色気だしたら、わたしがあんたを粉々にしてやるからって」


 そのとき、断片がヘンゼルの起床を知らせた。薬が切れて、自棄になっている。このままだと、飛び降りるかもしれない。

 わたしは、鋭く舌を打った。わたしの正体を知っているママ・ローズの前で、かまととぶる意味は無い。

 

「わたし、もう行くね。お兄ちゃんのお守をしなきゃ。うんざりするけど、やってやるわよ。みんながわたしを、悪い魔女って後ろ指をさしても….わたしは、弱いものを守る、正義の味方だもん」


 ママ・ローズは、ぷっと吹き出した。そして、にっこりほほ笑む。


「そう言うものの言い方、お父さんにそっくりだわ」


 そう言う捉え方を、したことが無かった。胸が、暖かいもので膨れ上がっている。幼い日のグレーテルに、胸を張らせたものと、同じものが、この胸にもあるのかもしれない。 

わたしは、やっぱり、ママ・ローズのことが、好きみたいだ。出来れば、もう少し話していたいけれど、バカヘンゼルのお守が、最優先だ。

わたしは、垂直にそそり立つ、銀蝋の護壁を滑り降りた。地下水路に入ったとき、ママ・ローズの叫び声が聞こえてきた。


「ちょっと、待ちなさいよ! アタシはここから、どうやって降りたらいいの!? あんた、戻ってくんのよね!? ちょっと、ヤダぁ!」


 わたしは、訊かなかったことにした。ママ・ローズは一日くらい待たせたとしても、ちゃんと生きてるだろう。ヘンゼルの方は、予断を許さない。

 わたしは、全速力でヘンゼルの許へ向かった。


また、ルシカンテとの仲をとりもってやらなければならないだろうな。ヘンゼルは、淵への派兵を止めさせことを、たぶん、ルシカンテには伝えてないだろう。とことん、ばかだから。それとなく、そのことを伝えたら良いかな、と考えながら、わたしは急いだ。




(了)


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