野外実習の影
「それで、野外実習というのは?」
私は椅子に腰を落ち着けたまま、学院の事務係――エリィに問いかけた。
「いくつかのグループに分かれて、魔物の討伐数を競い合う形式です」
エリィは事務書類を手にしながら答えた。
「なるほどね」
貴族の子息や令嬢が通う王立学院で、野外での魔物討伐。もし事故でも起これば、大事になるのは目に見えている。これは思った以上に繊細な任務だ。
「良ければ、私が担当するクラスのグループリストを見せてもらえますか?」
私がそう言うと、エリィは少し驚いたように目を瞬かせた。
「今、持ってきますね。少々お待ちください」
彼女は立ち上がり、足早に部屋を出て行った。
その様子から察するに、エリィ自身は直接の担当ではないらしい。どうやら裏にはもう一人、実習に関わる責任者がいるようだ。
しばらくして、扉が再び開く。
「お待たせしました」
エリィが戻ってくると、手には分厚いファイルが抱えられていた。それを私に手渡すと、私は中身に目を通した。
「……なるほど」
ページをめくりながら、あることにすぐ気づく。
「地方貴族と中央貴族が、同じグループにいますね」
「何か、問題がありますか?」
エリィがやや不安げに尋ねてくる。
「ええ。地方と中央では、魔物との実戦経験に大きな差があるわ。同じグループにするのは、正直、危険かもしれない」
「……やっぱり、そうですよね」
小さく頷いたエリィの声音には、どこか含みがあった。どうやら、彼女もこのグループ分けには思うところがあるらしい。
「実習も近いですし……今回は、私が受け持つクラスだけでも編成を見直しておきます」
「そうしてくれると助かるわ。それで、実施日はいつなの?」
「三日後です」
「なら、その前に一度生徒たちに顔を見せておきたいの。明日、挨拶に行ってもいいかしら?」
「もちろん、大歓迎です! ただ――」
エリィは少し言いにくそうに言葉を続けた。
「担任のグレイル先生には、気をつけてください。……少し、暴力的な方なので」
「忠告、ありがとう」
私は微笑みながら礼を言い、立ち上がる。
「グレイルという人物……要注意ね」
そう小さく呟くと、私は静かに転移魔法を詠唱した。
光の揺らめきと共に視界が変わり、気づけば私は再び、自分の領地の空気を吸っていた。
――学院の野外実習。その裏に、何か面倒な気配を感じつつ、私は翌日の準備へと思考を切り替えるのだった。




