契約者の資格
霧が晴れた。
記憶の幻影が消え、石造りの通路が再び姿を現す。
フィーネは静かに、剣を鞘に収める。
「……過去に何があったとしても。
私が選ぶのは、今の私の意思よ」
心の中の“エリシア”は黙っていた。
けれど、その沈黙こそが――肯定だった。
「フィーネ!」
サティの声が響く。後方から追いついてきた彼女は、フィーネの顔色を見て驚く。
「……なんか、強くなってない?」
「……かも」
微笑みながらそう返す。
けれど、その強さは“前に進む覚悟”に裏打ちされたものだった。
***
ふたりは再び都市の中心部へと歩き出す。
道の途中、黒曜石のような小さな神殿が建っていた。
「ここが……第二の結界?」
「違う、これは……」
フィーネが扉に手をかけると、それは霧を吐き出しながら開いた。
中にはひとつの台座と、浮かぶ《契約剣》の残片があった。
「……これは……」
> 『契約者・資格確認。魂の記録――一致。
刻印剣、第二段階への適合を開始します』
神殿全体が光を放ち、フィーネの手にした剣が振動する。
「なにこれ……!?」
> 『問います――あなたは、エリシア・アストリアですか?』
「……違うわ。私は、フィーネ・ラインベルク。
でも、もしあなたが求めるのが“魂の資格”なら、答えは……“Yes”よ」
その瞬間、剣が放つ光がフィーネを包み込む。
彼女の胸の奥、魂の深層に刻まれていた記憶の輪が、解かれていく。
> ――あなたは、再びこの剣を握る。
世界が滅びる未来を見て、それでも“誰か”を信じて。
剣が変化した。
かつてエリシアが使っていた、白銀に光る双刃の形状――
《契約剣・ルクレシア:第二形態》
“記憶と意志を統合し、空間そのものを断ち切る”特性を持つ、霧境特化の対魔剣。
「……すごい……でも、これは……!」
「力だけじゃないわ。責任も、未来も背負わせられる」
それでも、フィーネは剣を握る。
「進もう。この先に、ザイデンがいる」
***
都市中央に近づくほど、空気は濃く、重くなる。
そこに立ちはだかる影。
背中に霧の翼を持つ異形の剣士。
そして、聞き覚えのある声。
> 「契約者よ……ようやくその資格を手に入れたようだな」
フィーネは目を見開く。
「……あなた、まさか……」
> 「ああ。“ルゼス”だったものだ。
だが今は《霧翼の従者》と呼ばれている」
過去に斬った青年が、異界の守護者として蘇っていた。




