第18話:真田丸と宇喜多丸
第18話です。
大坂城の弱点である南方に築かれた真田信繁の出丸「真田丸」。そこに、宇喜多秀家が十四年間温め続けた絶対的な火力の論理が融合します。
個人の武勇や名誉を嘲笑うかのように、徳川の精鋭たちを無機質にすり潰していく「死の絡繰」の稼働をお楽しみください。
慶長十九年、冬。
大坂城の南、平野口。
そこは、三方を川と湿地に囲まれた大坂城において、唯一南へと開けたなだらかな台地であり、徳川の大軍勢が攻め寄せるならば間違いなく主戦場となる「最大の弱点」であった。
その急所に、巨大な土造りの出丸が異様な威容を誇ってそびえ立っている。
真田左衛門佐信繁が、わずかな期間で急造した独立防衛陣地「真田丸」。
巨大な空堀と、逆茂木、そして幾重にも張り巡らされた土塁によって構成されたその砦を、俺は冷たい冬の風に吹かれながら視察していた。
「……見事なものだ、左衛門佐」
俺は、土塁の上に立ち、眼下に広がる深くえぐられた空堀を見下ろした。
「敵をこの堀の底へ誘い込み、三方の土塁から十字砲火を浴びせる。攻めるに難く、退くにも犠牲を強いる。戦術の極致とも言える完璧な『死地』だ。お前という男の恐ろしいまでの軍略の深さが、この土の形によく表れている」
「五大老であらせられる備前殿にそう褒めていただけるとは、真田の者として身に余る光栄にござる」
俺の傍らに立つ小柄な男――真田信繁は、人懐っこい笑みを浮かべながらも、その奥にある猛禽類のような眼光を鋭く光らせた。
「しかし、備前殿のその目には、某の築いたこの砦に、まだ『足りぬもの』があるように見受けられますが」
「ああ」
俺は頷き、土塁に備え付けられた狭間――鉄砲を撃ち出すための小さな穴を指差した。
「陣地そのものは完璧だ。だが、この狭間から撃ち出す『牙』が足りない。……左衛門佐、お前はここに数千の兵を置き、敵が堀底に落ちたところを鉄砲と弓で削り、最後は長槍を持たせた兵を突撃させて白兵戦で追い払うつもりだろう」
「いかにも。それが籠城戦の理にござるゆえ」
「その理を、今日から捨てろ」
俺の極めて冷徹な声に、信繁の笑顔がスッと消えた。
「白兵戦などという、不確定要素の塊に頼るな。敵に槍を届かせる距離まで近づけるということは、味方にも死傷者が出るということだ。我々大坂方の十万と、徳川の二十万。まともに血を流し合えば、数に劣る我々が先にすり潰されるのは明白だ」
「……ならば、どうなさると」
俺は振り返り、砦の後方に控えていた明石全登を呼んだ。
全登の背後には、大坂の地下で鍛え上げられた数千の牢人たちと、そして、彼らが抱える膨大な数の木箱が整然と並べられている。
「全登。……『宇喜多丸』の増築を開始しろ」
「はっ!」
全登の号令と共に、数千の兵たちが一斉に動き出した。
彼らが始めたのは、土塁の補強ではない。
真田丸の土塁の「内側」に、丸太と厚い木の板を用い、巨大な雛壇のような「三段構えの足場」を猛烈な速度で組み上げ始めたのだ。
「こ、これは……」
信繁が、目を丸くしてその異様な光景を見つめた。
「真田丸という強固な『器』の中に、俺が十四年間温め続けた『死の絡繰』を完全に組み込む」
俺は、組み上がっていく木造の足場を見据えながら、冷酷な笑みを浮かべた。
「狭間の数を現在の十倍に増やせ。そして、組み上げた雛壇の最前列に撃ち手を並べ、その後ろの二段には、ひたすらに弾薬を装填するだけの兵を配置する。……撃つ者は、的を見据えて引き金を引くことだけに専念しろ。撃ち終わった銃はすぐさま後ろへ渡し、装填済みの銃を受け取る」
それは、関ヶ原の松尾山で小早川秀秋を物理的に粉砕した、あの圧倒的な連続射撃の機構の完全なる上位互換であった。
野戦ではなく、真田丸という絶対的な防御陣地の中でそれを行う。
一万丁の種子島と、有り余る硝石。それを、兵士の熟練度や勇猛さに一切依存せず、ただの人体の骨格と筋肉の反復運動によって、途切れることのない「鉄と鉛の暴雨」へと変換する無機質な工場。
これこそが、俺の持ち込んだ冷徹な暴力の結晶――『宇喜多丸』の正体であった。
「……恐ろしい。備前殿、貴方は本物の悪鬼だ」
信繁が、心の底からの戦慄と、そして歓喜の入り混じった声で呟いた。
「これでは、武士の誉れも、手柄を立てる誇りも何もない。ただ敵の血肉を効率よく挽き肉に変えるだけの、地獄の石臼にござる」
「美しい討ち死になど、あの老狸を殺した後にいくらでもやってやる」
俺は、黄金の陣羽織を冬の風に翻し、完成しつつある死の絡繰の頂点に立った。
「さあ、来い。天下の覇者を気取る東国の田舎武者ども。……この底なしの泥濘の中で、お前たちの古い常識ごと、全て物理的にすり潰してやる」
◇
十二月四日。
ついに、徳川二十万の大軍勢が大坂城への総攻撃を開始した。
冬の張り詰めた冷気の中、大地を揺るがすような法螺貝の音と、数万の兵が上げる地鳴りのような勝鬨が、大坂の空を圧した。
俺と真田信繁が待ち構える真田丸の正面――篠山の方角から、徳川方の先鋒部隊が、まるで黒い波のように押し寄せてくるのが見えた。
「……来たな。前田利常、松平忠直、井伊直孝。いずれも血の気の多い、徳川の精鋭部隊だ」
信繁が、床几に腰を下ろしたまま、目を細めて敵陣を見据える。
彼らは、大坂城の南にぽつんと突き出たこの真田丸を、「生意気な土塊」程度にしか思っていないのだろう。
真田という名に警戒しつつも、所詮は数千の牢人が立て籠もるだけの出丸。数万の兵で一気に押し包み、一番槍の功名を立ててやろうという、戦国時代特有の功名心と野心が、彼らの動きをひどく直線的で愚かなものにしていた。
「かかれェッ! 逆茂木を引き抜け! 堀を越え、あの小生意気な土塁を駆け上がれェッ!!」
前田勢の武将の怒号が響き、数千の足軽たちが、我先にと真田丸の堀へと殺到してきた。
彼らは盾を掲げ、怒涛の勢いで堀の底へ雪崩れ込み、土塁の斜面に群がり始める。
「備前殿。……敵、完全に堀の底、死地へ侵入いたしました」
「……全登」
信繁が扇子を静かに閉じたのに合わせ、俺の極めて静かな、感情の欠落した呼びかけが響いた。
それに呼応し、雛壇の最上段に立つ明石全登が、右手の軍配を天高く振り上げた。
真田丸の内側。
そこには、一糸乱れぬ動きで種子島を構えた数千の牢人たちが、息を殺してその瞬間を待っていた。彼らの瞳には、恐怖も熱狂もない。俺と全登が十四年間かけて叩き込んだ、無機質な「作業」への没入だけがあった。
「放て」
俺の呟きと同時に、全登の軍配が振り下ろされる。
刹那。
天地が、物理的に爆発した。
ズドォォォォォンッ!!
三方の土塁に設けられた無数の狭間から、数千発の鉛玉が一斉に火を噴き、堀の底に密集していた前田勢の頭上から、絶対的な死の暴雨となって降り注いだ。
悲鳴を上げる隙すらない。
堀の底という逃げ場のない空間で、数千の兵士たちの肉体が、兜や甲冑ごと無慈悲に穿たれ、弾け飛び、血の霧となって冬の空気に散華した。
「な、なんだッ!? ぐわァァァァッ!」
「退け! 一旦退けェッ!!」
突如として頭上から降り注いだ圧倒的な火力の前に、前田勢の先鋒は一瞬にして壊滅状態に陥り、大混乱となった。
だが、真の地獄はここからだった。
「……次弾」
全登の無機質な声が響く。
第一列の撃ち手たちは、銃口から煙を上げる種子島を背後の兵に渡し、代わりに装填済みの真新しい種子島を受け取って、再び狭間へと筒先を突っ込んだ。
装填のための空白時間など存在しない。
数秒のラグもなく、第二波、第三波の鉛の雨が、堀の底で逃げ惑う敵兵たちを物理的になぎ払っていく。
ドドドドドォン!!
「ひぃッ!? た、助け……!」
「弾幕が途切れんぞ! どうなっている! 真田丸の中には何万の鉄砲があるのだ!?」
徳川の兵たちは、完全に理解の範疇を超えた現象の前に、己の常識を破壊されていた。
戦国時代の鉄砲とは、一度撃てば次の弾を込めるまでに長い時間がかかるもの。その隙を突いて突撃するのが、武士の戦の基本である。
だが、目の前の砦は違う。
それは、呼吸をすることなく延々と火を噴き続ける、底知れぬ巨大な「火を吹く竜」そのものであった。
「退くなァッ! 我ら越前勢が一番槍を獲る! 味方の死体を盾にしてでも土塁を登れェッ!!」
前田勢の壊滅に焦ったのか、松平忠直の軍勢が、さらに横から堀へと雪崩れ込んできた。彼らは前田勢の死体を踏み越え、狂ったように土塁をよじ登ろうとする。
いかにも三河武士らしい、血気盛んで命知らずな突撃だ。
「……愚かな。死体が盾になるのは、一度だけだ」
俺は冷笑し、全登に視線で合図を送った。
「大筒を前へ!」
全登の怒号と共に、種子島の射線の合間から、船の甲板から移設された十数門の巨大な大筒が、その鈍色の砲口を敵の密集地帯へと向けた。
「吹き飛ばせ」
ズバァァァァァンッ!!
鉛玉とは次元の違う、規格外の爆発と巨大な鉄塊が、松平勢の密集地帯の中央に着弾した。
肉体はおろか、周囲の土砂や味方の死体の盾ごと、数十人の兵士が木端微塵に吹き飛ばされ、宙を舞う。
地面がえぐれ、真田丸の堀の底は、文字通りの「すり鉢状の血の池」へとその姿を変えていった。
「あ、あぁ……。なんという、惨い……」
傍らでその凄惨な光景を見ていた真田信繁が、顔を引き攣らせながら呟いた。
いくら彼が稀代の戦術家であろうと、俺が持ち込んだこの「未来の大量殺戮の論理」の前には、戦国武将としての魂が悲鳴を上げたのだろう。
「目を背けるな、左衛門佐」
俺は、返り血一つ浴びていない無傷のまま、燃え盛る硝煙の匂いを深く吸い込んだ。
「これが、俺が絶海の孤島で十四年間発酵させ続けた、怨念の答えだ。……個人の武勇も、忠義も、恐怖すらも、この圧倒的な火力の機構の前では等しく無価値な肉塊となる」
堀の底では、もはや軍隊の体を成していない徳川の兵たちが、互いを踏みつけ合いながら我先にと逃げ出そうとしていた。
だが、彼らの背後からは、後続の井伊勢が功を焦って押し寄せてきており、前と後ろで完全に詰まっていた。
俺が作り上げた『宇喜多丸』という巨大なすり鉢の中で、徳川の精鋭数万が、一切の反撃も許されず、ただ一方的に殺戮され、消費されていく。
「……家康。見ているか」
俺は、はるか南方の空、徳川の本陣が敷かれているであろう茶臼山の丘を睨みつけた。
「お前が盤石だと信じた天下の軍勢が、今、俺の手によって虫けらのように処理されているぞ。……早くお前の首を差し出せ。さもなくば、お前の自慢の軍隊は、この大坂の堀の底で、一匹残らず肉のミンチに変わるだけだ」
真田丸の狭間から、無慈悲な鉛の暴雨が延々と降り注ぐ。
大坂冬の陣の緒戦は、徳川方にとって思いもよらぬ、そして戦国時代の常識を根底から覆す、凄惨極まりない絶望の幕開けとなったのであった。
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