白銀の牙、刻まれし証
私は今、学園からの依頼で生徒たちと共に野外演習に来ている。
各グループは4人編成で、それぞれが実習課題を遂行する形だ。私は一つのグループを担当し、彼らの行動を見守りつつ、周囲に目を配る。
「最近の子は優秀ね」
そう呟く私の耳に、やや遠くから不穏な言葉が飛び込んできた。
「…あんな弱そうな奴が冒険者ってマジなのか?」
「卑怯な手段で冒険者になったんでしょ」
……ふふ。よくあること。疑いの目で見られるのも、もう慣れた。私は気にせず歩を進める。
やがて、目的地の街が見えてきた。今回の演習の目標地だ。この街の冒険者ギルドで、討伐した魔物の素材を売却するのが課題となっている。
「素材も売ったし、宿に向かうか」
フリックが声をかける。私は頷き、生徒たちと共にその夜を宿で過ごした。
翌朝、帰路についた私たちは、再び森へと足を踏み入れる。
「今回の実習は簡単だったよな!」
「そうですわね」
そう言って油断している彼らを見て、私は内心で首を振る。
――集中が切れた時が、冒険者にとって一番危険なのに。
だが実習である以上、自ら気づかせるのも学びの一部だ。口出しはしない。それが冒険者というもの。
そんな中、森の奥に異様な気配を感じた私は、すぐさま立ち止まる。
「……っ、馬車を止めろ!」
フリックの鋭い指示が飛び、クロアが慌てて馬車を止めた。そこにいたのは――
「ホワイトタイガー……!」
一同が息を呑む。美しい白銀の毛並みを持ち、鋭い眼光を放つ希少な魔物だ。
「……流石に学生にホワイトタイガーはキツいか」
私はぽつりと呟いた。だが、フリックは私の前に立ち塞がる。
「お前は下がってろ!こいつは俺たちが倒すんだ!」
その目は真剣だった。だけど、無謀だった。
「強がらなくていい。勝てないでしょ」
私は一歩、彼らの前に出る。
「お前だって勝てないだろ! だったら俺が囮になるから、早く逃げろ!」
その言葉に、私は微笑んだ。
「スキル《錬金術》――武器創造」
空中に光が走り、私の手に双剣が現れる。研ぎ澄まされた銀の刃が、太陽の光を反射して煌めいた。
「なっ……」
生徒たちの驚愕が声になる間もなく、私はホワイトタイガーに駆け寄り、その脚を切り裂いた。剣戟の音、咆哮、土煙。――全てが一瞬の中にあった。
そして、静寂。
「なんだよ……それ……」
「学園の先生より強いんじゃない……?」
「強かったら先生なんてしてないわよ」
私はそう告げて、ホワイトタイガーの解体を始めた。
* * *
王都に戻った私たちは、そのまま学園の応接室へ向かった。
「サティさん、お疲れ様でした」
エリィが深く頭を下げてくる。
「いい経験ができたわ。生徒たちも成長してる」
「これからルメリアに戻られるんですか?」
「ううん、王城に依頼報告に行ったら、そのまま少し遠出するつもり。ま、途中で一度帰るけど」
「遠出……?」
「教師をしてほしいって頼まれてるの」
「サティさん、本当に忙しいんですね……」
私は笑って応接室を後にした。廊下に出ると、フリックたちが待っていた。
「なぁ、お前……ただの冒険者じゃないだろ」
「どうしてそう思うの?」
「武器を創ったり、ホワイトタイガーに勝ったり……普通じゃねぇ」
私は肩をすくめて答えた。
「だって、私はギルドの受付嬢だから!」
「は?」
その場が静まり返る。
「それで、お前これから外国に行くのか?」
「ええ、そうだけど?」
どうやらさっきの会話、聞かれていたらしい。
「俺たちも連れてってくれ!」
「何言ってるのよ、学園はどうするの?」
「皆で決めたんだ。もうここじゃ学べないって」
「それでも……」
「頼む!この通りだ!」
四人が私に頭を下げる。その時、背後から声がかかった。
「どうしたの?」
――エメラ学長だった。
「学長!」
驚いた私の耳に、フリックの声が届く。
「このお姉さんがこれから外国に行くから、俺たちも連れてってほしいって!」
「……別にいいわよ?」
「えっ?」
「行ってもいいって言ったの」
「でも、まだ卒業してないんですよね?」
「あなたのとこに移籍させればいいだけよ。そうよね?サティ・フライデー・ルメリア子爵様?」
私はその場で凍りついた。
「な、なんで私のことを……」
「有名人よ、あなたは」
私は観念して答えた。
「……わかったわ。四人、連れていきましょう」
「マジかよ……冒険者じゃなくて、貴族だったのか!」
興奮と困惑が入り混じる生徒たちを連れ、私は王城への道を再び歩み始めた。
新たな旅の始まりを予感しながら。




