新たなる迷宮と嘘の代償
事件が終わり、私は久しぶりにギルド本部で受付嬢として働いていた。
「サティ先輩、戻ってきたんですね!」
「やっぱり、先輩がいてくれると安心感が違います」
そんな声に迎えられながら、王都での穏やかな日々が戻ってきた。
もっとも、それは“しばらく滞在するように”と陛下から言われたからではあるけれど。
《剣聖》のユリアと《聖女》のルアも、それぞれの国に一時帰国していた。王城襲撃という異例の事件が起きたのだ。各国が混乱するのは当然だろう。留学の再開は、状況が落ち着いてからの話になる。
王城占拠事件から、約一週間。
私は陛下に呼ばれ、再び城を訪れていた。
「陛下、要件とはなんでしょうか?」
玉座の前にひざまずいた私に、陛下――アーノルド王は柔らかく微笑んで言った。
「要件は二つある。まず一つ。サティ、今回の王城占拠事件の早期解決、見事であった。その功績を称え、そなたを子爵へと昇爵する」
「わ、私……偉くなるんですか?」
つい、顔が綻んでしまう。
「少しばかり、な」
呆れたように言われたけれど、それでも悪い気はしない。
「ありがとうございます」
頭を下げた私の胸には、少しだけ誇らしさが芽生えていた。
……が、それと同時に、胸騒ぎもする。
(これで一つ目、でしょ……?)
「そして二つ目だが――」
そう言ったところで、陛下が突然口を噤む。
「陛下、大丈夫ですか?」
傍らの護衛が心配して駆け寄った。
「問題ない。少々、驚いただけだ」
深く息を吐き、陛下は再び話し始めた。
「実は、新たにダンジョンが出現した……らしいのだ」
「らしい?」
私は眉をひそめる。
「ダンジョン出現の報告は届いている。だが――それらしい建造物が、どこにも見当たらないのだ」
「……ふむ」
ギルド職員としても冒険者としても、その異常さがすぐに分かった。
「ダンジョンの中に、新しくダンジョンができたんじゃない?」
ふと、私がそう呟くと、静まり返った場に空気が揺れた。
「ダンジョンの中に……新しく?」
「サティ、何を寝ぼけたことを言ってるんだ」
「寝ぼけてなんかないわよ。ほかに説明がつく?」
「……それも、そうだな」
陛下も半ばあきれながら同意してくれた。
「とにかく、前に探索したダンジョンに行って確かめてみます」
「任せたぞ、サティ」
私は一礼して王城を出ようとした。
今回ばかりは慎重に行動すべきだと考え、ユーリシア様は誘わないと決めた。
……なのに。
「サティ! どこに行くの?」
背後から聞き慣れた声が響く。
「ひ、姫様!? ご機嫌麗しゅうございます!」
どうして今ここに!? いや、今は言い訳を考えないと――!
「どこに行くの?」
ユーリシア様は、私と二人きりのときはいつも敬語を使わない。
だからこそ、その声に含まれたわずかな怒気に気づいてしまった。
「そ、それはですね。……買い物、に……」
「本当に買い物?」
「……はい」
目を逸らしながら答える私に、決定打が飛ぶ。
「サティさん。ダンジョン攻略、気をつけてください」
そう言って現れたのは、王の付き人だった。
恐らく、陛下に言われて私を見送るために来たのだろう。
「ありがとうございます。気をつけて行ってきます」
(うぅ……今のは完全にアウト……)
案の定、付き人が去ると姫様が鋭く問い詰めてきた。
「サティ。……どういうこと?」
「……買い物に行くんじゃなかったの?」
言い逃れは、もうできない。
「それは……」
――もう、ホントのことを話すしかないらしい。




