霧核の扉、開かれし禁忌
ヴェリムの中心――かつて“禁域”と呼ばれたその場所には、巨大な環状構造が広がっていた。
石造りの祭壇、浮遊する魔力の層、そして空間の中心に佇む、銀黒の扉。
その前に立つひとりの男。
全身を黒の衣で包み、顔には仮面。
だが、彼の周囲だけ霧が穏やかに流れていた。
「……来たな。再契約者よ」
ザイデン。
かつて“霧理論”を提唱し、異界と現世をつなぐ門を開いた存在。
今や彼は、自らが創り出したこの《霧核》の管理者となっていた。
「あなたが……ザイデン」
「変わらぬ顔だ。いや、魂が変わらぬのか。
フィーネ・ラインベルク。……いや、“エリシア・アストリア”よ」
フィーネの手が、剣の柄にかかる。
「私の名前は“フィーネ”よ。たとえ過去にどんな因縁があっても、今の私の意思は私が決める」
ザイデンは、わずかに微笑んだ。
「そうか――ならば証明してもらおう。
この“霧核”に刻まれたすべての記憶と想念を前に、お前が“自分自身”でいられるかどうかを」
彼が手を上げると、背後の銀黒の扉が音を立てて開いていく。
その奥から現れたのは――
> 幾千もの記憶の残響。
失われた世界の断片。
死者たちの声。
そして、“かつてのフィーネ”自身。
「これは……!」
サティが後ろで叫ぶ。
「精神侵蝕が始まってる。これは、記憶を剥がして精神を削る“魂喰いの領域”!」
「サティ、私に任せて」
フィーネは前へ出る。
剣を構えるその姿は、もはや迷いがなかった。
「この剣は、ただ戦うためのものじゃない。
“記憶”と“想い”を受け継ぎ、未来へ繋ぐためのもの」
ザイデンの仮面が、ピキリとひび割れる。
「そうか……ならばお前に問おう。
“滅びる運命にある世界”を前にして、なお未来を信じるのか?」
「当たり前よ!」
フィーネの叫びが、霧の海を裂く。
「私は、何度でも選び続ける。
過去がどれだけ傷だらけでも、今の仲間たちと歩む未来を!」
ザイデンの瞳が、静かに冷える。
「ならば……それを証明してみせろ。
私の全てをもって、お前を拒絶しよう――」
霧が爆発し、次元の重なりが崩れる。
その空間は、もはや“現実”ではなかった。
《霧核の心臓》。
ザイデンが自らの存在を結晶化させた、異界のコアそのもの。




