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長谷川植物研究所日誌  作者: 空色
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序章

 ──夕暮れ時、日も沈みガス灯が灯り始めた頃、男は引き出しから帳面(ノート)を取り出し、日々の記録を付けていく。これはこの男──『長谷川植物研究所』の主・長谷川の日課であった。

 日付、天気、気温……と植物の生育状態と、その日起こった事柄など出来るだけ細かく記していくのだ。


「──君って、本当にマメだよねぇ」


 薄暗い室内には、暫くの間帳面に書き込んでいく万年筆の音だけが響いていたが、その静寂を破る様に一人の男が声を発した。

 その男とは勿論、長谷川ではない。

 その声の主は見目麗しい男だった。彼は長谷川の横からその麗しい顔を出し、勝手に帳面を見ようとする。長谷川は嫌そうに顔を顰めた。 

 暫く攻防が続いたが、いい加減鬱陶しくなったのか長谷川が怒鳴る。


「──覗くな、相馬!」


 すると、怒鳴られた男──相馬は「おお、怖い!」と言いながらも楽しそうに逃げていく。

 そんな彼に長谷川は更に苛立つが、相手に誂われているだけだと分かっているので、苛立ちをぐっと堪えた。


「──で、こんな時間に何の用だ?」

「えっ? 用事は特に無いよ?」


 訝しげな様子で尋ねると彼は悪びれる様子もなく言うものだから、長谷川は渋面を作った。


「此処の()は君でも、此処の()()()は僕だからね! 僕の来たい時に来るのさ」


 そう言って、彼はどんと応接用の椅子に腰掛ける。にこりと笑う彼の顔は無駄に堂々としている。

 ただ彼の言っている事は事実なので、長谷川は反論出来なかった。

 長谷川とて最初こそは、彼に対して最低限の礼儀を持って接していたものの、彼の奔放さに呆れたった3日でその礼儀とやらは手放した。

 とはいえ、彼の方も彼の方で幾ら長谷川が無礼な態度を取ろうとも咎める事もせず、楽しんでいるものだから、長谷川は自身だけが悪いとも思えなかった。


 ──ふん、放蕩者め!


 長谷川は内心で悪態をつくと机に向き直り、続きを書き始めた。 

 長谷川が自身の相手をしないと分かると彼は応接用の椅子から立ち上がり、再び長谷川の横にやって来て帳面を覗き込む。


「ふむふむ、今日も色んな事があったんだねえ」


 ──書き難い!


 帳面を覗いて、うんうんと頷いている相馬に長谷川はうんざりとした視線を向ける。相変わらず彼は楽しそうだ。

 長谷川は仕方なくそのまま書いたばかりの記録を読み返し、溜め息を吐いた。理由は記録の後半に書かれている事柄である。後半の内容は主に今日あった事を書いたのだが……。


 ──俺は何をやっているんだ?


 と自分に問いかけたくなる内容だ。

 それもこの『長谷川植物研究所』に持ち込まれる依頼に問題あるのである。


 ──明日は何も起きませんように。


 長谷川は心の中でそう祈りながら、帳面を閉じた。





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