良理の父であり、サタコの息子の達彦
次の日、今日はばあちゃんと海水浴に行く予定で、ばあちゃんは小さな子供のようにはしゃいで、
「よっちゃん。早く早く」
「待ってくれよ、ばあちゃん」
クーラーボックスにパラソル、それにお弁当と荷物を全部持たされて、疲労困憊の私であった。
「男の子がだらしがないわね」
無理を言うが、ばあちゃんの笑顔を見ると、そんな疲れも吹き飛ぶ感じになるし、しかも憎めない。
電車で一時間、ばあちゃん念願の海に到着した。
ばあちゃん実を言うと海を間近で見るのは初めてみたいで、感慨深そうに、「ひろーい」と叫んでいた。
駅の改札を抜け、海はもう目の前であり、浜辺には海水浴を楽しむ、カップルや家族、それにナンパ目的の兄ちゃんや、ナンパ待ちの尻の軽そうな人たちで賑わっていた。
周りの人は、ばあちゃんをちらちらと見つめる盛りの付いたちゃらそうな男の連中の的だった。
そのような目で見る連中を見て、私は不安になってしまった。
もしかしたら、ばあちゃん尻が軽いナンパ待ちの女子と同じ事を考えているんじゃないかって。
九十のなりでは誰からも相手にされないが、今のばあちゃんのなりでは一度男を見つめてしまえば、いちころって言っても過言じゃないほどのかわいい女の子だもんな。
って考えているうちに浜辺でばあちゃんを見失ってしまった。
どこいったんだ。
そして見つけた。
よく見てみるとちゃらそうな男に誘われている感じだ。
それを見て私は切なくもなり、不安にもなってしまった。
そのまま、ちやほやされてついて行って、どこかに行っちゃうんじゃないかって。
でもそんな事はなく、ばあちゃんは音便に断っていた。
そんなばあちゃんにほっとして、
「ばあちゃん」
私に気が付くとてくてくと来て、
「ばあちゃん。ナンパなんて初めてだから、何かどきどきしちゃったよ」
どきどきしたのかよと思っていると、ばあちゃんは、
「大丈夫よ、よっちゃん」
「何が」
「もう」
肘で僕の脇を軽くこづいた。
すごい意味深にも思える仕草だった。
早速パラソルを差してシートを敷いて、もうその時にはお昼時だったので、ばあちゃんが丹誠込めて作ってくれた弁当を食べることになった。
そういえばこの日を以前から楽しみにしていて、今日の朝早く起きてお弁当の下拵えをしていたっけ。
そのお弁当箱を開けると、唐揚げ、おにぎり、ウインナー、卵焼き、トマトにサラダなんかがぎっしりと詰まっていて、どれも私の大好物で本当においしそうだった。
「食べて良いの?」
「おあがんなさい」
にっこりと屈託のない笑顔で言うばあちゃん。
早速食べようとすると、
「一つだけお願いがあるんだけど」
急に改まって言うものだから何事かと思って聞いて見ると、
「あたしの事をおばあちゃんじゃなくて、これからはサタ子ちゃんとかサタ子姉さんって呼んでくれない」
「別に良いけど」
「よし。じゃあ食べて良いわよ」
「いただきます」
お弁当はサタ子ばあちゃんじゃなくて、サタ子姉さんの味がした。
お弁当も食べ終わり、僕とサタ子姉さんは、少し日光浴をした。
そんな時、サタ子姉さんと一緒にいて、まるでカップルに間違われそうだが、何だろうか、私は正直サタ子姉さんとは出きれば恋人関係でいたいと言うのが理想だが、何だろうか?姉さんはそれを拒むようなオーラを放っている感じがする。
やはりあくまで祖母孫の関係なのか?少し切ない感じがした。
その後、海に入り、姉さんは大はしゃぎ。
私も楽しいと思う。
近くにいて感じるんだ。
僕は恋人同士でいたいが、姉さんはそれを望んでいない感じだ。
でも私にはこれからもずっと先、私の事を理解して、しっかりしていて、こんなにも綺麗な人とは巡り会えないだろう。
私は人となれ合うのが苦手だ。
だからあまり人と関わりのない小説家の道を選んだ。
でもやはり私は小説家の職について、一つの幸せを手に入れたが、姉さんのような人と巡り会って生涯幸せな人生を歩んでいきたいと思ったことがしばしばある。
姉さんとは恋人関係にはなれない。
だったら姉さんとして一生涯、祖母孫の関係でいて欲しいと思う。
帰り姉さんは電車の中で私の肩に頭を傾けて眠っていた。
姉さんとずっと一緒にいたい。
でも何だろう?姉さんの心の声が聞こえるような気がして『それはダメ』と言っている気がする。
私は人と交わるのが怖い。
また無理難題な事を周りから頼まれて、自分が破綻して精神が壊れていくことが。
もう私を頼らないでくれ。
私の事はもうほおっておいてくれ。
人は一人では生きていけない。
でも私は一人じゃない。
姉さんがいる。
でも姉さんはばあちゃん。
どんなに切っても切れない強い絆が私との間に綱がれているが、それが柵なっていて、私と姉さんは結ばれることは出来ないのか?
それから一週間が過ぎて、思いも寄らぬ出来事に遭遇してしまう。
姉さんの息子に当たる、そして僕の父親でもある達彦が借金を抱えて帰ってきたのだ。
私が小説家という事を聞いて、金があるんじゃないかと思って帰ってきたみたいだ。
姉さんが留守にしている時に父親の達彦は訪ねてきた。
「なあ、頼むよ。少しで良いんだ。金貸してくれよ」
「帰ってくれ」
もう父親には何も言う事もないので突き返した。
物心つく以前から見たこともないが、達彦は私の母親に逃げられたことによって自棄を起こして、僕をサタ子姉さんに押しつけ、毎日遊びほうけていた。
口癖はこうだった。
「美佳の奴が逃げなければ、俺はこんな人間にはならなかったんだよ」
と理不尽な事だ。
それだけのせいにして、今まで姉さんや私に迷惑をかけてきた。
こんな人間、早く死んでしまえば良いのだと思っている。
それにまだ美佳と言う僕の母さんの実の名前か?その人のせいにして生きている。
だから私は、
「帰ってくれ」
それ以外もう何も言うことはなかった。
「母さんは元気か?」
姉さんの事かあ、若返った姉さんを鉢合わせにしたら何か面倒な事が起こりそうなので、姉さんが出かけている間に出て行って貰うのがベストだ。
だが、面倒な事に姉さんは帰ってきた。
「ただいま、よっちゃん」
「誰だ」
達彦と姉さんがはち合わせて、姉さんは思わず小声で「達彦」と呟いた。
その声は達彦に届いておらず、達彦は嬉しそうに、
「何だお前、結婚していたのか。なかなかのべっぴんさんじゃないか。何だ?よく見ると若い頃の母さんにそっくりじゃないか」
「・・・」
姉さんは複雑そうな顔をして黙っている。
「俺に何の知らせもしないで水くさいじゃないか」
「そうだよ。結婚したんだよ。とにかくもう帰ってくれないか」
適当な事を言って帰って貰おうと罵った。
「そんなつれない事を言うなよ。父親として息子が結婚したなんて聞いたら、それは嬉しいものだよ」
と都合の良いことを言う事に腹を立て、
「帰れって言っているんだよ」
「よっちゃん」
姉さんが僕を一喝。
それは黙っていてと言う意味表現のような気がした。
そう思って黙っていると、
「何か用事でもあるのですか?」
若返った事は伏せておいて、達彦に対して慈しみの目で見る姉さん。
それに呼応するように達彦は、
「何なんだお前」
と姉さんを他人とは思えないとでもいいたい感じの優しい目つきだった。
しばらく二人は見つめ合って、
「分かったよ。邪魔者はすぐに退散しますよ」
観念して帰ってくれることに私はほっとした。
すると、ここで思いも寄らないことが起こる。
「待ちなさい」
と姉さんは達彦を呼び止め、
「何だよ」
「持って行きなさい」
がま口を取り出して、一万円札を二枚差し出した。
「良いのかよ」
「遠慮はいらないわ」
「悪いな」
調子の良い笑みを浮かべて、達彦は去っていった。
その後、私は姉さんに言わなければいけないことが山ほどある。
「何であんな奴に金なんて渡すんだよ」
私はご立腹だった。今まで姉さんに育てられてこれほどまでに、姉さんに憤りを感じたことがない程だ。
「・・・」
姉さんは黙って食器を洗っている。
「あいつは私を姉さんに押しつけて、見捨てた最低な人間じゃないか。あんな奴に情けなんて掛けるなよ」
「・・・」
黙り込む姉さんに僕は堪忍袋の緒が切れて、
「黙ってないで何とか言ったらどうなんだよ」
すると姉さんは僕にナイフのような鋭い視線を向け、僕は後込みしそうだった。でも僕はひるまず、
「もうあの男の事は忘れようよ」
「よっちゃんはお夕飯、何が食べたい?」
ようやく語りかけてきたと思ったら、話とは全然違うことに僕は呆れて、
「もういいよ」
と言って外に出かけた。