公国からの使者、剣聖への招待
ルメリアギルド本部。
午前の光が差し込む執務室に、一本の長槍を携えた使者が現れた。
「ご挨拶申し上げます。パステコ公国軍・筆頭将校代理、《ヴァイス・ヘルゼン》と申します」
長身の青年。その姿には軍人らしい緊張感が漂っていた。
だがその目は、静かにフィーネを見つめていた。
「突然のご訪問、失礼します。私ども公国より、《剣聖フィーネ・カステン》殿に正式な協力依頼をお届けに参りました」
「協力依頼?」
サティがやや警戒を込めて問い返す。
「はい。現在、パステコ公国内部にて――“異常魔力の発生事件”が複数報告されております」
フィーネとサティは顔を見合わせた。
(まさか……黒霧に関係が?)
「異常魔力というのは?」
「《黒き揺らぎ》と我々が呼んでいる現象です。地脈が狂い、魔導器が誤作動し、時には人すら発狂する。……そして、その中心には《刻印》が浮かぶのです」
「刻印……?」
フィーネの心が、わずかに騒ぐ。
それは以前、黒鏡に現れた紋章と酷似していると、彼女の直感が告げていた。
***
ヴァイスは懐から、封蝋付きの書簡を取り出す。
> 「この度、パステコ公国は貴殿に《魔力封鎖区域・アヴァレル鉱区》への調査協力を依頼いたします。
とりわけ、《剣聖》としての魔力制御と戦闘力を高く評価し、
安全の確保および被害拡大の抑止を任じたく存じます」
――パステコ公国軍・総帥
カラド・ヴェストン
***
「公国の鉱区ね……たしか、前線基地に近い場所だったはず」
「しかも、地脈が浅く魔力の流通が激しい。霧の汚染が起きている可能性は十分あるわ」
フィーネは静かに言った。
「分かりました。お受けします。ただし――エイルは連れて行きません。これは私一人の責任で解決すべき問題です」
サティは横で頷いた。
「ルメリアギルドもバックアップするわ。あんたが潰れるような事態になったら、困るしね」
***
ヴァイスは胸に手を当て、深く一礼した。
「ご決断、感謝いたします。では3日後、北門にて合流を。我が軍の特使が護送にあたります」
そうして、彼はルメリアを後にした。
***
その夜。
フィーネは自身の剣を研ぎながら、静かに呟いた。
「……あの霧、まだ終わってない」
そしてその背中を、サティがそっと見守っていた。




