【特別編】こどもの日と、ちょっとだけ特別な距離
ルメリアの朝は、いつもより少しだけ賑やかだった。
街のあちこちに掲げられた色とりどりの旗。
風に揺れるそれは、どこか見慣れない形をしている。
「……あれ、何?」
ギルドカウンター越しに外を眺めながら、ルリが首を傾げる。
「ん? ああ、今日は“こどもの日”ってやつらしいよ」
書類に目を通しながら、サティは淡々と答えた。
「こどもの日、ですか?」
「子供の健やかな成長を願う日……とかなんとか。正直、私は詳しくないけど」
興味なさげに言いつつも、サティの視線は一瞬だけ外へ向く。
――小さな子供たちが、はしゃぎながら走り回っている。
「……いい日、だね」
ぽつりと呟いたルリの声に、サティは少しだけ目を細めた。
「そうかもね」
その日の昼過ぎ。
「ねぇ!お姉ちゃんたち!」
ギルドの扉が勢いよく開いたかと思うと、数人の子供たちが雪崩れ込んできた。
「依頼!? それとも迷子?」
即座に仕事モードに入るサティ。
「ちがうちがう! イベントのお願い!」
「……イベント?」
差し出された紙には、こう書かれていた。
――『期間限定:家族ごっこクエスト』
「……は?」
「今日だけね、“家族役”をやってくれる人を探してるの! 先生が言ってた!」
満面の笑みで言い放つ子供たちを前に私とルリは沈黙する。
「……断っていい?」
「ダメだよ!」
即答したのはルリだった。
「なんで!?」
「だって……困ってるみたいだし。それに、楽しそうじゃん」
少しだけ頬を緩めるルリ。
その表情を見て、サティは――小さくため息をついた。
「……はぁ。わかったよ。期間限定だからね」
「やったー!!」
「じゃあ決まりね! お姉ちゃんたち、夫婦役!」
「待って」
「え?」
「そこはせめて姉妹とか――」
「ダメ! もう決まってるの!」
完全に主導権を握られている。
サティは顔を覆った。
「……最悪だ」
「……よろしく、お願いします」
対照的に、ルリはどこか嬉しそうだった。
それからしばらくの間。
二人は“家族”として子供たちと街を回ることになった。
「お母さん! これ買ってー!」
「誰がお母さんだ」
「サティさん、ほら……」
「……はぁ。今回だけだからね」
結局、財布を出すサティ。
「優しいね、お父さん!」
「誰が父親だ!!」
即座にツッコミが飛ぶ。
その様子に、ルリはくすっと笑った。
日が傾き始めた頃。
子供たちは満足したのか、元気よく手を振って帰っていった。
「ありがとう、お姉ちゃんたち!」
「……お疲れさま」
静かになった広場。
風だけが、少しだけ優しく吹いていた。
「……疲れた」
ベンチに腰掛けながら、サティがぼやく。
「でも、楽しかったよね」
隣に座るルリは、穏やかに微笑んでいた。
「……まぁ、否定はしない」
少しだけ視線を逸らしながら、サティが言う。
沈黙。
でも、不思議と気まずくはなかった。
「……さっきの、だけど」
「ん?」
「“夫婦役”……嫌だった?」
少しだけ不安そうに尋ねるルリ。
サティは一瞬だけ固まり――
「……別に」
短く答えた。
「そう、ですか」
ほっとしたように息をつくルリ。
その表情を見て、サティはほんの少しだけ言葉を続ける。
「……ただ」
「?」
「悪くは、なかったよ」
ぽつりと。
それだけ。
ルリの頬が、ほんのりと赤く染まる。
「……私も、です」
風に紛れそうなくらいの小さな声。
空には、どこか誇らしげに泳ぐ旗。
子供たちの笑い声はもう聞こえないけれどその余韻は、確かに残っていた。
「……帰ろっか」
「はい!」
立ち上がる二人の距離は、ほんの少しだけ近づいていた。




