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黄泉送りタクシー、鹿沼の出勤簿① 【全4話完結】〜鹿沼は今日も縁分駅へ死者を送る〜  作者: 鬼喜怪快


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鹿沼は今日も縁分駅へ死者を送る④



 ヘッドライトが煌々と道を照らし、

 鹿沼のタクシーは走る。

 

 鹿沼にとっては走り慣れた道だ。


 だが宮崎にとっては、

 見慣れぬ夜道だった。



「そうですか。

 ベッドから手が?

 それは怖いですねぇ」


「だろ!

 だから服を着ることもできず、

 飛び出してこの有様ってわけよ」



 会話をしながら、

 通行人も対向車も信号機すら見かけない夜道を、

 タクシーはひっそりと進んでいく。

 

 深い闇の中、

 縁分駅《よりわけえき》に向かって真っすぐに逝く。



「おい、遠くないか?

 あんたの会社……」


「もう少しですよ」


「すぐそこって、言ってたよな?」



 しばらくすると、

 縁分駅と書かれた看板が見えて来た。



「お疲れ様でございます。

 到着いたしましたよ」


「……おい?

 これ駅じゃねーかよ」


「弊社は電鉄系列のタクシー会社なのですよ」


「知るかよそんなの!

 こんなところで降りれるかよ!」



 鹿沼は宮崎にタブレットを渡し、

 画面に映る業務報告書を見せた。

 

 そこには今日の日付と、

 宮崎を乗せた場所と時間が記載されている。



「この画面に、

 生年月日とフルネームを

 ご記入いただけませんか?」


「なんでサインが要るんだよ。

 金はあとで払うし、今は服借りるだけだろうが」


「貸出書のサインですよ」


「……そうかよ」



 宮崎がタブレットに生年月日と名前を記入すると、

 ダッシュボードのプリンターから

 真っ黒な切符が1枚印刷された。

 


「宮崎様、この切符をお持ちになり

 2番ホームまでお進みください」



 鹿沼は表情をいっさい変えず、

 その黒切符を宮崎に手渡した。

  

 

「はぁ?

 なんで2番ホームに行かなくちゃならんのだ?

 早く服貸せよ!」



 不機嫌そうに鹿沼と話す宮崎は、

 タクシーの横に駅員がコートを手に持って

 立っていることに気が付いた。

 

 警戒をしながら駅員を見る宮崎へ、

 鹿沼は穏やかに話しかける。



「乗務室でサイズの合った服をお渡しします。

 それまでこちらのコートを羽織って、

 構内へお進みくださいませ」


「コート羽織ってもハズいしよ……」


「大丈夫ですよ」


「大丈夫じゃねーだろ」


「それより2番ホームへ向かうのに、

 お渡しした黒い切符が必要になります。

 絶対に無くさないようお願いいたします」


「なんかおかしくねーか?

 なんで服借りるのに切符が必要なんだ?」


「事務室が2番ホーム側にあるので、

 改札をくぐる必要があるのですよ」


「……」



 どこか納得できないまま、

 宮崎はタクシーを降りた。

 

 駅員に手渡されたコートを着て、

 誘導も聞かずにひとり構内へ歩き出す。


 その背中を目で追いながら、

 駅員は呆れた顔で鹿沼に問うた。



「鹿沼ドライバー、

 彼を逝かせてよろしいのですか?」


「えぇ、お願いします」


「生きた人間を黄泉送りにした場合、

 送迎ミスとしてマイナス50ポイントではなかったですか?

 会社創立以来のトップ成績を

 出されたと聞いております。

 ボーナスや昇進にも響くでしょう……。

 そんな時にもったいない」


「まぁ、これで始末書確定ですよね……」


「呼び戻した方が良いのでは?」


「いえ。

 人間界のこれからのためにも、

 彼には逝ってもらいましょう。

 久しぶりですからね、黒切符を見たのは……」


「地獄逝きの黒切符……。

 よほどの罪を犯している人間のようですね」



 鹿沼はタブレットを覗き込んだ。

 

 宮崎のプロフィールが記載された画面の

 備考欄に目をやる。



 ――5人を殺害。



 そう記され、

 その下には宮崎に殺害された5人の名前があった。


 杉山里香と杉山りなの名前——


 鹿沼はその画面を駅員に見せ、

 呟いた。



「彼を許したくない……。

 そんな気分なんです」


「それでも生きた人間の黄泉送りは

 あなたの仕事ではないのですよ」


「重々承知しております」


「相変わらず損する性格ですね。

 鹿沼ドライバーは……」


「……よく言われます」


「本当に、もったいない」


「彼が間違えずにホームへ向かえるよう、

 エスコートしてあげてください」



 駅員は一礼し、構内へ向かった。

 

 鹿沼は片手を挙げてそれに応えた。


 しばらくタブレットを開き、

 宮崎裕二の画面を眺めていた。

 

 プロフィール画面の文字盤が黒から赤へ変わったことで、

 宮崎が正式に死亡したことがわかった。


 迷わず地獄へ逝けたことを確認した鹿沼は、

 タブレットを閉じ、

 先ほどのアパート前へと戻っていったのだ。



 ——————

 


「見事な心霊現象をお見せくださいました。

 宮崎は相当怖がっていましたよ」


「鹿沼さんのおかげです。

 僕ひとりでは、どうやってこの恨みを

 晴らせばいいのかわからなかった」


「私もあなたとお会いしていなければ、

 宮崎を黄泉の世界へ送ることは

 難しかったでしょう」



 鹿沼が柴田に持ち掛けたのは、

 心霊現象で宮崎を部屋から追い出すこと。


 そして外で待つ鹿沼が、

 助けるふりをして縁分駅へ連れて行く。


 その計画は見事に成功した。



「下手をすれば、

 ずっとあのアパートに地縛霊として

 居座っていたのかと思うとゾッとしますよ……」


「生前の行いは死んだ後に反映されると言います。

 お客様の生前の行いが良かったのですよ」


「そんなことないのですが……」


「もうすぐ駅に着きます。

 それまでゆっくりとなさってください」



 男は後部座席に深く腰を下ろし、

 車窓を眺めた。

 

 やがて縁分駅が見えてくる。



「お客様、お疲れ様でございます。

 到着いたしましたよ」


「ありがとうございます」



 鹿沼はタクシーを停め、タブレットを渡す。

 

 乗車日付と場所、時間が

 記載された画面を確認させる。



「こちらでお間違いなければ、

 生年月日とフルネームをご記入ください」


「わかりました」



 男が「柴田健司」と記入すると、

 ダッシュボードのプリンターから切符が1枚印刷された。


 鹿沼は取り出した切符を見て、

 動きが止まる。


 

 地獄逝きの黒切符――。



「鹿沼さん、

 ここから僕はどうすればよいのですか?」


「この切符を持って、2番ホームへ向かってください」


「2番ですね。ありがとうございます」



 柴田は颯爽とタクシーを降り、

 構内へ歩いていく。

 

 彼の向かう先は、

 2番ホームの地獄逝き。


 サイドミラーでその背中を確認した鹿沼は、

 タブレットに目をやった。


 

 柴田健司のプロフィール備考欄。

 

 そこには、売春あっせんにより自殺者4名、

 結婚詐欺による自殺者2名と記されていた。


 鹿沼はそっと画面を伏せ、

 深くため息を吐いた。



「やれやれ……。

 同じ穴のムジナだったという訳ですか。

 幽霊なんかより、

 よほど人間の方がタチが悪い……」



 何とも言えない気分のまま、

 鹿沼は会社へ戻った。



 ——————



 翌日の月初成績報告会にて、

 鹿沼の成績は大きな話題となった。

 

 会社創立以来初の1日60ポイント獲得という

 記録を出しながら、

 同じ月に2枚の始末書を提出するという

 珍記録も残したからだ。


 3カ月連続の業績100ポイント未達成による始末書。

 

 そして、

 生きている人間を黄泉送りにした

 送迎ミスによる始末書。


 それにもかかわらず奨励賞として金一封が支給され、

 鹿沼は一躍注目を浴びることになった。



「鹿沼ドライバーは記録的な成績を残したのに……

 もったいない」


 

 受付は慰めてくれるが、

 同僚たちは違う。

 

 笑い話のネタとして大いに盛り上がっていた。



「鹿沼!

 やっぱりお前だわ!

 凄い結果を出しても、それを自分で消してしまう。

 面白い奴だ!」


「こんなものなんですよ、私なんて」


「鹿沼は詰めが甘いんだよ」


「はぁ……。

 それもよく言われるんです」



 鹿沼は奨励賞の嬉しさを感じながらも、

 2枚の始末書に肩を落とし、

 タクシー置き場へ向かう。


 

 今から月初めの出動だ。


 今月こそは月間獲得ポイント100――


 そう誓い、職務に就く。



 ——————



 黄泉送りタクシー(通称YOタクシー)


 ひとに見送られた魂と違い、

 誰にも看取られず死んでしまった魂。

 

 恨みや未練を残したまま死んでいった魂。

 

 自らが死んでいることすら気付いていない魂。


 数多の理由で成仏できない魂を救済すべく、

 彼らの仕事は存在している。

 

 彼らは毎夜タクシーを走らせ、

 彷徨える魂を黄泉の世界へ送り届ける。



 「おや、今月は早々に運がいいですねぇ」


 

 鹿沼は男性の前にタクシーを停め、声を掛けた。



「もしお迷いであれば、

 私があの世までお送りいたしますが、

 いかがですか?」


「……助かります。

 僕、どこに逝ったらいいのかわからなくて」


 

 後部座席の扉を開け、男性を乗せる。


 

「どこに連れて行ってもらえるんですか?」


「黄泉送りの電車がある駅までですよ」


「黄泉送りの電車?」


「はい」


「そんなのがあるんですね。

 どこへ逝けばいいのかわからなくて、

 ずっと彷徨っていたんです」


「ずいぶんとお疲れだったでしょう」


「えぇ」


「それでは出発します。

 お客様、縁分駅に着くまでの間は、

 ゆっくりとなさってください」

 


 今宵も鹿沼はタクシーを走らせる。

 

 送るべき魂は、

 いくらでもいるのだから――。








  

 

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