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黄泉送りタクシー、鹿沼の出勤簿① 【全4話完結】〜鹿沼は今日も縁分駅へ死者を送る〜  作者: 鬼喜怪快


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鹿沼は今日も縁分駅へ死者を送る①




 草木も眠る丑三つ時。

 

 人はもちろん

 野生動物も見かけない深夜の山道を、

 1台のタクシーが走っている。


 そのタクシーは

 死んでから成仏できず、

 いつの頃からか彷徨っていた

 女性を乗せたばかりだった。



「あのぉ、わたし……

 いつからあの場所にいたのでしょう?」


「さぁ、

 私にはそこまでのことはわかりませんねぇ」


「別れ話が拗れて、

 男に刺されたところまでは

 覚えているんですけど……」


「私は、彷徨い歩くお客様のような方を

 見つけては駅まで送り届けることが仕事です。

 お客様がお亡くなりになられた経緯などは、

 存じ上げていないのですよ」


「そうですか……。

 ずいぶん長い時間、

 あそこにいた気がするんです」


「……それはお疲れだったでしょう。

 お客様、

 縁分駅《よりわけえき》に着くまでの間は、

 ゆっくりとなさってください」



 このタクシーに一度乗り込めば、

 黄泉逝きの駅までドライバーが

 責任をもって送り届けてくれる。


 このタクシーに乗ることができるのは、

 原則として死んだ人間の魂だけ。

 

 何らかの事故や事件に巻き込まれて、

 成仏できなかった魂を見つけては

 駅まで運ぶ。

 


 ――それが彼の仕事だった。



「もうすぐ駅に着きます。

 なにか今後のことで、

 ご質問などございませんか?」


「たぶん子供も、

 アイツに殺されたと思うんです。

 駅まで行けば、子供に会えるのかしら?」


「お若いのに、お子様がいらっしゃったのですね」


「わたしが変な男と付き合ったせいで……」


「……」



 やがて、縁分駅《よりわけえき》

 と書かれた風変わりな駅が見えた。

 

 ロータリーに入り、

 タクシーを着ける。

 

 周りには数台、同業者の姿が見えた。



「お客様、着きましたよ」


「ありがとうございます。

 ところで、お代金はどうすれば?」



 ドライバーは客にタブレットを渡し、

 画面に業務報告書を映して見せた。

 

 そこには今日の日付と、

 客を乗せた場所と時間が記載されており、

 ドライバー名の欄には鹿沼《かぬま》

 と打ち込まれている。



「お代は不要です。

 この画面に生年月日とフルネームを

 ご記入いただくだけで構いません」


「そうなんですね」



 客がタブレットに生年月日と名前を記入すると、

 ダッシュボードのプリンターから

 白い切符が1枚印刷された。

 

 鹿沼はその切符を取り出し、

 客に手渡す。



「杉山里香さま。

 この切符をお持ちになり、

 改札を越えて1番ホームまでお進みください」


「1番ホームですね」


「改札前にあるインフォメーションで、

 駅員にお子様のお名前をお伝えください。

 お子様と会えるよう案内してくれるはずです」


「本当ですか!

 ありがとうございます」


「それでは、お気を付けて」


「鹿沼さん。

 あなたに見つけてもらって良かった」



 女性はタクシーから降りると、

 鹿沼に深々とお辞儀をして

 駅へ向かって行った。

 

 鹿沼は駅に入っていく彼女を見届けると、

 タブレットに目をやった。



「杉山様は浮遊霊のお客様だったので1ポイント……。

 今月のノルマも厳しそうですねぇ」



 鹿沼はため息を吐きながら呟くと、

 エンジンを吹かした。



 タクシーは夜霧のトンネルの中へと潜り、

 闇へ消えて行くのだった。

 


 ——————



 運転手として、

 身だしなみにだけは人一倍気を配っている鹿沼。

 

 彼はシワひとつないスーツを着こなし、

 フチなし眼鏡を掛けて職務に就く。

 

 勤務先はYO(黄泉送り)タクシー東日本第4支部だ。


 全国のYOタクシー運転手は、

 朝担当、夕担当、深夜担当の3交代制で勤務している。

 

 鹿沼は深夜担当。


 深夜担当は、0時から朝8時までの勤務になる。


 帰社すると受付にて業務報告の

 タブレットを渡し、

 個々の最新の成績がサイネージ画面に

 反映されて発表される。



「本日の鹿沼ドライバーは、

 浮遊霊のお客様3名の送迎なので3ポイントですね。

 これで今月は66ポイントになります」


「66ポイント……ですか」


「この調子だと、

 残り5日間でノルマの100ポイントは

 厳しそうですよ。鹿沼ドライバー」


「3カ月連続でノルマ未達成は始末書の提出……。

 ボーナスの査定にも響きますねぇ……」


「5ポイントの地縛霊か、

 6ポイント以上の訳あり魂を

 何人か送迎できればクリアできます。

 鹿沼ドライバー、頑張ってください」



 激励をもらったが、

 そう簡単なことではない。

 

 浮遊霊は見つけることさえできれば

 タクシーへ誘導するのは比較的容易だ。


 しかし地縛霊の場合はそうはいかない。

  

 本人の意思や何らかの理由で

 その場から動かないため、

 説得が必要になる。

 

 基本的に地縛霊は聞く耳を持たぬ者が多い。

 

 それゆえに送迎できた場合は

 5ポイントと高く設定されているのだ。


 そして6ポイント以上を獲得できる、

 訳あり魂。

 

 これは滅多に乗車させられない霊で、

 亡くなってから5年以上の魂を指す。

 

 年数が経っているほどポイントが加算され、

 最大で1人当たり20ポイントが

 加算されることになっている。


 

「地縛霊に訳あり魂……

 なかなかお見かけすることがありませんからねぇ。

 たとえ見つけたところで、

 口下手な私は地縛霊の乗車成功率が低い。

 狙うは訳あり魂ですが……まぁ無理でしょうね」



 鹿沼はそう呟き、

 肩を落としながら支部を後にした。



 ——————



 翌日は休日返上で、

 鹿沼はタクシーを走らせた。

 

 久しぶりに通る夜道で、

 この辺りにあった小さな川が

 埋められていることに気づいた。



「おや、マンションでも建つのでしょうか。

 随分と景色が変わりましたねぇ」



 YOタクシーに担当エリアはない。

 とにかく走り、

 誰よりも先に多くの魂を見つけることが重要だ。

 

 そしてその魂をタクシーに乗せ、

 縁分駅へ送ることで個人の成績を上げていく。



「この辺りの魂は根こそぎ

 運び終わっているでしょうね……」


 

 埋め立て地には大きな囲いが設けられ、

 看板には建設会社やマンションの

 完成予定日が記されていた。

 

 それを眺めながら右折しようとした、

 その瞬間――。


 突如、フロントガラスを叩くような音が響き、

 無数の手形が前方の視界を塞いだ。



「おや。

 珍しいタクシーの止め方をなさる」



 鹿沼は落ち着いた様子で車を止め、周囲を見渡す。

 少し先の路肩に人影のようなものが見えた。



「あの方の仕業ですかね?」


 

 タクシーから降り、

 人影へ近づこうとした。


 その時——

 


 ――助けてほしい――



 突然、車内から声が響いた。


 鹿沼が後部座席を振り向くと、

 侍の姿をした男性が俯いて座っている。

 

 促してもいないのに乗車されるのは珍しかった。

 

 しかも、

 その気配は地縛霊のものだ。


 もし本物の侍で、

 しかも地縛霊であるならば

 訳あり魂の可能性が高い。

 

 そう考えた瞬間、

 鹿沼の胸はわずかに高鳴った。



「ずいぶんと彷徨っておられたご様子ですが、

 ご安心ください。

 このまま黄泉逝きの駅までお送りいたします」



 鹿沼はワイパーを作動させ、

 フロントガラスの手形を拭い去る。

 右ウィンカーを点け、

 発進しようとした。



 ――我らの姫を救ってほしい――。



 鹿沼はブレーキを踏んだ。

 

 どうやら、

 助けを求めているのはこの侍自身ではないらしい。



「ご依頼は、あなたの送迎ではないと?」


 

 ――姫を救ってほしい――。



 侍はそう言い、

 指を差した。

 

 その先には、もう1つの人影が見えた。


 鹿沼がタクシーを近づけると、

 その人影もまた侍の姿をしていることがわかった。


 タクシーから降りて、

 ふたりに向き直る。



「姫を救えとは、どういったことでしょう。

 その姫様はどちらにいらっしゃるのですか?」



 ふたりは無言で地面を指さした。


 地中にいる――?


 1人が顔を上げ、

 ゆっくりと語り始めた。



「我らは八重姫《やえひめ》の近衛の者。

 敵兵の討ち入りに遭い、

 姫と共に自死し、命を落とした。

 どうか我らの姫を極楽浄土へ道案内してほしい」



 鹿沼は静かに頷く。



「お姿から察するに、

 亡くなられたのは何百年も前の話でしょう。

 今まで誰にも助けを求めなかったのですか?」


「川へ身を投げたゆえか、

 死してからこの場所より動けなかった。

 だが人間が川を掘り起こし始めたことで縛りが緩み、

 我らは動けるようになったのだ」


「ほう……」


「姫の無念は計り知れぬ。

 家臣への想いは山よりも重い。

 我らはこの辺りまで動けるが、

 姫はいまだ川の中に……」


「なるほど、地縛霊あるあるですねぇ」


「どうか姫の呪縛を解き、

 極楽浄土へ導いてほしい」



 鹿沼はおおよその事情を理解した。

 

 地縛を解くこと自体は難しくない。

 

 問題は、その後に説得し乗車してもらえるかどうかだ。



「地縛を解くことは簡単です。

 しかし、姫様ご本人が望まれなければ

 意味がありません。

 あなた方が解放を望んでも、

 姫様が望まれていなければ極楽へは行けませんよ」


「姫と話すことができれば、我らが説得する」


「それは助かります。

 どうにも私は交渉や説得が苦手でして……」



 鹿沼はトランクから線香とろうそくを取り出した。

 

 囲いのそばにそれらを立て、

 火を灯す。

 

 両手を地面に押し当て、目を閉じた。


 意識を集中させ、

 八重姫と彼女を縛る何かを探り始めた。



「……おや、この方が八重姫様ですかね?」



 精神を地中へ伸ばし、

 八重姫の存在を捉えた。

 

 さらに地縛の根源を見つけ出し、

 姫の身体に絡みつくワイヤーのようなものを解いていく。



「今から地縛を解きます。

 成功すれば、

 このろうそくの明かりと線香の煙を目指して、

 姫がこちらへ来られるでしょう」


「まことか?」



 鹿沼の手が淡く光る。

 

 地面一帯に稲妻のような光が走った。


 地縛の根源は砕け、

 姫は自由な霊体となったようだ。



「成功です。

 もうじきこちらに来られますよ」


「なんと……これほど早く解けるとは」


「これが私の仕事ですので。

 ただし、説得はお願いしますよ」



 やがて煌びやかな着物を纏った

 気品ある女性が姿を現した。

 

 立ち居振る舞いから察するに、

 彼女こそが姫だ。


 近衛のふたりはひざまずき涙を流し始めた。



「八重様、永き間おひとりにしてしまい

 誠に申し訳ございませんでした」


「……ひさしいのぉ」


「この者が極楽浄土への道案内を請け負ってくれますゆえ。

 参りましょうぞ!」



 姫は無表情のまま鹿沼を一瞥する。

 

 その目には、

 明確な警戒が宿っていた。



「お前達、この者はなんぞ?」



 その冷ややかな口調に、

 鹿沼は説得に失敗する未来をうっすらと

 見据えた。



 だが、ノルマがある。

 

 走り出したタクシーは、

 もう停まれない。 






 

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