地の底より来るもの、アヴァレル鉱区へ
「――やはり、ここもか」
霧のようにたゆたう魔力の残滓が、岩肌に滲んでいた。
鉱区の入り口に立ったフィーネは、周囲の異常な空気を肌で感じ取る。
場所は、パステコ公国北部――
かつて魔導鉱石の採掘で栄え、今は封鎖された鉱区。
その廃鉱は今、再び“脈動”していた。
***
「瘴気濃度、警戒ライン超えてます。これ、深部まで進めるんですか?」
顔をしかめるのは、共に派遣された公国軍の魔術士・カイン中尉。
フィーネに同行する補佐役として任命されている。
「むしろ、進まなければ意味がない」
と、フィーネは短く答えた。
その背には、ルメリアから同行してきた唯一の仲間――サティの姿もある。
「受付嬢の役目は“後方支援”だからね。でも前には出るわ。あんた一人で突っ込ませるほど甘くないのよ」
「頼りにしてるわ、サティ」
ふたりの間に、静かな信頼が流れていた。
***
鉱区に入った一行は、崩れかけた坑道を慎重に進む。
かつては魔導鉱の採掘場だったというこの地は、今では完全な“魔力災害区域”。
岩壁には不自然な魔痕が浮かび、足元の石も微かに光っていた。
(ここにも、刻印の痕跡が……)
やがて、最奥部にたどり着いたそのときだった。
「……誰か、いる」
フィーネが剣に手をかけた直後。
カラン……と、硬い音がした。
闇の中から、ぼろ布をまとった少女が歩み出てきた。
「……たすけて……」
その瞬間、サティが叫ぶ。
「下がってフィーネ! その子、魔力構造が――!」
しかし遅かった。
少女の身体が一瞬、歪んだ。
まるで“人の形を模した異形”に、無理やり押し込められていたかのように――
ズズズッ……
魔力が逆流し、空間が歪み、闇の中から刻印の魔影が姿を現した。
> 「■■■……コレデ……タリナイ……」
音にならない声。
理性の届かない存在。
それは、フィーネが以前ルメリアで対峙した黒霧の主とは“根の違う”異質なものだった。
「これは――異界の残響体か……!」
サティが驚愕する。
その瞬間、魔影が触手のような腕を振るい、カインの防御魔術が破られた。
「くっ……!」
「第二式・雷閃!」
フィーネが光の剣を放ち、魔影の腕を切断する。
だが、切断されたはずの腕は、地面の霧に溶けて再生していく。
(……この再生速度。剣で削ぐだけでは……)
「サティ、策はある?」
「あるわ! 周囲の魔導石を使って、逆干渉陣を張る!」
「時間を稼ぐ!」
フィーネは魔影の正面に立ち、再び剣を構えた。
***
彼女が今、挑むのは“闇”そのものではない。
この地に眠る“記憶と断絶”、そして《異界の侵食》という、まだ名もなき災厄。
剣聖の戦いは、地の底にて新たな章を刻み始めた。




