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ある日常の変化

 診察の日を迎えた私は病院に足を運ぶ。


 あの日以来、涙さんと顔を合わせてもぎこちなく挨拶をして、涙さんはそんな私を毛嫌いしたのかも知れない。


 そして日に日に顔を合わせる度に挨拶もしなくなっていった。


 姉さんは姉さんで、そんな私を心配しているのかも知れないが、ただ一緒に暮らして側にいてくれればいい。


 姉さん言ったよね。


 私より長生きするって。


 花里先生にこの二週間で起こったこと感じたことをまとめて話した。


 もちろん、サタ子おばあちゃんが若返った事は伏せておいている。


「うん。あまり過去の事を思い出して辛くなるようだったら、出来るだけ避けた方がいいね」


「はい」


 先生の言葉に気持ちが楽になった。


「でも、話を聞いて分かるけど、その近所の子は決して小林君を苦しめるような事はしないと思うよ」


 先生の話を聞いて私は不安になる。


「そんな顔しないでよ。別に僕は悪い意味で言った訳じゃない。

 多分僕の予想だと、その女性に好意を抱かれて嬉しかったんじゃないかな」


 確かにその通りだと思って、先生の目を見て私は頷いた。続けて先生は、


「でも小林さんは彼女に誘われた事で過去のトラウマと重なって辛くなった。

 でもその思いを彼女に伝えれば分かってくれるんじゃない」


「僕は彼女にそのような気はありません」


「気がある気がないは別として、小林さんのトラウマを脱却するチャンスだと私は思っている。

 だから彼女に会ったらちゃんと挨拶をする。

 ただそれだけでお互い気持ちの良いものだからさ」


 確かに先生の言う通りだ。涙さんの笑顔が頭によぎり見ていて気持ちがよかった事を思い出した。


「だからもしその気がないなら、ちゃんとその思いを伝えて、お互いに蟠りがないようにして人間関係を築いていく。

 そうすれば小林さんも気持ちが楽になったりするよ」


「でももし断ったら、彼女は傷ついてしまう」


「君は優しいね。でもそれは仕方がないことだよ。だからこれは小林さんが決める事だけど、よりよい人間関係を築いて行けばトラウマを脱却できると思うんだよね。

 だから彼女が傷つくのは仕方がないけど、その思いをちゃんと伝えて、よりよい人間関係を築い行けば、僕もおばあちゃんも安心するよ」


 診察が終わり、花里先生の話を聞いて、先生は本当に真摯に私の話を聞いてくれる。


 私の顔を見る度に涙さんは私にさわやかな笑顔で挨拶をくれる。


 でも私はその笑顔が怖かった。


 いや笑顔が怖いんじゃない。その笑顔が私のちょっとした何かが影響して曇らせてしまうんじゃないかって。


 それで私は悩み苦しむ。


 そう思うとどうして私にそんな好意を抱いてくるのか、心の中で涙さんをとがめていた。


 自宅に戻ると、運悪く涙さんに出くわしてしまった。


 さらにその目があってしまい。


 どうすれば良いのか分からず、失礼ながらも私はその視線を逸らして去っていった。


 背後から、「小林さん」と威圧的に呼ぶ彼女の声が聞こえたが、私は無視してしまった。


 そして自宅に戻って、玄関でほっと胸をなで下ろして「私の事はほっといてくれ」と呟く。


 部屋に戻ると先生の言葉が頭の中によぎる。


『よりよい人間関係を築き上げたいなら、ちゃんとその思いを彼女に伝えて』


 って。そうすれば、先生もおばあちゃんも安心する。


 私にはそんな勇気はなかったし、面倒くさい。だから私には姉さんが側にいてくれればそれで良いのだ。


「姉さん」


 と玄関から呼ぶと、


「どしたのよっちゃん」


 姉さんの明るい声が耳に木霊する。


「ただいま」


「はいおかえり」


 ただそれだけで私は幸せだし、生きる源になる。


 そして私は明日小説の締め切りなので、書いた小説を精読して洗練しないといけない。





 次の日、出版社にメールで私が書いた小説を添付して送った。


 しばらくして、返信のメールで原稿料はあなたの口座に振り込んでおきました。

 と知らせが入った。


 色々な事がありすぎて忘れていたが、来週は姉さんの九十一の誕生日だ。


 早速プレゼントはサプライズで姉さんに喜ぶ物を買ってあげたいと思う。


 そんな心を膨らませながら、姉さんに、


「ちょっと出かけてくる」


 と言って外に出た。


 今日は運の良いことに涙さんに出くわすことはなかった。


 電車で隣町まで行き、銀行のキャッシュバンクでお金をおろそうとしたときだった。


 残高を見てみると、百二十万は合ったはずの口座に二十万しか入っていなかった。


 おかしいと思って、もう一度確認したが、やはり二十万しか入っていなかった。


 不安になってきた。


 私は百万もおろした記憶などない。


 だから私は受付に行き、おろした形跡を調べて貰ったところ、一昨日と昨日に五十万ずつ引き下ろされていたのだった。


 その事実を聞いた時、私は信じたくないし考えたくもなかった。


 もしかして姉さんが?


 姉さんがおろして、もしかして私の実のろくでもない父親である達彦に貢いだんじゃないかと、勘ぐりが入ってしまう。


 気が付けば呼吸が乱れていて、精神的に不安定な状態に陥った。


 そんな事信じたくない。


 そんな事を考えたこともなかった。


 とにかく急いで家に帰り、疑いたくないが、姉さんに・・・。いや姉さんがそんな事をするはずがない。


 でもどうしてお金が百万もなくなって、その形跡で一昨日、昨日と五十万ずつ引き下ろされた形跡があった。


 姉さんが人のお金を黙って持って行く人じゃない。


 今まで貧しかったけど、お金で、もめた事もなかったし、人間関係が崩壊するほどのお金のトラブルもなかった。あるとしたら達彦の事しか思い浮かばない。


 家に帰るのも怖かった。


 でも姉さんに聞くしかない。


 疑う訳じゃないけど、僕のこの激しい不安を払拭するために。


 お金は恐ろしいものだと姉さんに何度も呪文のように教えられた。


 以前、達彦が私たちのお金目当てに帰ってきた時、姉さんは実の息子である達彦にお金を貢ぐように渡した。


 不安に思うと不安は心の底から芋蔓式に掘り起こされて行くものだと僕は知っている。


 だから疑う訳じゃないが、姉さんに確認したいし、そして姉さんは黙って人のお金を取るような人じゃない。仮にとってもそれは達彦の為。


 頭がおかしくなりそうだった。


 発狂したい気持ちでもあった。


 家に戻り、とりあえず「ただいま」と挨拶をして、いつものように姉さんは「おかえり」と挨拶をする。


 姉さんの顔を見るのも怖かった。


 でも家に入り、姉さんの元へと歩み寄っていく。


 姉さんは洗濯物を干していて、私が姉さんの目があった時、姉さんは私の顔を見て悟ったのか?やましい事があると言わんばかりにその視線を逸らした。


 僕はそんな姉さんにどう話を切りだしていいか迷った挙げ句、体中が小刻みに震えだし、涙がこぼれて来た。


 姉さんはそんな僕を見て、


「気づいたんでしょ。よっちゃん」


 消え入りそうな声で僕に言う。


「達彦に貢いだんでしょ」


 姉さんはその瞳を閉じて『そうだ』と言わんばかりに黙り込む。


 僕の怒りは爆発するように姉さんに、


「どうしてあんな奴に気にかけるんだよ。あいつは姉さんに私を押しつけて、今まで散々私たちに迷惑をかけてきた奴だよ。あんな奴ほおっておけば良いじゃないか。あんな奴にお金なんて貢ぐ必要なんてないよ」


 と怒鳴り散らすと姉さんはその瞳から涙をこぼしてしまった。


「ごめんね。よっちゃん」


 そんな姉さんが心許なくなり、不安に押しつぶされそうになる。


 そんな押しつぶされそうな不安をはねのけるように私は姉さんを抱きしめた。


 姉さんは私の抱擁は拒まなかったが、姉さんの心の声が聞こえる。


『やめて、よっちゃん』


 と。


 でも私は心で拒まれても、姉さんを守りたいと言う一心で、そのもろくて壊れそうなガラス細工のような姉さんの体を優しく抱きしめる。


 姉さんにとって達彦は実の息子であり、姉さんにとって特別な思いがあるのだろう。


 私は子供を持ったことがないけど、姉さんの私に対する愛情を考えれば、それは察しが付く。


 しばし抱きしめ、やはり姉さんは私の抱擁を心の中で拒んでいた。


 私は姉さんを一人の女性として見ている。


 でも姉さんは祖母孫と言う目でしか見ていないことに切なくなってくる。


 だったらいっそうの事、私と姉さんは生まれ変わり、その時はお互いに祖母孫の関係も何もない見知らぬ、ところから生まれてそして巡り会い、関係を築き上げていく間柄になりたいとも思う。


 そんな不可解な妄想を抱くほど私は姉さんに恋いこがれている。


 仮に姉さんがまた年を取った状態に戻っても私は愛する自信はある。


 姉さんがいなければ私は夢を追いかけることすら出来なかっただろうし、私の存在すらなかったと言っても過言ではなかった。






 その後、私は姉さんに「達彦の事は構うな」って念を押して言っておいたが、姉さんは複雑そうな顔をして「うん」と曖昧な返事をした事に、これはまた姉さんはまた達彦に貢ぎそう。


 何とかしないといけない。


 私は気を取り直して、姉さんの誕生日プレゼントを買いに再び、隣町のデパートに出かけた。


 考えてみれば、百万をなくしたショックはかなりのダメージだが、これを戒めとして、今後達彦と姉さんを引きはがさなければならない。


 達彦みたいな人生に溺れている者は甘やかせばつけあがる最低な人間だと知っている。


 デパートに入り、姉さんが喜びそうな物を想像しながら物色していると、女性服売場にたどり着く。


 純白なワンピースを見て、姉さんが来ている姿を想像して心がときめいたりする。


 このピンク色のキャミソールと白いパンツなんかのコーディネートも良い。


 うわっすげー迷う。


「小林さん」


 私が選んでいるところ、女性に私の名前を呼ばれた。


 その声の発信源を辿って振り向くと、制服姿の涙さんと出くわしてしまった。


 何かとてつもなく気まずいしヤバい感じがする。


 その証拠に、涙さんの私を見る目はなぜか私を蔑むような目つきで見て、怖くて今すぐ逃げ出したいが、彼女の表情はまるでギリシャ神話に出てくるメデゥーサのような感じで恐ろしく、私はまるで体が石になったかのように後込みしてしまう。


「何をしているの?」


 私のところに近づいてくる。


「別に何でもないよ」


 と手元に姉さんにプレゼントを考案している白いキャミソールを売場に戻した。


「誰かにプレゼントするんでしょ」


 なぜか嫌みったらしい声で私に言う。


 何か嫌になり、


「君には関係ないだろ」


 と言って立ち去ろうとするが、彼女は私に付いてくる。


「小林さん。ここで合ったんだから何かおごりなさいよ」


 高慢な態度で私に言う。


「ふざけないでくれ」


 すると私のポケットから財布をとりだして、


「何するの?」


 奪い返そうとしたが、彼女はあろう事か私の財布を制服の胸元に隠してしまい、私が手を伸ばして取り出そうとして、ここで我に返り、彼女にはめられたことが分かった。


「奪い返したければどうぞ。でも私が叫んで小林さん、警察署でカツ丼を食べることになるよ」


 何て言う言い回しだ。それに私が彼女に何をしたのか分からない。だから私は、


「どうしてこんな事をするんだ」


 毅然とした態度で彼女に言うが、彼女は私の毅然とした態度を崩すようにナイフのような鋭い視線を向け、私は後込みする。


 そして彼女は何か呟いた。


 でもあまりにも小さな声で聞き取ることが出来ないので、


「な、何?」


 と声をかけると再び鋭い視線を私に向け、


「私にも服買ってよ」


「何で買わなければいけないの?」


 と言うと、再び鋭い視線を向けられ、


「分かったよ」


 女の子に気圧される自分が嫌になる。


 私は涙さんが怖くなってしまった。まるで悪魔のように見えてきた。


 思えば以前の彼女はこんな高慢な女の子じゃなかった。いったい彼女に何があったのだろうか?女って短期間でこんなにも性格が変わるのだろうか?


 ここから早く逃げ出したいが、逃げたら何をされるか分からないので無性に怖くなり、出来なかった。


 私の心に姉さんを恋しく思う気持ちが芽生え、そんな弱い自分が嫌になる。


 私はナイフのように突き刺すその視線が怖かった。


 私は彼女に何をしたのだろう。


 ここまで女性を恐ろしく思ったことはない。


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