【1】たった一人の死からはじまる物語。〜死者はなぜ二人を呼んだのか〜
一人の青年が、自らの死を“自殺”に偽装して命を落とした。
彼はなぜ、殺されたにもかかわらず、捜査を拒んだのか。
A.U.R.A.《オーラ》高度犯罪分析局。 たった一人の死から、鋼の分析官ギャレット・A・ロークの捜査が始まる。
その日、ギャレットはバージニア州にいた。
FBIのクワンティコで講演を行い、その足で重大犯罪対応群――通称CIRG――に向かう。
その途端、職員達の目が釘付けになる。
そう――
彼こそ、NYに本部を置く連邦高度分析機関、A.U.R.A.《オーラ》高度犯罪分析局の主任捜査分析官、ギャレット・アレクサンダー・ロークだったからだ。
FBI行動分析課の課長、マーカス・エヴァレット・ローウェル――
マーカスが、自分のオフィスで苦笑する。
「ギャレット!
久しぶりだな!
そろそろ座れよ。
君は立っているのが好きだが、私が落ち着かん!」
課長室のブラインドは全て下ろされ、ドアには鍵も掛かっている。
ギャレットは一言「そうですか」と言うと、音もなく、応接用のソファに座った。
マーカスが自分のデスクから立ち上がり、話し出す。
「君に大袈裟なことをさせたのは謝る。
だが、これは必要な手順だったんだ」
マーカスがギャレットの前に座ると、今度はギャレットが静かに口を開いた。
「クワンティコで、私が犯罪心理について講義を行う。
講義を終えた私は、その足で重大犯罪対応群――通称CIRG――にある行動分析課の課長室へ向かう。
表向きは、行動分析課長との講義後のセッション。
プロファイラー同士による、専門的な意見交換。
しかし、それは全てカモフラージュ。
ですか?」
マーカスが小さく頷くと、厳しい声音で答える。
「そういうことだ。
FBIとしては、公に動くことができない。
だからこそ、公式捜査班を動かす前に、行動分析課内の限定的なケースレビューとして扱う必要があった」
そして、一拍置くと続けた。
「しかも、今回の事件では、行動分析課のアドバイザーの一人が目撃者になっている」
「成る程。
では、お話し下さい」
マーカスは資料をギャレットに渡し、説明を始めた。
それは一週間前の終業時刻を過ぎた20時05分に起きた。
あるFBI捜査官のスマホに、一本の電話が掛かって来た。
内容は――
FBI本部からほんのワンブロック先の花屋の角にいる、早く来てくれ、というだけの男からの短い電話だった。
その捜査官は本部を出て、すぐにその場所に向かった。
すると、男が壁を背にして座っていた。
腹部に――
ナイフが刺さったままの状態で。
そこで、その捜査官が救急車を呼ぼうとした時に、その男は腹部からナイフを抜き、止める捜査官を振り切って再び自分を刺し、死亡。
その際、その男は言い残した。
「これで自殺です。
捜査はしないで」と。
そして、その捜査官はすぐに警察に通報。
救急車を要請。
そこまで話すと、マーカスはため息を吐いた。
「その捜査官は……そこで普段なら絶対にあり得ないミスをした。
なんと、うちの鑑識チームを呼んだんだ」
もちろん警察が優先されるので、FBIの鑑識チームは戻される。
そこで、その捜査官の上司からの聞き取りによると、その死亡した男は、その夜、FBIに出頭する筈だった。
しかもギャングの“ある情報”を全て話す約束で。
ギャレットが静かに口を開く。
「そちらの事情は良く分かりました。
だが、それはFBI内部で処理出来るのでは?
なぜ、こんな回りくどいやり方で、私を呼んだんです?」
マーカスのスレートグレーの瞳が青み掛かり、光を帯びる。
「問題は――
その場にもう一人呼ばれて行った人物だ」
その人物こそ、セオドア・オールデン・ヴェイル博士。
通称、セオ・ヴェイル博士。
クワンティコで犯罪心理学の教鞭を取る、25歳の若き天才博士。
しかも、ヴェイル博士は行動分析課のアドバイザーも務めている。
そのヴェイル博士も、その男に電話で呼ばれていた。
その死亡した男は、まず、ヴェイル博士に電話を掛け、次に捜査官に電話を掛けていた。
マーカスは苦しそうに言った。
「問題は……二人が聞いた男の最後の言葉が違うことだ。
資料を見てくれ。
捜査官の場合だ」
すると、ギャレットが淡々と語り出した。
「自分『今直ぐ救急車を呼びますから!』
男性『俺さえ死ねば、全部チャラになる』
自分『誰に刺されたんですか!?』
男性『誰にも。自殺です。俺は、自首が怖くなって、自分で刺した』
自分『嘘だ!本当のことを』
男性『お願いします。俺が死んでもマスコミに名前が流れないように、捜査もしないで』
捜査官『駄目だ、そんなこと!あなたも助けるし、捜査もする!』
男性『お願いします』と繰り返していた。
自分の腕を掴む男性の手を離し、救急車を呼ぼうとした時に、男性が腹部に刺さっていたナイフを抜いた。
自分が驚いて、そのナイフを掴もうとすると、男性がそのまま体重を掛けて、前のめりに倒れ込んだ。
自分が男性の名前を叫び抱き起こしたが、その胸にはナイフが突き刺さっていた。
男性『これで自殺です』
自分『何てことを!』と叫んだ記憶あり。
そして、警察に連絡し、救急車を要請、FBIの鑑識チームに現場に来るように指示した。
――成る程。
それで、ヴェイル博士の報告との違いはなんです?
この説明書には、ヴェイル博士の報告はありませんね?
なぜ、書面にしていないんですか?
それと、この捜査官の名前が伏せられている理由は?」
ギャレットの低い問いに、マーカスは静かに答える。
「まず、君はヴェイル博士の論文を読んでいるかも知れないが、その捜査官の名前を知れば、今、君に先入観を与えることになるからだ。
それと、ヴェイル博士の言葉を書面にして、君には渡せない。
今は、な。
ヴェイル博士の承諾が必要だ。
君なら記憶出来るだろう?
一言一句」
ギャレットのスティールブルー瞳がギラリと光る。
「確かに。
では続きを」
マーカスはその視線を全く感じていないように、冷静に告げた。
「その男性は亡くなる前に、女性の名前を繰り返していた、とヴェイル博士は言っている。
どうやら、その男性はその女性の為に、"自分を刺す"という行動に出た。
その女性の名前は『エレナ』
ヴェイル博士によると――
フルネームは、エレナ・グレイス・ウィンスロウ。
君も、いや、アメリカ国民なら知っている人間の方が多いだろう。
特命大使を歴任しているウィンスロウ大使の娘だ」
その刹那――
ギャレットは一言言った。
「ヴェイル博士に直接話をお聞きしたい」と。
すると、マーカスは赤い蝋印が押された封筒をテーブルに置いた。
こうして、たった一人の死を追う物語が始まった――
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